第2話 小さい頃の思い出

「なんでババアの顔が・・・?ま、まさか・・・・」


ゆっくりと自分の頬に手をあててみる。それを真似するように鏡の中の京子きょうこも頬を触っている。

弥琴みこが顔を歪めれば、鏡の中の京子きょうこも同じようにしかめっ面をしている。


「な、なにこれ・・・?」


触った頬が明らかに自分の肌の質感とは違う。

ごわごわしていて、深いしわが手でなぞれるほどだ。


「う、うそ・・・・。これってババアの身体!?うそだ!なんで!夢なの!?」


思わず鏡を引っ張った。こんなにもリアルな夢があるだろうか。

手に伝わる鏡の冷たさも、吐く息の粗さも夢の中とは思えない。

視界に入った自分の手のひらが明らかに高校生の手であるようには見えない。



「どうしちゃったんだよ!?なんで私がババアの身体の中に!?」


なぜか声だけは自分のものだ。


「そうだ!私の身体は!?そこに行かなくちゃ」


焦りの中で、ふいに冷静になり、ぐっと立ち上がった。


体が重い・・・・

それもそのはず。京子きょうこの体重は弥琴みこよりもずっと重い。

しかも膝がずきずきと痛む。


「なんだこの体・・・・いってぇ。くっ・・・クソババアめ・・・・いっつも家でゴロゴロしてるから、こんな体になるんだよ!」


なんとか立ち上がり襖をそっと開けた。

その瞬間、さっき感じた痛みがまたこみ上げてきた。

頭の奥からの痛みで立っていられない。弥琴みこはふらふらと足をついた。






弥琴みこちゃん?大丈夫?」



はっと気づくとそこには桃夏ももかの顔があった。


桃夏ももか!」


よく見ると自分の身体は元の高校生に戻っている。


弥琴みこあんたちょっと変だよ?」


「わ、私?どうなってた?だって今、変な夢見てて・・・」


「え~?なんで覚えてないの?ぼーっとして話しかけても何も言わなくてさあ。いきなり背筋のばして『たたりだ。』ってしゃべったから、おかしくってもうめっちゃ爆笑したんだけど?」


「私、そんなこと言ってないし!」


「でも確かに言ったよね。桃夏ももかも聞いたでしょ?」


「うん、聞いたよ~。でもなんか雰囲気が今やっと弥琴みこちゃんに戻った感じ。もしかして幽霊にとりかれちゃった?」


くすくすと笑う2人を見ながら弥琴みこはまだ状況を整理できずにいた。

とにかく今のは夢だったのだ。そう思うしかない。



「今、一瞬変な夢を見たの。ババアになった夢。」


「何それ。弥琴みこちゃん、急に年とっちゃったの?」


「そうじゃないよ。うちのクソババアの身体の中に私が入った夢だったんだよ!最悪な夢!」


弥琴みこ、あんたグロス買いに行ってる場合じゃないって。今日はもう家でゆっくり休みなよ。ちょっとおかしいよ。」


2人は弥琴みこの話を真剣に聞く様子もなく、ひたすらケラケラと笑っている。


「もういいよ。私、一人で買い物行ってくる!」


少し怒り気味で言うと弥琴みこは来た道を引き返した。

後ろで桃夏ももか一絵いちえが何か叫んでいるのも聞こえないフリをした。




「ああ、気持ち悪い。私がババアの身体の中に入る夢だなんて。」


通学路の階段を上りながら何とか夢のことを忘れようとしたが、どうにも頭から離れない。


階段の上段の方で小学生の男の子たちの声が聞こえる。

もう遅い時間だというのに、はしゃぎながら階段を降りてくる。


「階段の下まで競争しよう!」


「今からスタート!いぇ~い!ビリはみんなのランドセル持つんだよ~」


「まってよ!同じ位置からスタートしようよぅ!」


ランドセルが揺れる音と叫び声が弥琴みこのイライラを加速させた。


「バカガキめ・・・。」


3人の小学生が勢いよく降りてくる。

1人が弥琴みこの横を通りすぎ、2人目も通り過ぎて行った。

最後にフラフラと走る小学生が横を通りすぎる時に、小学生が持っていた手提げバッグが弥琴みこの腕に微かに当たった。


その拍子に弥琴みこの怒りが弾けた。


「おいこら!バカガキども!今、当たっただろうが!しかも朝からうるせぇんだよ!」


ぶつかった男の子は、驚いた様子で「ひっ!」と声をあげた。それと同時に涙がボロッと落ちた。


「泣いてんじゃねぇよ!当たったのは、お前だろうが!」


「だって、ぼく・・・・ごめんなさい。」


弥琴みこはこの小学生を大泣きさせてやりたかった。

ただの八つ当たりだ。それはわかっていたが、イライラが収まらなかった。


「ガキは大人しく学校に行け!」



「おねえちゃんだって、学校行ってないじゃん。」


一番最初に通り過ぎた小学生が口をはさんできたので弥琴みこは少し焦った。

 

「わ・・・・私は好きで学校行ってんじゃないんだから、いいんだよ!」


「学校行ってない人に学校に行けって言われたくありませーん。」


今度は2人目の小学生が口を挟んだ。それを聞いていた涙顔の小学生が、ぷっと笑ったので弥琴みこは一気に顔を赤らめた。


「このクソガキどもが!」


それ以外に何を言い返せばいいのかわからなかった弥琴みこは、残りの階段を急いで上り小学生たちが見えない所まで走った。


「クソガキ・・・クソガキ・・・・」


さっきよりもさらに苛立ちは大きくなり夢中で走っているうちに気が付けば神社の前に来ていた。


神社の鳥居の間に流れる風が弥琴みこの茶色の髪をゆらした。

まるで弥琴みこの怒りをなだめるように。

その瞬間なぜか昔の出来事が頭の中をよぎった。

弥琴みこが小さい時の思い出だ。



まだ弥琴みこが小学生だった頃、さっきの小学生のように泣きながらこの神社に歩いてきた。

何で泣いてたかなんて覚えていない。ただ涙が止まらなかったのだ。

歩いた先には京子きょうこがいて、泣いている理由を聞いてきた。

小学生の弥琴みこが答えた。

その後は覚えていない。


「あの時、ババアは何て言い返してきたっけ?」


なぜかわからないが、あの時のあの状況が気になった。

今でさえ京子きょうこ弥琴みこは、仲が悪いものの昔はとてもいい関係だった。


「小学生の泣く理由なんて大したことじゃないし、確か『そんな事で泣くな』みたいに言われたんだろうな。ああ、かわいそうな小学生の私。」


昔のことなど気になっても考えたくはなかったので、適当に作り上げた過去で満足して考えないようにした。

不思議なことに今朝からの苛立ちが少し和らいでいた。






弥琴みこ?今日も学校休むの?」



後ろから話しかけられ、少し戸惑った。

しかしそこに立っていた姿に弥琴みこはひどく安心感を覚えた。


茶髪のサラサラとしてセットされたお洒落な髪型に高身長でスラリとした体型。

薄茶色の目がどこか神秘的で、見入ってしまう。その瞳が弥琴みこを見て笑っている。


まるで少女漫画から飛び出してきた完璧な存在。



菅原すがわら真輝まき。 弥琴みこの彼氏だ。

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