第10話 手作りの人形

『一番の親友だと思っていたのに・・・。そうじゃなかったの?』


弥琴みこは何も言えず、ただ悲しみを感じていた。

それを見た京子きょうこは何かを察したかのように静かに口を開いた。


「謝るか?」


「え!?」


「私から桃夏ももかに謝ったらええけぇ、気にするな。」


「いい!何も言うな!」


「今は私がお前の姿じゃけぇ、何でもできる。」


「いいから何もするな!だいたい、こうなったのも全部あんたのせいだろ!こんな!こんな姿じゃなかったら、全部うまくいってたのに!ババアと入れ替わってから最悪な事ばっかり!もう嫌だ!!」


京子きょうこは、弥琴みこの怒鳴り声を最後まで聞くと少し考えた後、何も言わずに学校へ行ってしまった。

弥琴みこはそれを止めることもできず泣くばかり。


「ババアのせいだ。ババアのせいだ・・・。真輝まきのことも・・・桃夏ももかのことも・・・。」


『こんな目に遭うくらいなら、本当に死にたい。いつまでこんな姿で生きろって言うの!?』


一人でどんなに悲しんでも苦しんでも心の痛みは晴れなかった。





泣き疲れた後、誰もいない廊下をフラフラと歩いた。

階段を必死に上り、自分の部屋へ入ると手帳を取り出した。

手帳のカレンダーには、スケジュールとは言い切れないようなラクガキばかりが目につく。

その上から貼られたプリクラ。桃夏ももかと数週間前に撮ったものだ。


「この時にはもう引っ越すことは決まってたのに。桃夏ももかはずっと黙ってたんだ。」


桃夏ももかへの憎しみを感じる中で昨日自分が言ってしまった最低な言葉が頭をよぎった。

罪悪感とひどい孤独感が弥琴みこを苦しめる。


これ以上見たくないと思い手帳を片づけようとした時、机の引き出しの奥の何かに触れた。もこもこしていて柔らかい。


「こんな物入れてたっけ?」


取り出してみると、弥琴みこが作った人形だった。

小学生の頃、桃夏ももかに作って渡した人形よりも少しはマシな顔つきをしている。


「ああ、そうか。あの時、作った人形は自分でも気に入らなかったからもう一個作り直して桃夏ももかにあげようと思って作ってたんだ。でも、こんな所に入れてたっけ?」


よく見ると、縫いきれていなかった場所が綺麗に補正されている。

弥琴みこはすぐに京子きょうこの仕業だとわかった。


「なんだよ、これ。勝手なことしやがって。どうせだったらいびつなこの顔を縫い直してくれりゃいいのに。」


そう思いながら机の中にたたき入れた。


プルルルル!


いきなりの着信音に弥琴みこは驚いて机に足をぶつけてしまった。


「いたたた!だ、だれ?」


スマホを取り出して着信画面を見ると、そこには信じられない名前が。

すぐにボタンを押して電話に出た。


「もしもし?」


「あ、良かった。もう出てくれないかと思ったよ。」


電話越しに聞こえるいつもの優しい声。それは真輝まきだった。


「電話無視してごめん。なんか話しずらくってさ。でも俺、弥琴みこに別れようって言われて考えたけど、やっぱり別れたくないんだ。」


「え!?」


「もう一回やり直そう。ねっ。」


付き合っていた時の真輝まきの優しい声に安堵感を隠せなかった。

しかしすぐに昨日の事を思い出した。

弥琴みこの手を振り払い、地面に押し倒した時の事を。


「なんでやり直そうと思ったの?」


「んん~?だって弥琴みこのほうから一方的な感じだったし、理由とかもなかったしさ。」


京子きょうこがどのように真輝まきに別れ話をしたのか弥琴みこにはわからなかったが、昨日と今日の真輝まきの態度が違いすぎることはよくわかった。


「私とは別れたかったって言ったじゃん。」


「え~?そんな事言ってないよ。弥琴みこが別れたいって言ったんじゃん。と言っても俺は冗談だと思ってたけどね。」


「とぼけるなよ!他に女がいるんでしょ!」


「女?いるわけないじゃん。弥琴みこと付き合ってるのにさ。」


「嘘!私と付き合ってると他の女と遊ぶ時間がないんでしょ!?私がメールばっかりするから嫌気がさしてるんでしょ!!」


真輝まきは一瞬黙った。

しかしすぐにいつもより明るい声で笑いだした。


「ははは!何言ってるんだよ。もしかして昨日、弥琴みこのおばあちゃんから聞いたの?あれね、嘘だよ。弥琴みこに別れるって言われてヤケになってたんだ。だから思ってもないこと言っちゃったんだよ。」


「・・・・。」


『そうなのかな。真輝まきは本当は私と別れたくないのかもしれない。あれは、とっさに出た嘘だったのかも。』


そう思ったもののやっぱりひっかかる。


「そうだとしても、私を・・・・あ、そうじゃなくて私のおばあちゃんを押し倒すなんてひどいじゃん。」


「ごめん。ちょっと押したら倒れちゃったから俺もびっくりしてさ、イライラしてたのもあってすぐ逃げちゃったけど、あれは悪かったよ、ごめん。おばあちゃん、あの後大丈夫だったかな?よく謝っておいてね。」


そう言われて弥琴みこは、涙が出てきた。

さっきまでの孤独感が薄れていくようだった。


真輝まきは、やっぱり優しい。そうだ、私には真輝まきがいる。』


そう思えた。



真輝まき。私たちやり直せる?」


「うん、もちろんだよ。」


身も心もボロボロだった自分に救いが戻ってきたように感じた。

それから弥琴みこは、一時間ほど真輝 《まき》と話した。

自分が京子きょうこの体と入れ替わっていることも忘れてしゃべり続けた。


「グロス買いたかったの?じゃあ行くの付き合ってあげる。」


「え?いいの?じゃあ今度の休みに一緒に行こうよ。」


「了解。」


そんな約束までしてしまっていた。

そろそろ電話を切ろうとした時、桃夏ももかの話がでた。

しかも真輝まきのほうから。


桃夏ももかちゃん、引っ越すんだってね。」


『やっぱり。真輝まきまで知ってるなんて。』


「うん、私も昨日聞いたの。」


「そっか。あの子さ、弥琴みこの親友って知ってて言うけど、ちょっとおかしくない?」


「え?何がおかしいの!?」


真輝まき桃夏ももかの話をするのは珍しい。


「よくさ、嘘ついたり弥琴みこの悪口言ったりしてるの聞いたことあるんだよね。だからさ、俺あの子が引っ越すって聞いてすげぇ嬉しくて。」


「な、なに言ってるの?桃夏ももかはいい子だよ。嘘ついたりなんか・・・。」


「そうかな、弥琴みこが気づいてないだけじゃない?まあ、でも弥琴みこがそう思うなら別にいいけど。何か言われても気にしないほうがいいよ。どうせもう引っ越すしね。」


「・・・・。」


桃夏ももかの悪口を聞いているようで複雑だった。

確かに今は桃夏ももかにムカついているが、親友をけなされるのは、気分が悪い。しかし、桃夏ももかの態度を見てるとそう思えなくもない。


弥琴みこは、後味が悪いまま、電話を切った。








京子きょうこが帰るまではスマホのゲームに没頭した。

何も考えずに集中していると現実の嫌な部分が見えなくなって楽なものだ。

高校生だった時も楽しかったが、今もけっこう楽できていいのではないかと思えるほどだった。



いつもの帰宅時間よりも早く京子きょうこが帰ってくる音がした。

それに気づいた弥琴みこはすぐに玄関へ向かった。



「ババア!桃夏ももかと口きかなかっただろうな!ってか、今日は変な事しなかっただろうな!?」


弥琴みこの目をそらしながら京子きょうこは家の中へ入ってきた。


「ババア!どうなんだよ!?」


「安心しな。今日は学校には行ってないけぇ。」


「は?まじ?」


「今日はサボった。」



そんなバカな!

いつも真面目な京子きょうこが学校をさぼる?

そんな状況に弥琴みこは笑いをこらえきれなかった。


「ババアがサボりだなんて!私に散々、サボるなだとか言っといて自分がサボるってどうなんだよ!?」


弥琴みこは冷やかすように笑った。

京子きょうこはそれでも真剣な眼差しで顔色ひとつ変えず、何も言い返すことはなかった。


京子きょうこが二階へ上がる音を聞きながら笑いが止まるまで笑った後、ふと思った。


『サボって何やってたんだろう。』




ピンポーン



インターホンが鳴った。母はいないし、自分が出ることにした。

カメラ越しに映るその姿はうつむいていてよく顔が見えない。


しかし、明らかに見たことのある髪型と礼儀正しく着た学校の制服。


間違いなく桃夏ももかだ。

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