第4話 入れ替わった弥琴と京子

「うそでしょ・・・。なんで私が私自身を見てるの?」


何とか壁にもたれながら、立ち上がるとそこに立っている弥琴みこの身体をのぞきこんだ。


弥琴みこ。」


いきなり弥琴みこの身体から京子きょうこの声が聞こえた。

びっくりして一歩後ろに下がると弥琴みこの身体はまたしゃべりだした。


「わかっちょるか?あんたが今入ってるのは私の身体。そして私が入ってるのは弥琴みこ・・・・あんたの身体じゃ。」


弥琴みこの目の前にいる弥琴みこの身体はどうやら京子きょうこのようだ。

そんなことを確認しなくても弥琴みこには初めからわかっていた。

2人は魂が入れ替わったのだ。

弥琴みこの身体には京子きょうこがいて

京子きょうこの身体には弥琴みこがいる。


「なんで!?うそでしょ!?ババアあんた何かしたの!なんでこんなことになったの!?入れ替わるなんてありえないじゃん!」


「そりゃそうだ。私だって信じられんけぇ、こうやって自分の身体を探しに来たんよ。けど、こりゃどう見ても入れ替わっちょる。たぶんこれは祟りじゃ。」


「祟りって何よ!?何もしてないのに!!」


とは言ったものの、弥琴みこは自分がやってきたことを決して正しいことだったとは思ってはいない。そう考えるとこれが祟りだとしてもおかしくはないと少し納得してしまった。


「やだやだやだ!!こんなババアの体いやだよぉ!肌は汚いし、皺ばっかだし、おまけに重いし!!」


「あんただけの問題じゃないけぇね!いきなり体が変わったら、私だってびっくりするんよ!

まあ確かに若返るのは悪くないけどね。」


「ババア!なに楽しんでるんだよ!そりゃあんたはいいよ!その体だったらもう一度人生やり直せるじゃねぇか!私はお先真っ暗だよ!」


「とにかく元に戻れるまで待っとくしかないじゃろ!」


「待ってられるか!今すぐ元に戻せ!」


そう怒鳴ったところで京子きょうこにこの状況がどうにかできるわけなどない。

それも弥琴みこは重々わかっていた。



数秒の静けさの後、京子きょうこが先に口を開いた。


「母さんに話してもたぶん信じてくれんけぇ、とりあえず自分の部屋で待っちょれ。そのうちまた入れ替わるじゃろ。」


そうだ。前にも戻ったのだからきっとまたすぐに戻るはず。

弥琴みこはそう思うと二階の自分の部屋への階段を上り始めた。


「うっ・・・・。」


膝が痛む。

一段一段が重く、一番上まで上がるのがまるで地獄のように思えた。


弥琴みこの身体で悠々と自分の部屋にはいる京子きょうこの姿が恨めしく思えた。


「私の身体なのに・・・・。本当はこんな年寄りの身体じゃないのに・・・。」






部屋に戻るとすぐに鏡をのぞいた。


「うえぇっ・・・なにこの顔。マジでありえないんだけど。」


こんなに京子きょうこの顔を見つめたことなどない。見れば見るほど年寄りの顔だった。

その顔をじっと見てると涙が出てきた。


「もう!最悪なことばっかり!!もうマジで嫌だ!!なんで私がこんな目に合うの!!?」


机をバンバンと叩いたところで何も変化は起きない。

それどころか叩いた手が痛いし、その手のひらの年老いた手を見るのにもムカついた。


「早く戻って!!夢なら覚めて!なんでこんな漫画みたいな事が起こるんだよ!!」



バンバン ギシギシ・・・・


二階から響く音を気にすることもなく京子きょうこは、ただじっと待った。


「これは祟りだね。」


1人ぽつりとつぶやくしかできなかった。

その後、廊下に誰もいないのを確認して弥琴みこの軽い体で一人静かにダンスを踊ったが。






しばらく叫んだ後、弥琴みこはただひたすら待った。

見たくはないが、どうしても鏡が気になってしまう。そのうちシミの数まで数えだした。口のまわりに生えている白髪のヒゲを何とかできないかとピンセットを取り出してもみた。


そうしているうちにだんだん落ち着いてきて、これはブログにあげたらニュースになって面白い事になるんじゃないかとまで考えていた。



弥琴みこ!いいかげん起きたらどう!?」


母の声に弥琴みこは手持ち鏡をふっとばした。

京子きょうこも同じようにドキリとした。



母が部屋に入ってきた。


弥琴みこ!入るわよ!

え!?おばあちゃん!?なんで弥琴みこの部屋に?あれ?弥琴みこは?」


「母さん・・・・わ、私・・・。」


「何してるんですか?おばあちゃんも朝食食べないと。お部屋に運びましょうか?」


「やめて!!」


京子きょうこの部屋に行かれたらそこには弥琴みこの身体をした京子きょうこがいる。それは、まずい。


「食べる!食べるから置いといて!」


「大丈夫ですか?体調悪いんですか?」


「全然大丈夫!もうめっちゃ元気だから!」


「めっちゃ・・・・?ふふ。おばあちゃん、そのしゃべり方。まるで弥琴みこみたいですね。弥琴みこの部屋に入ったってこと弥琴みこが気づいたら怒りますよ。早く出てくださいね。」


そう言って母は戸を閉めて行ってしまった。



その時しっかりと自分は今、京子きょうこの身体だという実感がわいた。

やはり自分は年寄りの身体なのだ。夢じゃなさそうだ。

それに今もまったく元に戻る様子などない。


弥琴みこは急いで京子きょうこの部屋へ向かった。

襖を勢いよく開けて中に入るなり弥琴みこは叫んだ。


「ババア!戻らねぇじゃねぇか!いいかげん私の身体を返せ!!」


よく見ると京子きょうこは、昔京子きょうこが若い頃に着ていただろうワンピースを着て鏡の前でポーズを決めていた。


「かっ・・・・勝手に入ってくるんじゃないよ!」


慌てて京子きょうこはポーズをくずした。顔が赤いのがはっきりわかった。


「そんな事してる場合じゃないだろ!!なに呑気に遊んでるんだよ!しかもそれ私の身体だろうが!勝手に着せ替え人形するなよ!」


心の隅っこで密かに笑いながら弥琴みこは襖を閉めた。


「母さんにバレたか?」


京子きょうこが姿勢を正していきなり真面目に聞いてきた。


「いや、たぶんバレてないと思う。っていうか、信じないだろ。言ったとしても。

私たちだって信じられないんだからさ。


「そうじゃろうね。できれば言わないまま元に戻れた方がええじゃろ。母さんはああ見えて気が弱いじゃろうから、私とあんたで何とか解決を・・・・」


弥琴みこは自分の身体に昔ながらの白襟と黄色の水玉ワンピースを着せられてるのを見ると

「ダサい・・・。」

としか思えず京子きょうこの話がなかなか頭に入らなかった。


「いいかい?今のところ戻りそうにない。じゃけぇ、部屋を交換するよ!」


「は!?」


そこでやっと京子きょうこの声が耳に入ってきた。


「部屋を交換!?じゃあ、何?私がこのカビくさい部屋に住んで、ババアが私の部屋に住むってこと?」


「そうするしかないんじゃけぇ、我慢しな!じゃないと母さんに何言われるかわかったもんじゃないけぇ。」


「そんなの嫌だ!!こんな死人みたいな部屋にいたくない!」


「あんたは京子きょうことして、私は弥琴みことして、戻るまでそれでいくしかないじゃろ。」


確かに今、自分が弥琴みことして普通に生活することはできない。

だけど、いつ戻るかもわからないそんな生活に耐えられるとは思わない。


「本当に嫌だ。もうこんなことになるくらいだったら死にたい!こんな体でいるくらいなら私、死ぬ!」


それを聞いて京子きょうこの顔が曇った。

そしてゆっくりと口を開き言った。


「どうせいつか死ぬ。それまでの辛抱じゃ。」




その重苦しい声の意味がその時の弥琴みこにわかるはずもなかった。

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