第30話 自分を好きになる

「くっ・・・・痛い・・・・。」




弥琴みこは重い体で二階の自分の部屋へ上った。

自分の財布を取りに来たのだ。





「もうババアの金を盗むのは嫌だ。もう、そんな自分になるのは嫌だ。」





そう言うと弥琴みこは財布を握りしめ、シルバーカーを持って出かけた。

外は寒く、白い息がこれでもかというほどに顔の前にたちこめる。

肌が乾燥した空気と寒さでピンっとつっぱり、スカートの中に入ってくる冷気にすら嫌気がさすほどだ。




「寒い・・・・ああ、寒い。でも行かなきゃ。」





猫背になりながらシルバーカーによりかかり必死に歩いた。

普段だったらタクシーにでも乗ってしまおうかと考えるところだが、今はそんな金などない。



スーパーまで着いた時には、カタカタと体が震え、足の痛みは限界だった。

休憩スペースにある椅子にすぐ座った。


暖かい店内の空気にホッとすると、笑いがこみあげてきた。





『あったかああい。』





弥琴みこは、どこか満たされたものを感じた。

いつものスーパーと同じはずなのに、なぜかいつもより幸せに感じてしまう。



弥琴みこは自分の財布を取り出して中身を見た。

京子きょうこがおこづかいをほとんど使わずに貯めていたせいか数千円増えている。





『土とかっていくらするのかな。ってか、スーパーで売ってるのかな。』






弥琴みこは足の痛みが治まると園芸コーナーがあるか探した。

運よくお目当ての物があったのだが、どう考えても肥料を必要分買うと重そうだ。

しかし、これがなくては自家栽培ができない。



弥琴みこは仕方なく必要な物を買うことにした。





一個の値段は安いものの、全部合わせるとけっこうな額になった。

しかし、弥琴みこは自分の財布からお金を出して支払うことで気分は良かった。






京子きょうこの金を使わずに買い物をした。





たったそれだけのあたり前のことが、弥琴みこにとっては、何かを成し遂げたような気分にさせたからだ。



荷物をシルバーカーに乗せて紐で縛ると、うまいこと安定してくれたようで、これなら家まで楽に帰れそうだと感じた。




「これ、けっこう使えるな!年寄りが使っててダサいと思ってたけど、これいいじゃん!これの可愛い系の柄とかあったら絶対買うのに。」




シルバーカーを後ろに引きながらスーパーの自動ドアを出ようとすると小さい女の子がすれ違いにスーパーに入ってきた。




「こら、待ちなさい!あ、すみません。」



女の子のすぐ後を追いかけてきたお母さんらしき人が弥琴みこの横を通りすぎた。




「ほら、手をつないで!お店の中で走りまわっちゃいけないのよ!」



女の子がお母さんの話も聞かず走り出すと案の定、つるつるした床のせいで女の子はつまづいた。





「ああ!ほら、見なさい!」



「うあああああああん!うえええええええん!」






痛みのせいか、怒られたせいか女の子は泣きだした。




「転んだくらいで泣かないの!!」



「うあああああああ!」



「ああ、もう!うるさいでしょ?静かにしなくちゃ!ほら、今日はケーキ作るんでしょ?買いに行こう。」




お母さんは泣いている女の子を抱えるとカートをひいて製菓コーナーへ歩き出した。

女の子は、指しゃぶりをしながら大きな瞳から涙を流し、母の肩にしがみついている。






『私も昔、あんな感じだったんだろうなあ。母さんとはあんまりあんな記憶ないのにババアとはよく買い物行ってたよなあ。ケーキとかもよく買ってたよなあ。』






弥琴みこは突然ケーキを買いたくなった。

最近、ずっとケーキを買ってみんなで食べることがなかったので、これなら母と京子きょうこを喜ばせられると思ったからだ。




「そうだ!どうせならあそこのケーキ屋さんにしよう!」




京子きょうこが好きなケーキ屋を弥琴みこは知っていた。

三駅で着くので余裕で着くだろう。







「私のお金でババアにケーキ買ってやろう!へへっ!絶対喜ぶぞお。だってJKにとってスイーツはご褒美だからね!」




シルバーカーを勢いよく引きながら足の痛みを忘れたように駅に向かった。




通勤時間は過ぎていたが、人はそれなりに多い。

駅の混雑の中、シルバーカーを運ぶのは容易ではなかった。


冬の寒さを忘れるくらい熱くなって階段を上った。

やっと電車の中に乗ったのはいいが、人が多すぎて座れそうにはない。

優先席には、新聞を読むおじいさんと妊婦さんがすでに座っている。






「くっそ・・・。さすがにきついけど、まあ根性で頑張るか。たった三駅だし。」






電車が一駅を通りすぎたあたりから笑い声が聞こえることに気付いた。




「ねぇ、なんか臭くない?」




「やだぁ!あんた屁こいたでしょ?ははは!」




「ないない!私、朝から快便だから屁はないわ!!きゃはは!」




「え・・・ちょっとまって。あのおばあさんじゃない?」




「え~!マジ!?ああ、そうかも。あっちから匂ってくんじゃん。」



「もしかしてパンツに漏らしてんじゃない?きゃはは!」






弥琴みこは嫌な予感がして後ろを振り向いた。

女子高生たちはどう見ても自分を見ている。

それに気づいた瞬間、弥琴みこは顔が真っ赤になった。


しかし弥琴みこは、おならなどしていない。





『私じゃないのに!最低!』





しかし確かに匂いはする。





『あ!!!!しまった!!!』






弥琴みこはやっと気づいたのだ。さっき買った肥料が匂っていることに。




『こんなもの買って電車に乗るなんて私ってバカじゃん!もう恥ずかしい!!』





女子高生の笑い声が大きくなり、弥琴みこはさらに恥ずかしくなった。

電車に乗っている間、ひたすら気まずい思いをして、「早く駅に着いてくれ!」と必死に願った。





やっと目的の駅に着いたので弥琴みこは一番に降りようとした。





『早く!早くしないとまた笑われる!!』




女子高生の視線が気になりながらシルバーカーをひいた。

すると自分の横をさっきの女子高生が通りすぎた。どうやら一緒の駅で降りるようだ。




『えええ!!一緒の駅!?最悪なんですけど!!』




最悪な状況だと思いながらも、降りないわけにはいかず弥琴みこは必死にシルバーカーをひっぱった。

さっきよりも重く感じ、視線が気になる。




『もう泣きたい・・・・。』





そう思った時、だれかの手が弥琴みこの持っているシルバーカーをひいた。




「ここ、階段多いから下まで運びますよ!」




見上げてみると、先ほど弥琴みこを見て笑っていた女子高生の一人だった。

その女子高生は、微笑みながらシルバーカーを弥琴みこから取ると、持ち上げて階段をゆっくりと降り始めた。






「だ、大丈夫!?重いでしょ!?」




「大丈夫ですよ!私、柔道部なんで力あるんです!」





他の女子高生たちも弥琴みこのまわりに立って、通行人に押されないように守ってくれた。




「ご、ごめんね。」



弥琴みこがそう言うと、まわりの女子高生もにこりと笑った。




「全然いいですよ!これくらい朝練とかで毎日やってますから!」



「そうそう、こんな人混みで荷物運んでたら、おばあちゃん大変でしょ?私たちに任せて!」








女子高生たちのその笑顔と行動に弥琴みこは、心の底から感動した。



さっきまで電車の中で自分を笑い者にしていた時、自分はこの子たちのことをどう思っていた?





『これだから、女子高生は・・・。』




そう思っていたはずだ。


弥琴みこの中で申し訳ない気持ちが充満したのと同時に、人の性格を簡単に判断するべきではないと反省の気持ちがわきあがった。



階段の下に着き、人の流れが落ち着いたところでシルバーカーを渡してくれた。





「ありがとう。」




「いえいえ!じゃ、私たち行きますね。」



女子高生たちにお礼を言うと、なんとも元気のいい笑顔で去っていった。




「ははは。かわいいな。」





弥琴みこは、今までこんな気持ちになったことはなかった。

自分が辛い時は一人で解決するのがあたり前。そう思っていた。


けれど、人に助けてもらうとは何と気持ちのいいものだろう!




自分もそんな風に誰かに思ってもらうことができるのだろうか。




自分もだれかの為に何かできないだろうか。







女子高生たちの後ろ姿を見ながら、本当の幸せとは何なのかを弥琴みこは、理解した気がした。















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