第29話 京子の想い

「だめだって!そんな物ばっか食べてたら!青野菜とか根野菜とかがいいんだよ!」



煎餅を食べている京子きょうこに向かって弥琴みこが叫んだ。





みんなで食事をして以来、弥琴みこはメキメキと料理の腕をあげた。

いつも狭い部屋で何をするでもなくボーっとしていた弥琴みこにとってそれは楽しみの一つになっていたのだ。


それに弥琴みこにとって自分が作った料理を笑って食べてもらうことは、言い表せないほどの喜びがあったからだ。




調理の時も食事の時も、主導権は弥琴みこにあった。




「レタスいっぱい食べなきゃ!ほら、みんなも食べて!」



「たまには揚げ物が食べたいけぇ、明日は唐揚げ作ってぇや。」



「唐揚げ作ってもいいけど、食べすぎるなよ!肉に対して野菜は倍食べないといけないんだからさ!」




母は2人のやりとりを微笑ましいという顔で見ている。




「まあまあ、おばあちゃん。なんか、元気になったみたいですね。」





弥琴みこは母のつぶやきを気にも留めず、自分が集めた情報を母と京子きょうこに話しだした。






「自家菜園やろうかな。農薬使わないから体にいい野菜ができるんだって。」




「あら、そうねぇ。おばあちゃん、ずっとやってなかったですものね。」




「畑なら庭にあるけぇ。耕したら色々作れる。」




「おう!ばっちりじゃん!明日からやってみる!」




弥琴みこは料理を覚えると次から次に何かを覚えたいという気持ちになっていた。なにより、自分がやりたいと言った事を家族が応援してくれているのがとても気持ち良かったのだ。


食事の後は、スマホを取り出し家庭菜園について調べた。



気分が落ち込んでいたせいで、ずっとほったらかしにして触る気にもなれなかったスマホが大活躍だ。

次から次に新しい情報の嵐。


弥琴みこには一日が24時間では足りないほどだった。






次の日はとても寒く、外には霜がふっていて窓枠に薄い氷がはりつき日の光を反射してキラキラと輝いている。





「うう、寒い・・・。足腰が冷える・・・。腹巻きがどこかあったよな。ああ、寒すぎると膝が痛むな・・・。」




「行ってきます。」




京子きょうこがコートも着ないで出かけようとしたので弥琴みこは驚いた。




「おいこら待て!何、その格好!?」



「ん?どうかしたか?」




よく見るとスカートを折り曲げて、とても短くしている。

弥琴みこに言われたとおりにお洒落をしているようだ。




「そんな格好で出たら風邪ひくだろうが!今日は寒いんだから!!コート着て!」



「別に寒くないけぇ、JKはこのくらい平気やけぇ。」



「寒いの!今日は寒いの!!体冷やしたら、病気とかにもなっちゃうんだからね!!」



「でも・・・・。」



京子きょうこは混乱しているようだったが弥琴みこは無理矢理コートを着せて、スカートをおろした。



「よし、これでいい!あ、そうだ!腹巻もいる?」



「いや、もういい。」




弥琴みこ京子きょうこの呆れた顔に気付いたのは京子きょうこが玄関を出てしばらくしてからだった。





「・・・・・。」




「ちょっと待って!今の私ってすっごくババくさくない!!!?」




弥琴みこは頭を抱えて、うずくまって叫んだ。




「やっべぇ!私、完全におばあちゃんやっちゃってるよぉ!やばいよ!でもでも、今日は仕方ないし!だって寒いから可哀想じゃん?そ、そういうことなのよ。決して私がババアと化したわけじゃ・・・・・。」



自分で自分を慰めていると弥琴みこはふと、ある気持ちに気付いた。





寒かったら可哀想だ。




風邪をひかせてはいけない。






京子きょうこは毎日こんな気持ちで自分に怒鳴っていたのだろうか。

毎日毎日、そう思っていたのだろうか。




弥琴みこの中にじんわりと熱いものが流れた。





「自分の体は病気のくせに人の心配かよ・・・・。」





弥琴みこは胸に手を当てた。




「死なせるかよ・・・・。病気なんかクソくらえだ!」















朝の静けさがなくなり、太陽が昼になる準備を始めた頃、弥琴みこは桑を握りしめて庭の畑の前に立っていた。


もう一方の手に持っているスマホで昨日調べた事をもう一度探した。



「肥料がいるんだな。げっ!鶏糞とか使うのかよ!きったねぇな。あと肥料?石灰ってなんだ??」




調べれば調べるほど混乱してくる。

料理と違って触ったことも見た事もないものばかりだ。



とりあえず色々買ってくるのが先か。桑を置いてズボンに入れておいた軍手を放り出すと弥琴みこは部屋へ戻った。







「金がかかるな。」







そうつぶやくと、弥琴みこ京子きょうこの部屋にある鏡台を見つめた。






「金、あるよな。」




罪悪感こそあったものの、金なくしては何も買えないと思い弥琴みこはお金が入っている引き出しを開けた。




「ババアの体のためなんだから使っていいだろ。どうせだったら道具も新しいの買ってこようかな。じょうろとか可愛いのが欲しいな。花も植えてみようか。一絵いちえの家の庭みたいに飾ってみたいよなあ。」




久しぶりに欲しい物がどんどん出てきた弥琴みこは興奮した。


今までお金があっても京子きょうこの体では何もすることが見つからなかった。

しかし今なら買い物の楽しみがある。






引き出しを開け、いつもどおり金を引き抜いた。

そしてまた引き出しを閉めようとした時、罪悪感が通り過ぎた。



「なんで?だって、ババアが前、使ってもいいって言ってたじゃん。」



そう言って自分を納得させて再び半開きの引き出しを閉めようとした時、頭の中に痛みが走った。





「くぅっ!!!」





久しぶりの頭痛に弥琴みこはしばらく頭を抱えていた。




「ううぅ・・・。あの時と同じ痛みだ・・・。」




やっと痛みが引いてきたところで目を開けると弥琴みこは引き出しの奥にあるものが無性に気になった。



なぜかはわからない。



何があるのかも知らない。



なぜなんだろう。




手を伸ばして、引き出しの奥にある何かを取らなければいけない。



そう思った。




ゆっくりと引き出しを開け、奥に手をのばす。

引き出しの突き当りにさしかかる前に何かが手にあたった。


取り出してみるとそれは通帳だった。




「なんでこんな物が気になったんだろう?私・・・・。」





開けてみるとそこには、ずらりと入金だけの履歴が書かれている。

最後の入金日まで見てみると残高はものすごい額になっていた。



「うおっほぉ!やるじゃん!ババア!やっぱ金持ってると思ってたよぉ!これだけあればやりたいこといっぱいやれるじゃん!!」



弥琴みこは興奮した。

急にその通帳が愛おしくなり、パラパラとめくってみたり、表紙のなんでもない絵を眺めたりしてみた。


しかし弥琴みこは、ある文字に目が留まりハッとした。





村山むらやま  弥琴みこ






「・・・・・え?」







通帳には京子きょうこの名前ではなく弥琴みこの名前が載っていた。






「なんで私の名前?」




弥琴みこは他にも何かあるのではないかと、引き出しの中に手を伸ばした。

すると一枚の手紙が出てきた。




開いてみると確かに京子きょうこの字で丁寧に書かれた文字がそこにはあった。










弥琴みこへ     お金に困った時にこれを使いなさい】









弥琴みこの中で一瞬、時が止まった。



そしてもう一度、通帳を見返す。



二か月に一度、定期的に振り込まれている。


毎回、毎回、一度も欠かすことなく・・・。






自分でも頭がよくないとわかっている弥琴みこだったが、その二か月に一度のお金がどこから来たお金なのかは、わかった。


京子きょうこはもらえる年金を弥琴みこのために貯金していたのだ。





その通帳を握りしめたまま弥琴みこは今度はタンスの引き出しを開けた。




数着しかない古い服。そういえば京子きょうこは、一張羅と言わんばかりに毎日似たような服を着ていた。





弥琴みこは今度は部屋の中を見渡した。簡易ベッドが占領しているこの暗い部屋には余計なものなど一切ない。

のではない、京子きょうこは買おうとすらしなかったのだ。






「私のために・・・・?」






弥琴みこは通帳を握りしめた。女子高生だった頃よく京子きょうこの財布からお金を取っていたことを思い出す。





「好きな物買えばいいじゃん・・・・。こんなにいっぱいあるのに・・・・。」





弥琴みこのつぶやきが震え、か細くなる。





「なんでだよ・・・・。こっちは盗んでまでババアの金取ろうとしてんのに・・・・。なんで与えようとするんだよ。」




弥琴みこの顔がゆがみ、目を固くつぶったと同時に大粒の涙がこぼれ通帳にポタリと落ちた。

罪悪感とも言えない悲しい気持ちが何度も弥琴みこの中を支配する。





ひとり立ち尽くす京子きょうこの部屋がひどく憎らしくも感じた。



この空間を作ったのは自分だったのだ。

なぜ、今気づいたのだろう・・・。



なぜ、あの時はわからなかったのだろう・・・・。




なぜ、京子きょうこの死を前にした今だったのだろう。




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