第16話  夢の先へ

「も・・・桃夏ももか!」


少なめの荷物を左肩に下げて、よそ行き用のお洒落なスカートをはいた桃夏ももかがいつもと変わらない笑顔で立っていた。


弥琴みこちゃん。」


桃夏ももか京子きょうこに話しかけた。


弥琴みこちゃん、ずっと黙っててごめんね。引っ越すことも彼氏さんの事も。本当は、今日も来てくれないと思った。だけど私、このまま・・・喧嘩したまま別れたくなかったの。だって私、弥琴みこちゃんと離れるのが寂しいから。」


弥琴みこは、京子きょうこの顔を見た。

京子きょうこは、まかせろと言わんばかりの堂々とした姿勢だったので、弥琴みこ京子きょうこに委ねることにした。


京子きょうこはゆっくりと話し始めた。


「東京に行っても頑張りな。」


そっけない一言に桃夏ももかは驚いた様子だった。

弥琴みこも、戸惑った。


『そんなセリフで伝わるわけないだろ!もっとなんか言えないのかよ!!最後なんだぞ!』


弥琴みこは、心の中で叫んでいたが手を出すわけにもいかず、ずっとこらえた。



弥琴みこちゃん、許してくれる?」


「お前はどうだ?」


「え?」



桃夏ももかは、京子きょうこの顔を見た。

京子きょうこは話し続けた。


桃夏ももかの事を信じてやれなかった私を許してくれるか?」


弥琴みこちゃん。」


「私は、お前の気持ちも考えずに喧嘩をして、変な彼氏とつきあってお前を困らせてしまったな。本当にごめん。許してほしい。」



弥琴みこは、その言葉を聞いて京子きょうこがただ自分の悪口を言っているようにしか聞こえなくて腹が立った。


『このクソババア!!正当すぎて何も言えないじゃないかあ!くそぉ!』



「謝らないで!弥琴みこちゃんは何も悪くないよ!悪いのは私・・・。私、ただ弥琴みこちゃんに悲しんでほしくなかったの。弥琴みこちゃんが大事だから。」


「私も同じだよ。」


「!」


「お互いを想ったからこそ喧嘩したんだよ。友達なんじゃけぇ、それくらいどうでもええ。ずっと弥琴みこの友達でいてくれ。」


弥琴みこちゃん。」


ちょっと京子きょうこは、弥琴みこを演じることを忘れたようだったが、桃夏ももかには気づかれていないようだ。


弥琴みこちゃん、ありがとう。」


桃夏ももか が泣いている姿に弥琴みこは胸が締め付けられる想いだった。

一方的に腹を立てていた自分が恥ずかしくて仕方がない。

ただ一つ気づいたことがある。


『そうか・・・。私もただ桃夏ももかと仲直りしたかっただけだったんだ。』







「ほら、急いで!次の新幹線に乗るんでしょぉ?」


一絵いちえは冷静なものだ。ちゃんと時刻表を見て桃夏ももかを後ろから押しながら走った。

弥琴みこも重い体を抱えながら駅のホームまで見送りに来た。



「じゃあ、弥琴みこちゃん、一絵いちえちゃん。それに京子きょうこさんも。ここまで見送りに来てくれてありがとうございます。私、東京に行くね。」


桃夏ももかがあまりにも礼儀正しくお辞儀をしたので一絵いちえは笑った。


「なにその辛気臭い別れ方ぁ!めっちゃうけるんだけどぉ。永遠のお別れじゃないんだからさぁ!メールも電話もいっぱいしてよ~?それにさ、私も東京行きたいから会いに行くね。」


一絵いちえちゃん、ありがとう。でもやっぱり今日みんなに見送ってもらえて本当に良かった。私、一生忘れないと思う。」


桃夏ももかのその言葉を聞いた時、悔しいが京子きょうこが正しかったのだと弥琴みこは思った。


桃夏ももか 、渡す物がある。」


京子きょうこが一言そう言ったので、弥琴みこはいったい何を渡すのかと内心ハラハラしていた。嫌な予感しかしなかったからだ。

京子きょうこの持っていたバッグから出てきた物に弥琴みこは驚いた。



弥琴みこが作ったデコボコの人形だった!


『なんで、そんな物持ってやがんだ!このババア!!』




「ふざけんな!ババア!なんでそんな物やるんだよ!」


思わず叫んでしまったので、みんなが凍り付いた。

一絵いちえの冷ややかな目といったらきっと弥琴みこは一生忘れないだろう。


「あ・・・・。いや、なんでもない。」



弥琴みこが引き下がると京子きょうこ桃夏ももかにその人形を渡した。



『きっと笑われるに決まってる!その人形作った時もそれが怖くて渡せなかったんだ。絶対、笑われる!』


恥ずかしさのあまり身を縮めながら弥琴みこは真っ赤になり桃夏ももかの反応を待った。

桃夏ももかは驚いた顔をしながらそっと手に取った。







くすっ・・・・・






確かに桃夏ももかの笑い声がした。




「はははは!何このボロ人形ぉ!まじうけるんですけどぉ!?」



一絵いちえの笑い声も響いた。

弥琴みこはますます顔を赤らめて、京子きょうこを睨みつけた。



「ふふふ。弥琴みこちゃん、こんな時にまでこんな不細工な人形くれるなんて本当に面白いね。小学生の頃にもらったお人形から全然進歩してないね。」


一絵いちえの笑い声も大きかったが、桃夏ももかも今まで見たこともないような大きな口を開けて笑っていた。


「もはや、ホラー人形なんだけど。弥琴みこって、人形作りのセンスゼロじゃんw」


弥琴みこちゃん、本当は縫物とかそういうの不得意だもんね。」


散々バカにされて、なんであんな人形を作ってしまったのかという後悔と京子きょうこに対する怒りが爆発しそうだった。

涙目になりながら、早く違う話題になってくれと思いながら桃夏《ももか

》と一絵いちえの顔を見た。


その顔を見た時、弥琴みこには信じられない光景がうつった。



桃夏ももかは笑いながら、嬉しそうに大粒の涙を流していた。

次から次へ。

涙は止まらない。握りしめた人形を見つめながら微笑んで泣いている。




弥琴みこちゃん、ありがとう。私、弥琴みこちゃんがくれた不細工なお人形が大好きだったの。」



そう言うと桃夏ももかは、小学生の頃にあげた弥琴みこの手作り人形をバッグから取り出した。その人形には桃夏ももかが作ったであろう小さなウエディングドレスが着せられていた。ツギハギだらけで糸も飛び出していたし、レースが今にも千切れそうだった。



『そんな。あんな馬鹿みたいな人形、ずっと持ってたんだ。』




「私ね、初めて作ったドレスがコレなの。下手くそだったけど、これを作り終わった時に私の本当の夢がわかった。いつか・・・・。いつか上手になって・・・・上手になってから・・・。」



桃夏ももかは涙をこらえながら話をつづけた。


「じょ・・・上手になったら・・・今度は弥琴みこちゃんのウェディングドレス作ってあげたい。それが・・・・それが私の本当の夢なの。」




「私は一流にはなれないかもしれない。弥琴みこちゃんに気に入ってもらえるようなドレスは作れないかもしれない。それでも、私の夢は小学生の時から変わらないの。」



桃夏ももかは二つの人形を抱きしめながら顔を真っ赤にして大きな涙をボタボタと落とした。一絵いちえもつられて泣きだした。



桃夏ももか・・・・。あんた、めっちゃいいやつじゃん!絶対、頑張ってデザイナーになりなよ!ってかさ、弥琴みこの分だけじゃなくて私のも作ってよね!絶対だよ!!」


「うん、うん。きっと一絵いちえちゃんのも作ってあげる。」


2人が寄り添って泣いているところに入っていけないことが弥琴みこには悔しくてたまらなかった。

京子きょうこの体でなければ桃夏ももかを抱きしめてあげられるのに。


ずっと黙って聞いていた京子きょうこが口を開いた。



桃夏ももかだったら、最高のドレス作れるけぇ頑張りぃや。私もそのドレスに負けんくらいのいい女になって、いい男見つけるけぇね!」



『なに、勝手にうまいこと言ってやがんだ、畜生!』


そうは思ったものの、桃夏ももかには嬉しかったようだ。

3人は抱き合って涙を流した。

京子きょうこの目から涙がこぼれていくことが弥琴みこには信じられなかった。

いつものあの威厳のある態度はどこへいったのか。


弥琴みこは思った。自分は京子きょうこのことをロボットとでも思っていたのだろうか、と。




一絵いちえちゃんも弥琴みこちゃんも、元気でね。」


桃夏ももか!あたしたち、ずっと友達だからさぁ、何か悩みがあれば全部聞くし!いつでも言ってよねぇ!忘れたりしたら承知しないんだからぁあああ。」


桃夏ももか以上に大きな声で泣いている一絵いちえも初めてだろう。


「うん、うん。ずっと友達だよね。ありがとう。みんな大好き!」




しばらく泣いて抱き合った後、3人とも落ち着いて涙を拭き始めた。

その光景をただ見守るしかなかった弥琴みこだったが、それだけでも幸せな気分だった。


桃夏ももかは歩るきだし、弥琴みこの手を握った。



京子きょうこさん!ありがとうございました!私、行きます!」



桃夏ももかの濡れた瞳の奥に輝く光。弥琴みこのためにドレスを作りたいという気持ちだけで夢を追い続けるその瞳。

弥琴みこにはそんな桃夏ももかがたまらなく愛しく感じた。

手を強く握り返して弥琴みこは言った。



「また紅茶飲みに行こうね。」



「はい。」




にっこりとした笑顔で新幹線に乗り込むと間もなくドアは閉まり、鳴り響く鈍い音を残したまま桃夏ももかは夢の先へ行ってしまった。

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