第15話 後悔しながら走れ

「は?孫?本当にイカれた女だぜ!あんなに優しくしてやったのに、ヤラせもしねぇしよ!」


真輝まきのその言葉に弥琴みこは再び怒りがこみあげてきた。


京子きょうこは顔色一つ変えずに真輝まきを睨みつけている。

その顔といったら、殺意や憎しみなどとは言い表せないような恐怖があった。

その気迫に真輝まきも気づいたようだ。

よろよろと立ち上がると後ろを向いて歩き出した。


その背中にイラついた弥琴みこは、手に持っていたハンドバッグを握りしめた。

そして思い切り、真輝まきの頭にぶん投げてやろうとした瞬間、別の黒い影が先に目の前を通り過ぎた。


桃夏ももかの友達は、履いていた靴をぬいで、それを真輝まきの頭に何度もたたきつけていた。


「ちょ・・・何すんだよ!お前まで!!」


「このバカ男!!!二股かけてたんでしょ!!」


「違うって!俺はお前が本命なんだよ!」


「騙されるわけないでしょ!!!女をバカにするんじゃないわよ!!」


「うわっ!やめろ!痛っ!!」




その争いを弥琴みこ京子きょうこは見ていた。

心の中では少々笑いをこらえながら。


桃夏ももかの友達は何度も何度も靴で殴った後、真輝まきの大事な所を蹴り上げようとしたので、さすがにそれは京子きょうこが止めた。

すかさず真輝まきが逃げ出したので、桃夏ももかの友達は執念深く追いかけていった。



「悪いことはするもんじゃないね。」



京子きょうこがそう言ったので、弥琴みこはくすっと笑ってしまった。


「何がおかしい?」


「ババアのあの蹴り!!」


「ああ、あれか。当然の報いじゃけぇ。」


「すっげぇ!気持ちよかった!!」



弥琴みこは大笑いした。皺がより深くなって顎がはずれてしまいそうだったが気分は爽快だった。




弥琴みこ、今度こそ行くよ。」


「え?どこに?」


桃夏ももかに会いに行くよ。」


「・・・・。」


「ほら、早く!!」



京子きょうこ弥琴みこの手を引いたが、弥琴みこは首を横に振って動かなかった。


「もう無理だよ。新幹線は9時半出発なんだ。走っても無理だ。」


「走りもしないで言うな!」


「もういいって。メールで謝るから。」


「メール!メール!お前たち現代人はどこまでバカになっちょるんか!メール1000回送るよりもたった一回会いに来てくれることがどれだけ嬉しいことか、わかってないんじゃけぇ!」


「年寄りの考えを押し付けるなよ!私たちはこれで満足なんだから!!」


「そんなんじゃけぇ、いつまでたっても自分を責めて生きる羽目になるんよ!まだできることはあるんじゃけぇ、全力でやれ!!」


そう言うと京子きょうこ弥琴みこの手をひき、タクシーをとめた。

さすが年寄りの気持ちは忘れていないようだ。

弥琴みこは、仕方なくタクシーに乗り込んだ。



『絶対間に合うわけがない。』


弥琴みこには、その気持ちしかなかったが、京子きょうこは10時になってもタクシーの中で何かを信じているようだった。




タクシーが着いたのは10時半すぎだった。

もう一時間も遅れている。



もしかしたら、新幹線が奇跡的に遅れているかもしれないと思って時刻表を見たが、その様子はない。

人通りの少ない駅がやけに寂しく感じた。



「ほらみろよ。やっぱり無理だったじゃん。来るだけ無駄だった。」


弥琴みこは内心、ほんの少しだけ期待していた自分にイラついた。

奇跡など起きないのだ。そう思うとやはり後悔するしかなかった。




「はあ、あとで桃夏ももかには電話しておくよ。もう帰ろう。」


ため息をつきながら弥琴みこが言うと、京子きょうこは言い返した。


「そうだな、帰ろう。でもお前は走った。良かったじゃろ?」


「いや、走ってねぇし。タクシーで来たし。」


「そういう屁理屈を聞きたいんじゃないっちゃ!やるだけの事をやったんじゃけぇ落ち込むことはないって意味やけぇ。」


「別に落ち込んでねぇし。」


弥琴みこはそう言ったものの、やはり桃夏ももかを見送ってやりたかった。

明日から学校に桃夏ももかの姿はないのだ。

あの優しい笑い声も天然な言い返しももうずっと遠くの場所へ行ってしまったのだ。



弥琴みこ!」


後ろのほうで呼ぶ声がした。弥琴みこ京子きょうこはそろって後ろを振り返った。



桃夏ももか!?』



そう思って興奮したが、すぐに冷めた。一絵いちえの姿だった。


「もう来ないと思ったじゃーん。やっぱさ、友達の最後くらい来るべきっしょ。」


一絵いちえは当たり前だが京子きょうこの方に話しかけた。

京子きょうこは調子を合わせて答えた。



桃夏ももかが行ってしまって寂しいな。」


弥琴みこが一番の友達だったもんねぇ。でも見送り来てくれたんだから、桃夏ももかも喜ぶと思うよぉ。」


「見送ってやれなくて残念だ。」


「え?何言ってんの?まだ見送ってないし。あ、聞いてないの?桃夏ももか弥琴みこが来るまで待つって言って新幹線の時間ずらしたらしいよ。」





え!!!!???



「じゃ、じゃあ桃夏ももかは、まだ行ってないの!?」


思わず弥琴みこは、一絵いちえに飛びついた。自分が京子きょうこの体であることなど忘れていた。


「え?だれ?弥琴みこのおばあちゃん!?ちょっとびっくりなんだけどぉ!一緒に見送りに来ると思わなかった。そんなに仲良かったぁ?」


「いいからそんなこと!どうなの!?桃夏ももかまだいるの!?」


弥琴みこは必死に一絵いちえの腕をつかんだ。

一絵いちえの返事を聞くよりも先に別の声がした。




京子きょうこさん。ありがとうございます。弥琴みこちゃんを連れてきてくれて。」



声の方を振り向くとそこには桃夏ももかが立っていた。

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