第12話 ひだまりカフェで

「いい天気ですね。」


にっこりと笑う桃夏ももかの優しい顔。

その愛らしい笑顔にぴったりの優しい声で桃夏ももかは言った。


「あの、弥琴みこちゃんいますか?」


突然の問いに弥琴みこは焦った。自分は今は京子きょうこなのだ。


「私が弥琴みこじゃん!」


などと言えるわけがない。京子きょうこになりきって話すしかないのだ。


「えっと・・・・み、弥琴みこは、今ちょっと留守でね。ま、また別の日に来てお・・・おくんなまし?」


弥琴みこは、京子きょうこがいつもしゃべっている方言をしゃべろうと頑張ったが何か違う。


「そうですか。でかけちゃう前に会えたらと思ったんだけど。」


「もしかして、桃夏ももか。あ、桃夏ももかちゃん、学校休んだの?」


「はい。弥琴みこちゃんに会えないなら学校なんて行っても意味ないんです。実は私たち喧嘩してて、ずっと弥琴みこちゃんに会えてなくて。」


その言葉に弥琴みこは気は咎めたが少しいじめてやることにした。


「ああ、弥琴みこから聞いたよ。なんか彼氏の悪口言ったり、引っ越すことをずっと言わないで隠してたそうじゃないか?そうなんだろ?」


「・・・・。知ってるんですね。弥琴みこちゃんとは仲がいいんですか?」


桃夏ももかは、おっとりしているわりには、はぐらかすのが上手い。質問を質問で返してくる。しかもその質問にどう答えていいか弥琴みこは、わからなかった。


弥琴みこは、すごく悲しんでたよ。もっと早く言ってくれればいいのに、一週間前に言うなんてひどいじゃないか!」


「すみません。」


「・・・・。」


『それだけ?謝るだけ??今まで言わなかった理由とか、苦し紛れでも弁解するとかなんかないの!?』


弥琴みこは、この沈黙が憎らしかった。

本当はどこかで桃夏ももかは悪い人間ではないと思っていたいのかもしれない。

でも、桃夏ももかは何も言わない。

そうなってくると、もう何もかもが悪く見えてくる。



「あの、おばあさん。」


やっと桃夏ももかがしゃべりだした。


「おばあさんって言うな!京子きょうこって名前があるんだから、そっちで呼べ!」


「あ、じゃあ京子きょうこさん。今から一緒にカフェにでも行きませんか?」


「え!?カフェに?」


「そうです。近くにいつも行ってる場所があるので、行きましょう。」


桃夏ももかがこんな年寄りをカフェに誘うなど思いもよらない事だった。

この状況でずっと近くにいるとまずいのではないかと思ったが、桃夏ももかが何かを話したがっているのは明確だった。

どうせ行く場所も決まってなどいなかったのだ。弥琴みこは、言われるまま桃夏ももかについて行くことにした。









見慣れた白い壁紙にパキラが植えられた植木鉢。ドアの前にお人形専用の大きな椅子。日差しをいっぱい吸い込んだその部屋の中で向かいあった桃夏ももかの白い肌がさらに白く見えた。

きっと自分の肌は太陽の光でしわが目立って、まわりから見れば孫と祖母に見えるだろう。

注文した紅茶を白砂糖で甘く甘くしてミルクをたっぷり入れた後、スプーンでくるくるとかき混ぜながら桃夏ももかは言った。


「ここにはよくみんなで来てたんです。」


『知ってるよ。』


「ああ、そうみたいだね。」


弥琴みこちゃんと2人で来ることもあったし、一絵いちえちゃんも呼んで3人で何時間もしゃべってお店の人に注意されたこともあったんです。ふふ。」


『ああ、確かにそんな時あったなあ。あの時は楽しかった。』


弥琴みこも自分の目の前にある紅茶を傾けて、その薄茶色の液体の奥に昔の3人の姿を思い映していた。


弥琴みこちゃん、いつもここに来ると絶対何か事件起こすんですよ。」


『え!?ふざけんな。何もしてねぇし。』


「お茶こぼしたり、植木鉢につまずいちゃって顔面打ったり。一度、やけ食いでケーキいっぱい頼んで全部食べたら気分悪くなってトイレから戻って来なかったこともあるんです。ふふ。」


『うう・・・。そんな昔のこといつまで覚えてんだよ!』


本当に面白そうに笑う桃夏ももかを見ると弥琴みこは自分の失敗の恥ずかしさに赤面するしかなかった。


京子きょうこさん。弥琴みこちゃんて不器用ですよね。」


「はあ!?不器用じゃねぇし!」


思わず声が出てしまった。今、京子きょうこだったことを忘れていた。

しかし桃夏ももかは何事もなかったように笑っている。

特に怪しんでいる様子もないようだ。


「不器用なんです。弥琴みこちゃんは。」


『ちょっ・・・ひどくない?本人に聞こえなければ何言ってもいいと思ってるの!?』


「たぶん私しか知らないくらい不器用なんです。お人形作ってくれた時もすごく下手くそだったし。」


『またその話かよ!むかつく!!』


ひきつる顔を何とか元に戻そうと必死になりながら弥琴みこは聞いていた。



「だからダメなんです。」


『ダメって言うなよ!ダメならダメなりに生きてるんだから!』


弥琴みこは、もう爆発寸前だった。怒鳴りつけてやりたい気持ちを必死でこらえた。






「ダメなんですよ。

弥琴みこちゃんは、私がいないと・・・。」


「へ?」


弥琴みこちゃん、まわりで何が起こっててもあまりわかってないんです。小さい頃、かくれんぼで鬼になった時もみんな途中で帰っちゃったのに一人で夜まで探してたんですよ。私が行かなかったら、朝まで探してたかも。」


『覚えてないんだけど?』


京子きょうこ さん、本当は私、行きたくないんです。実は私も弥琴みこちゃんに負けないくらい不器用なんです。」


桃夏ももかは、何かを思い出すように遠くを見つめた。


弥琴みこちゃんと離れるのが嫌で、お別れするのがすごく辛くてずっと言えずにいたんです。どうしても言えなかった。時間が立てば立つほど、弥琴みこちゃんは怒るだろうと思ったけど。でも・・・。」


「・・・・。」


「私、自分自身に聞いたんです。夢を追いかけて友達と別れるのと、大切な友達を守っていくのはどちらがいいのか。」


「それで夢を選んだの?」


「両方です。」


「え?だって友達置いていくじゃん!それじゃ夢を選んだことになるでしょ!?」


「私は小さい頃、服のデザイナーになるって決めました。それは今でもしっかりと自分の夢として揺るがないんです。だからその時の別の決心も同じなんです。」


「別の決心って何?」


弥琴みこは、紅茶を飲むのも忘れて桃夏ももかの話に聞き入った。


「私、決心したんです。有名なデザイナーになって、弥琴みこちゃんのウエディングドレスをデザインするって。」


「ど、ドレス!話が早すぎでしょ!」


「早くてもいいです。弥琴みこちゃんが一番輝く時に最高のドレスを作ってあげたいんです。その思いだけで私は東京に行く事を決めました。」


桃夏ももかの瞳は固く決心をした時のパワフルな瞳とは少し違っていた。

キラキラと輝いていて、未来を見つめていてそれが楽しくて仕方ないというような目だ。

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