クソババアJK

きらーな*

第1話 ウザい

「うるせぇな!クソババア!」


秋の朝。まだ空が薄い青色で覆われ、太陽の光を微かにしか感じられない肌寒い日に女子高生の甲高い声が響いた。


「いちいち指図すんな!私が何時に起きようが勝手だろ!」


高校2年生の村山むらやま弥琴 みこは、ジャージ姿のまま、先ほど奪われた掛け布団を荒い手つきで祖母の手から取り上げた。

うす茶色に染め上げられ背中の中ほどまである長い髪の毛がさらりと肩から落ちた。

両耳に一つずつつけられているピアスが反射して光り弥琴みこの祖母の目にとまった。


弥琴みこ!!親からもらった身体に穴なんか開けて何考えちょるんか!!

部屋もこんなに散らかして!早く支度して学校に行け!」


弥琴みこの祖母である村山むらやま京子 きょうこは、弥琴みこに負けないほどの大きな声で言い返した。

年の割には背筋も曲がっておらず、白髪だがボリュームのある髪もぴしりと結んで整えられており、見た目からすれば元気なおばあちゃんである。

しかし少し太めの体型と眉によせたシワが、どこか威厳を感じさせ、近所では怖いおばあさんと噂されている。

昔は仲の良い祖母と孫だったが、高校生になった今では毎日が言い争いから始まる。


「いいから部屋に入ってくんな!私が私の身体をどうしようが何しようが勝手だろ!」


「バカか!親の家に住んで親の金で生きちょるお前が勝手ができるか!

この家に住む間は、親の言うことを聞け!」


「お前は、親じゃなくてクソババアだろ。だから言うこと聞かなくていいんだよ!」


いつもの言い合いが落ち着くことはなく、母が用意した朝食が冷えきった頃ようやく弥琴みこは支度を始めた。

長いストレートの茶髪に何度もクシをいれ、目の周りに念入りのメイクをしていく。

学校に行くわけでもないのにスカートを履き、シャツの胸元を大きく開け身体の大きさに似合わない大きめのカーディガンを着た。




「またそんな格好して。おばあちゃんをあまり怒らせないで。体調良くないのよ。」


皿を洗いながら母が言った。

弥琴みこの行動に呆れつつも特に止める気もないようだ。


「体調悪いんなら寝とけばいいじゃん。あのババアは私のやる事全部気に入らないんだよ。」


「・・・。」


母はため息をついて、洗濯物を干すためにベランダへ行ってしまった。

弥琴みこは、母の用意した朝食を立ったまま一掴みして口に入れ牛乳で流し込んだ。


いつもと変わりのない風景。出張続きの父と朝食をともにすることはまずない。

弥琴みこは空いたイスが並ぶテーブルを見つめながら今日は何をしようかと考えていた。



「あ、そういえば今日って新作のリップグロス発売の日だった。」


弥琴みこの毎日の楽しみといえば、スマホで友達と話すことか自分を磨くためのメイク道具を手に入れることだ。

しかし高い化粧品を買う金などない。


「またアレ使うか。」


そう言った瞬間に和室から京子が出てくる音がした。

また何か言われてはたまらないので急いで部屋を出た。でも狭い家の中ではどうしても顔を合わせてしまう。


弥琴みこ!まだおったんか!早く学校に行け!」


「ああうるさいな!今から行くんだよ!」


もちろん弥琴みこには学校へ行く気はない。もう京子きょうこの前では嘘をつくのも当たり前になった。


「学校にも行かんで神社の金盗んじょったら、お前いつかバチが当たるけえね!!」


「ぬ、盗んでねぇよ!」


これも嘘。

弥琴みこは神社で金を盗むこともコンビニで物を取るのもお手の物だった。

まだ怒鳴っている京子きょうこを無視して弥琴は玄関で靴を履き始めた。

それを見た京子きょうこもやっと口を止め台所へとむかった。


『ほんと毎日毎日うるせぇ!金がねぇとどうやって欲しいもの買えって言うんだよ!』



「・・・。」

「新作のグロス・・・やっぱ欲しいな。」



弥琴みこは手を止め、京子きょうこが皿洗いを始めたのを確認して廊下への道を戻った。

音を立てないように静かに部屋へと近づき、襖を開ける。京子きょうこの部屋だ。



小さな部屋の和室には、座敷用の化粧台と木でできたゴミ箱、裁縫道具が置かれている。

その横に畳の上には似合わない簡易ベッドがある。


弥琴みこは、そっと中に入った。

後ろでは京子きょうこが皿を片付ける音が聞こえる。

畳が軋むのを気にしながら化粧台の一番上の引き出しを掴んだ。

引き出すと京子きょうこの財布が入っている。


「ババアはいくらでも金あるだろ。

私にいつもうるさいから、こういうことされるんだよ。へへっ」

弥琴みこはもう一度、京子きょうこがいないか様子を伺ったあと財布から数千円を盗んだ。


財布から抜き取った数千円を握りしめた弥琴みこは台所にいる京子きょうこの後ろ姿を確認しながら玄関へ向かった。京子きょうこは気づく様子もない。



外に出てすぐに金を奪ったという達成感とともに千円札をポケットに押し込み、歩き出した。





学校への道を歩いていると後ろから呼ぶ声がした。


弥琴みこ、おはよう。ねぇ、聞いてよ。うちの親が今日マジでカスでさあ!

朝ごはんにカレーとか出してくんの!ありえなくない!?朝からそんなの食べてたら

マジ太るしカレー臭くなるじゃん?」


そう言ってスマホの画面を鏡にしながら一絵いちえは髪を整えだした。

滝岡たきおか一絵いちえ弥琴みこと同じ高校の友達だ。

ゆるやかなパーマがかかった髪と整っていて誰から見ても綺麗な顔立ちをしている。

いつも話すことと言ったら親の愚痴か彼氏の悪口だ。


「そういえば昨日、弥琴みこの彼氏と会ったんだけど超イケメンじゃね?

写真で見るより全然よかったよ。」


「そう?一絵いちえの彼氏もかっこいいじゃん。」


一絵いちえがこう言ってもらえるのを期待しているのを弥琴みこはわかっている。

そこを敢えて言ってやるのもいつものパターンだ。


「そんなことないって!あいつ、かなりダメだから!

自分のこと、かっこいいとかって思ってるあたり気持ち悪くない?でしょ?」


「美男美女カップルに見えるよ。」


弥琴みこだってそうじゃん。

あ~私も弥琴みこの彼氏みたいなのが良かったなあ。どうやったらあんなイケメン君捕まえられるんだろう。」


愚痴は言うが一絵いちえは人が悪いわけではない。

こう見えて友達の悩みも真剣に聞いてくれるし、いつも遊びに行く時は友達全員を誘う。つまり友達思いなのだ。


「あ!あそこ見て!オタクボーイが歩いてる!」


一絵いちえが指さした先にいたのはクラスで一番…いや、学校で一番暗い顔をした西村にしむらかなでだ。

黒髪に小さめの身長。いつも一人で学校に行く時は地面を見て歩き、学校では机の上に並べた本に向き合って過ごす。

隠して持ち歩いている恐竜のフィギュアが他の男子生徒に見つかったせいで、学校中でオタクボーイと呼ばれている。


「あいつってさ、よく学校来るよね。一人で楽しいのかな?

弥琴みこ、今度遊びに誘ってみれば?」


「なんで私がそんな事しなくちゃいけないの!?」


「だってさあ、オタクボーイ君って弥琴みこの事が好きって言ってたんでしょ?

話しかけたらきっと喜ぶよぉ。」


ニヤニヤしながら一絵いちえが冗談で弥琴みこの背中を押しながら話し続けた。


「どうどう?あんな子タイプ?私は、ちょっと無理かなあ。

顔かわいいんだけど、オタクの世界がわかんないしさあ。弥琴みこはそっち系わかるでしょ?」


「私のどこにオタク要素があるって?」


ちょっと怒り気味に言いながらオタクボーイのかなでを見た。

やはりどこから見ても、カッコ悪い。

どう考えても弥琴みこの恋愛対象になるはずがない。


そう思っているうちにかなでがこちらを向いたかと思うとすぐに目を逸らして真っ赤になった。

それを見て弥琴みこは鳥肌がたった。


「マジでありえないから。」





学校に近づくと友達の桃夏ももかも駆け寄って来て話に加わった。


弥琴みこちゃんは、可愛いから誰からもモテるんだよねぇ。」


ふわふわとした印象の中田なかた桃夏ももかは頭の中がいつもお花畑だ。ショートボブがよく似合う目の大きな顔立ちが女から見ても本当に可愛い。

桃夏ももか弥琴みこは小さい頃から一緒で、もはや姉妹のようなものだ。

なぜか姉役は桃夏ももかの方だが。


「ねぇその話もうやめよう。

今日さ、新作のリップグロス買いたいから一緒に買いに行こうよ。」


「学校また休むの?ダメだよ。弥琴みこちゃんいないとつまんないし。

学校が終わってからでも買いに行けるでしょ?」


世話好きな桃夏ももか弥琴みこの良し悪しをいつも勝手に決める。

弥琴みこ桃夏ももかの話を無視した。


「ねぇ行こうよ。一絵いちえは行くでしょ?昨日は学校行ったんだからいいじゃん。

今日の授業つまんないしさ。」


「でも、金あるの?弥琴みこいつも金欠じゃん?私も今ちょっと金ないんだよねぇ。

見たら他のも欲しくなっちゃうしさあ。」


スマホをスカートのポケットに押し込みながら一絵いちえが言った。


「じゃあ私がなにか買ってあげるよ!親が珍しく金くれたんだ。」


そう言った瞬間、頭の中に京子の背中が見えた。それと同時に頭の中に痛みが走った。


「・‥‥っ!」


頭をかかえ息をしたが痛みが続く。


弥琴みこちゃん大丈夫?頭痛いの!?」


「大丈夫‥‥。だけどなんか変。」


「とにかく座って!先生呼んでくるから!」


「いい!呼ばなくていい!」


走り出そうとした桃夏ももかの手をひいたものの意識は朦朧もうろうとしていき、痛みがさらに強くなる。


握りしめていた桃夏ももかの手の感触がなくなり、やがて空気を握るように何もなくなった。


「あ、あれ?桃夏ももか??なんでいなくなっちゃったの?」


一絵いちえは?一絵いちえもいない・・・。2人ともどこ行ったの?」



見渡しても2人の姿はない。


いや、違う。景色が違うのだ。

景色どころかいつの間にか家の中にいる。畳の部屋に不釣り合いな簡易ベッド。

どう見てもそこは京子きょうこの部屋だ。先ほど財布を取り出したあの化粧台の前にいる。


「どうして?ここはババアの部屋…。え?なんで?さっきまで外にいたのに。」


ふっと顔をあげると鏡に映る自分の姿‥‥

ではなくそこには京子きょうこが映っていた。



いや、京子きょうこではない。

正確に言えば京子きょうこだ。だが違う。



鏡に映っているそれは自分だ。

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