第11話 壁一枚

玄関の前にたたずむ桃夏ももかを見て、弥琴みこは返事をするかどうかを迷った。

昨日、電話で喧嘩したばかりでどうにも、しゃべりづらい。

桃夏ももかも黙ったままだ。

インターホンの微かな機械音だけが響いた。

桃夏ももかがもう一度インターホンを鳴らそうとした時、弥琴みこは口を開いた。


「何しに来たの?」


弥琴みこちゃん!」


「何しに来たのかって聞いてるの?」


ひどい言いようなのは自分でもわかっていたが、昨日からの怒りが収まらないせいで冷たくしてしまう。


弥琴みこちゃん、ちょっと出てきて話せないかな?」


申し訳なさそうな声で桃夏ももかが言った。


「そこで話せばいいじゃん。」


弥琴みこは一瞬、焦った。なにせ、今自分は京子きょうこの姿なのだ。

外に出て桃夏ももかと話すことなどできない。だからと言って京子きょうこ自身に変わり身をしてもらったって、何を言われるかわからない。


「わかったよ。じゃあここで・・・。」


「何か用?」


弥琴みこは内心、ほっとしたが口調は相変わらず冷たいままだ。


「あ、あの・・・。昨日はごめんね。」


「・・・・。」


「今日、弥琴みこちゃん、また休みだったから心配になっちゃって。もしかして私のせいかと思って。」


「別に。そんなじゃないよ。」


「そっか。明日は学校来てくれる?あ、彼氏さんの事で悲しいのはわかってるけど、どうしても弥琴みこちゃんと最後の学校生活楽しみたいの。」


一か月前に言ってくれていれば、その願いも簡単だったろうに。

そう思うと弥琴みこはまた腹が立ってきた。


「さあね、行くかわかんない。どうせ、すぐ東京行くんだから別に関係ないじゃん。それと私、彼氏とは寄り戻したから。」


「え!!?」


あまりにも大きな声で驚く桃夏ももか弥琴みこのほうがびっくりした。


「なんで!?どうしてまた付き合うことになったの!?」


「なんでって。全部私の誤解だったから。」


「誤解って?何を誤解してたの?」


「何だっていいでしょ。」


いい加減、立ちながら話すことにきつくなってきた弥琴みこは早く話を終わらせたかった。

しかし桃夏ももかはいつも以上にしつこく問いただしてきたので弥琴みこは仕方なく話した。


「だから、他に女がいるっていうのも冗談だったみたい。」


「ちがうよ!弥琴みこちゃん!あの人、本当に浮気してる!」


「はあ?なんでそんな事わかるの?」


「だって・・・・。」


うつむいて話す桃夏ももかがあまりにもオドオドしているので、弥琴みこは少し心配になった。


『もしかして浮気相手が桃夏ももか・・・・?いや、まさかね。』


「とにかくもう帰って。私、話すの疲れちゃった。」


そう言うと弥琴みこは、一方的に切ってしまった。

台所に歩いて行き、食卓の椅子に腰かけた。年寄りの体では、どうにも立っているのが辛い。


「ふう。」


弥琴みこは自分の手の甲を見た。しわしわの年寄りの手だ。

その手を見ながら思った。


『もう桃夏ももかと遊びに行くことはないだろう。この姿では何もできないし。これでお別れなんだ。』


自分で追い払ったにもかかわらず、寂しくて仕方なかった。







弥琴みこの予想を裏切って、桃夏ももかは次の日も来て同じようなことをインターホン越しに話した。


弥琴みこちゃん、お願い。もう一度彼氏さんとちゃんと話をして。あの人は弥琴みこちゃんの事、大切にしているとは思えないの。」


「なんであんたがそんな事言うの!?もう彼氏とのことは、ほっといて!」


そんなやりとりが3日ほど続いた。

なぜ桃夏ももか真輝まきのことをそれほど嫌うのか納得できなかった。


『そういえば、真輝まき桃夏ももかのことを信じるなって言ってたっけ。』



嫌な考えが頭をよぎった。


桃夏ももかは私に嫌がらせをしたいのかも。』


考えてみれば、昔一緒にデザイナーになろうという話を持ち出したのも、弥琴みこだけその夢を忘れてたことを恨んでたのかもしれない。

それどころか、彼氏をつれていつも学校をサボるのにもムカついてたのかもしれない。


弥琴みこに対する怒りがないとは言い切れない。



「それなら、勝手に恨めばいいし!」


弥琴みこは、独り言を吐き捨てた。

その後二日間はインターホンを無視した。








京子きょうこはもうずっと学校に行っていない。

どこかへ行って何かをして帰ってきている。

弥琴みこは、色々な事があって自分が京子きょうこの体になってしまった辛さを少し忘れていた。

家に引きこもることに耐えかねた弥琴みこは、朝から一人で散歩に出かけることにした。

京子きょうこの金で無駄遣いをしてストレス発散しようと考えたのだ。

そうすれば、一分一秒も頭から離れない桃夏ももかの事が少しでも忘れられるような気がしたから。




玄関を開けて外の空気を吸う。日差しがあたたかく、良い散歩日和だ。

久しぶりに体が軽くなった気がした。


「寒っ!!!」


高校生の時のように薄着で外に出ると、底冷えがした。

一度部屋に戻りタンスから京子きょうこの服を取り出した。


「だっさ!なんでこんなに柄がいっぱいの茶色い服ばっかなの!」


と言って着てみるとけっこうあったかい。


「ださいけど、いい仕事するじゃん。」


お洒落には程遠いが、まああったかければいいかと思い外に出た。

どこに行くかは決めていない。

一歩を歩き出そうとしたその時、だれかに呼び止められた。


「あの。弥琴みこちゃんのおばあちゃんですか?」


「!!」


後ろを振り返るとそこには桃夏ももかが立っていた。


桃夏ももか!」


「私の事を知ってらっしゃるんですね。」


その一言に自分が京子きょうこの姿であることを思い出した。

久しぶりに目を向かい合って話す桃夏ももかの姿に弥琴みこは安心感のようなものを感じた。





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