第17話 一人の時間

桃夏ももかの見送りから数週間が過ぎた。

相変わらず、元に戻る様子のない京子きょうこの体を使いながら弥琴みこは夕飯のおかずを口に入れた。


色んなことがあったせいで入れ替わったショックを忘れていたが、静まり返った部屋で一人ご飯をもくもくと食べているとやはり憂うつな気分になるものだ。


「ああ、もう!いったいどうやったら元に戻るの!?私、このまま学校も行かずに一生この暗い部屋で過ごすの!?」


普段サボっていた学校すらもこんな状態では何故か恋しくなるものだ。


「ババアは、いいよな!若い体手に入れて、人生やり直しできるしさ!私なんかまだ高校生だったのに!青春時代どんどん失っていくじゃん!」


そこまで言い切った時と同時に一人静かな食事が終わった。

いつも京子きょうこがしていたように、食べ終わったら台所へ食器を片づけることも身についてきた。


台所へ行こうと廊下へ出ると京子きょうこと母が仲良く話をしているのが聞こえてきた。



『え?あの2人が話してるの?よく話できるな。何の話してんだろう?』




こっそり聞き耳をたてると母の大笑いが聞こえた。


「あははは。もう、ほんとお隣さん面白いでしょう?広告の安売り玉ねぎ欲しいばっかりにタクシーに乗ってね、買い物した後なんか一番欲しいと思ってた玉ねぎ買うの忘れてたって言うのよ。笑っちゃう!」


母の笑い話に京子きょうこも笑いながら答えている。


「ふふ。タクシー代の方が高くついたね。」


「でしょ!?原田はらださんのとこなんか、カレー作った後に福神漬がないことに気付いて大急ぎでスーパーまで走って買いに行ったらしいの!なのに帰ったらもう先に旦那さんにカレー食べられちゃってたんですって!」


「お隣さんに福神漬ないか聞けばよかったのに。」


「え?ああ、そうね。たぶん持ってないでしょうけど。ふふ。」


「昔はそうやって人の力を借りて生きていたのにね。」


「なあに、あなた。やけに年寄りみたいなこと言うのね。」



話の流れでやばい!と思った弥琴みこは、すぐに台所に入ると食卓を通りすぎ、シンクに食器を置いた。

弥琴みこが一通りの流れを終えて廊下に出るまで今まで大笑いしてた2人は何も話さなかった。



『なんだよ。あんなに笑ってたくせに私が来た途端に黙るなんて。なんか、のけ者にでもされてる気分だ。』



そう思った弥琴みこの後ろから母の声がまた聞こえ出した。


「最近、おばあちゃん食事も作らないし食器も洗わないし大丈夫かしら。もうだいぶ体も弱ってるみたいだから弥琴みこも優しくしてあげてね。」




この体のどこが弱ってるんだ。と弥琴みこは思いながらその重い体を京子きょうこの部屋へ押し込めた。その薄暗い部屋へ。



そういえばもう何週間も誰かと一緒に食事をしていないし、大笑いもしていない。

スマホで動画を見るのに飽きたのも初めてだ。

寝転んで時計の針を眺めては秒針が5回動くのを数えるしかなかった。


「1、2、3、4、5・・・・」


「1、2、3、4、5・・・・」


「はあ・・・。こんな体じゃなかったら人生楽しかったのに。」



弥琴みこは高校生の自分を振りかえってみることにした。

昔を思い出すなんて、いよいよ年寄り臭くなってきたなと思ったが、どうせやることもない。



「よく一絵いちえと学校抜け出してたよな。メイク道具買うの楽しかった。あの時、桃夏ももかも来れば良かったのに。そしたら、もっと話せたのにな。いや、私もっと学校行っときゃ良かった。」


桃夏ももかの姿を思い浮かべると、もったいない時間を過ごしていたことに気付いた。


真輝まきの事、思い出すだけでムカつく!あいつ、マジ最初からああいうやつだと思ってたよ!顔が良けりゃ二股していいとでも思ってんのか!くそ!あんな男捨てて良かった。」



真輝まきの優しかった行動を思い出すだけで吐き気がする。

変なモヤモヤが押し寄せてくる一方で違う事が頭をよぎった。できればそれは考えたくないことだったのだが、なぜか考えてしまう。



オタクボーイのかなでだ。



「なんでオタクボーイなんか思い出してんだろう、私。」




よろよろの自分を小さな体で助けてくれたあの時のかなでの姿。

弥琴みこは、その時の事を思い出すと、あの頼りないかなでが背の高くてイケメンな真輝まきよりもずっと男らしく感じた。



「あいつだったら、私とも話してくれるよな。弥琴みこのおばあちゃんってわかってるから。今度、話でもしにいってみるかな。」



一人の寂しさに嫌気がさした弥琴みこはそう思った途端、暗い部屋が明るくなったように感じた。








この数週間、京子きょうことの朝からの言い合いは続いている。



「ちょっとおぉ!だからなんでそんなにスカート伸ばしてんの!それじゃ昭和でしょ!今、何時代だと思ってるの!!?」


「これが、決まりじゃけぇ。それに従わなきゃいけん。」


「私がそんな格好して行ったら、まわりが驚くでしょ!!」


「確かに驚いてたな。まず、机が綺麗になった事に驚いていた。ゴミ屋敷だったから全部捨ててやったけぇ。」


「え!?何を捨てたんだよ!?ま、まあ・・・机の中なんか覚えてないからいいけどさ。」


「じゃあ、行ってくる。」


「わああああ!待てって!せめてメイクしろよ!そのままだと目とか、ヤバイから!」




「そのままで美人じゃけぇ大丈夫じゃ。」




え?ほめた?


弥琴みこは、京子きょうこの言葉が何気に嬉しかった。

いつも喧嘩ばかりしているが、褒められるとさすがに喜んでしまう。



それ以上何も言えなくなった弥琴みこは、渋々後ろ姿を見送ることにした。

靴を履き終わると京子きょうこはふと立ち止まり振り返った。



「な、なんだよ?忘れ物か?」



「そうだった。お前に頼みがある。」



「た、頼み?」



「どうせ暇じゃろ?」



「く!暇なのはババアがババアのせいだろうが!若かったらする事はいっぱいあるんだよ!」



「じゃあ、ババアでもできる事やけぇ行けるな。」



「は?行けるって?どこに?」





「私の代わりにゲートボールに行ってくれ。約束は明日じゃけぇ。」










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