第3話 彼氏

真輝まき!なんで、ここに・・・?」


弥琴みこに近づきながら、真輝まきはそっと頭をなでた。


「走って行くのが見えたから、追っかけてきた。学校サボり?」


いつも通りの優しい声と透き通った曇りない瞳が弥琴みこを落ち着かせる。


「まあね・・・。今日はババアにまたギャーギャー言われるし、変な夢見るしで学校なんか行く気になれなくてさ。」


「ああ、大人ってうるさいよね。説教くさいし、聞いてられないよ。」


微かに真輝まきの笑顔が曇った。こんな話はしたくないのかもしれない。


「ごめん。いつも愚痴ばっかで・・・。」


「なに言ってんの?別に気にしてないよ。弥琴みこが学校サボるなら俺もサボっちゃおうかな。ほら、新しくオープンしたお店に行きたいって言ってたじゃん?そこに行こうよ。」


「私、今日は気分悪いから帰るよ。ごめん・・・。」


「そっか。じゃあ気を付けて帰ってね。弥琴みこが元気ないとこっちまで憂うつになっちゃうからさ。」


いつもの優しい笑顔と落ち着いた口調で言った後、真輝まきは手を振りながら奥の道へと歩いて行ってしまった。


自分で言ったものの少し後悔した。

やはり真輝まきと過ごした方が気分が楽になっただろうか。

でも今の自分に優しい彼氏が隣にいるというのは何か許せなかった。





家に帰り着くと誰もいなかった。好都合だ。

サボったとバレたらまた京子きょうこに何か言われる。


二階へ上がる階段の一段目を上ろうとした時、京子きょうこの部屋が見えた。

襖はしっかりと閉まっている。

弥琴みこは、あの時の事が気になった。


ゆっくりと襖を開けた。今朝と同じ部屋だ。

ゴミ一つ落ちていないし、簡易ベッドの布団すら身動き一つなかったように見える。

ただ鏡は・・・・。

気のせいか、朝よりも少し傾いているように見える。



『まさかね。』



弥琴みこは、そう思うと襖を閉めて夕方までの時間を部屋で適当に過ごした。










弥琴みこ!帰ってきてるんでしょ!?もう夕飯だから降りてきなさい!」


気が付くともう夜8時だ。眠ってしまっていたのだ。


「うう・・・・。なんかやっぱ頭痛い。でも昼も何も食べてないしさすがにお腹すいたな。」


ぼそぼそ独り言を言いながら階段を降りて台所へ向かった。

食卓に夕食のコロッケとサラダ。小松菜のおひたしやひじきの煮物などが置いてあった。

いかにも京子きょうこが作ったであろうと思われる惣菜や漬物が並んでいる。


「くそ・・・ババくせえもんばっかり作りやがって。今時、こんなもん食べるわけねぇだろ。」


弥琴みこ、今日学校休んだの?」


「別にいいじゃん。自分で勉強してるし。」


「そうやって嘘ついたってテストでわかるんだからね。お願いだから少しは学校へ行って。何のために高校に入学したと思ってるの?学費どれだけ払ってると思ってるの?大変なのよ。」


「はいはい。ねぇ、ソースとって。」


特にそれ以上を言う気もないようで、弥琴みこにソースを渡した後、世間話をし始めた。


「そういえばね、あの事件聞いた?お年寄りが歩いてたらね、バイクで走ってきた男にバッグもぎとられちゃったんだって!この近所よ!ほんと物騒ね。うちのおばあちゃんも気をつけなきゃね。」


「え?母さんももうババアなんだから気をつけたほうが良くない?」


「そんなこと言わないでよね。これでも若いですねって言われるんだから!」


弥琴みこはくすっと笑った。

しっかりと睡眠をとって夕飯を食べたおかげか今朝の憂うつは和らいでいた。

頭の痛みもなくなったようだ。


しばらくすると京子きょうこが台所へ入ってきた。

食器を片づけに来たのだ。

京子きょうこは、みんなと一緒に食事をすることはなく、毎日一人部屋で食べている。

食器を一通り洗い終わると、また部屋へ戻っていった。



「ババアってなんで一人で食べてるんだっけ?」


長い間ずっとそうしてきたが、なぜか今日はふと気になった。


「なに言ってるの?あなたが一緒に食べたくないって言ったからじゃない。」


「そうだっけ?言ったっけ?」


「言ったわよ。確か中学生の頃?あれ?高校一年生だったかな。食べてるところが気持ち悪いって言うから、おばあちゃん怒っちゃって。覚えてないの?」


「ああ、言ったね!言った言った!あはは。だってさあ、ババアの口って汚いんだもん。こっちが食欲うせるよ。」


「・・・・。」


弥琴みこの思いやりのなさに母も少し呆れたようだ。

早々と食事を終わらせると黙って台所の片づけを始めた。

それを見た弥琴みこはまた、気分が悪くなり頭痛もひどくなったように感じた。






夕飯の後、弥琴みこ真輝まきへ電話をかけた。


「もしもし?真輝まき?今日はごめん。せっかく遊びに誘ってくれたのにさ。私気分悪くて。」


弥琴みこが謝ることないよ。今は気分大丈夫?」


「まだちょっと頭が痛いんだ。変な夢見てからずっと頭痛が続いてる。」


「ふうん。それは辛いね。もうゆっくり寝たら?」


「うん。けっこう昼寝したんだけど治らないの。これって何かの病気かな?」


「大丈夫じゃない?弥琴みこはいつも気にしすぎだから、そんなに心配することないと思うよ。。なんか弥琴みこが頭痛いとか言うから俺も気分悪くなってきたよ。悪いけど、今日はもう寝るよ。」


「まだ9時だよ??」


「うん、だから気分悪くなってきたんだってば。ごめん。おやすみ。」


そう言うと真輝まきは一方的に切ってしまった。


いつもだったらもっと長く話してくれるのに。もしかして今日の事をやっぱり怒ってるのかもしれない。

不安と罪悪感が押し寄せてきて離れない。少し良くなったと思ったのに、また今朝と同じ気分だ。


弥琴みこは行き場のない気持ちを隠すように布団をかぶり、泣きながら夢におちた。







弥琴みこ。どうした?」


「おばあちゃん、うぅ・・・・私・・・・・ひっぐ。うぅ・・・」


「泣いてるのかい?」


「私・・・・いっぱい集めた変な形の石・・・・どこかに置いてきちゃった。」


「石?」


「いっぱい集めたの。なのにないの・・・・。」




「そうかい。石をなくしたか・・・・。」











ふっと弥琴みこは目を開けた。


夢?


あの時の夢。小学生の時、神社で泣いた時の記憶。

そうか、そういえばあの時私が泣いてたのは石をなくしたってだけのことだったのか。思い出した。


「やっぱりね。なんてくだらない事で泣いてたんだろう。」


しばらくぼーっとしていると、頭の痛みがないことに気付いた。



「ああ、やっと解放された。良かった。」


そう言ってベッドから起き上がった。



「ん!!!????」


どう見てもそこは京子きょうこの部屋だ。

しかも今自分がいるベッドは京子きょうこの簡易ベッド!


「はあ!!??なんで私がこんな所で寝てるの!!?」


訳がわからなくなり、すぐさま立ち上がり二階の自分の部屋へ!

・・・・行こうとしたが体が重い。膝も痛い。

この重さと痛み!そうだ、昨日の夢と同じ感覚だ!


弥琴みこは、化粧台の鏡に近寄り、そっとのぞいてみた。


鏡の中では弥琴みこと同じようにこちらを睨む京子きょうこの姿。

すぐさま頬を触ってみる。昨日と同じ感触。




「うそだ!うそだ!またババアの身体に!?それとも夢!?」


きっとまたすぐに目が覚める。そう思った弥琴みこは襖を開けて廊下に出た。よく見ると廊下の先に誰か立っていた。その姿を見るなり弥琴みこは力がぬけて立っていられなくなってしまった。


なぜなら自分が今見ているその姿は弥琴みこ本人だったからだ。


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