第27話 奏の告白

かなでと話したおかげで気分が楽になったものの、自分が病気の体であることを思い出すとすぐに悲しみが襲ってくる。いや、恐怖だ。


テレビを見ていても、その中でニコニコと笑いながら話す人々が憎らしい。



『この人たちは、死ぬことも考えず生きている。明日死ぬかもしれないような私と違って楽しそう。』




そう考えるとお笑い番組だろうと笑うことすらできなかった。

むしろ、なにがそんなにおかしんだと恨めしく思ってしまう。




何もする気が起きず、明日のことばかり考えていた。

かなでが来る日だ。




『何を話そう・・・・。かなでは何話すかな・・・。』




かなでの事を想うと、ある事実がつきまとって離れなくなる。

あの女子高生だ。かなでの横で楽しそうに笑う女子高生。

あの女の姿が焼き付いて悔しくなる。




そこに丁度、京子きょうこがやってきた。

テレビを見ている弥琴みこの隣に座り、弥琴みこに話しかける。



「体の具合はどうだ?」



「別に、普通。たまに色んな所痛いけど、元から年寄りの体で痛いとこいっぱいあったし。」



「神社にお参りに行くか?」



「行かない。そんなの意味ないし。」




体育座りでテレビの方しか見ずに弥琴みこは、そっけなく答えた。

しかし心の中では、そのそっけなさに罪悪感を抱いている。

昨日、桜雅おうがと話して、京子きょうこの存在がほんの少し有り難いと感じていたからだ。






テレビの音だけが居間の不穏な空気を知らずに、音を立てていた。

京子きょうこは立ち上がり、部屋に戻ろうとしたので弥琴みこはそれを止めた。



「ババア、あのさ・・・。」



「どうした?」



止めたはいいものの、何を言おうとしたのかを口に出したくはなかった。



京子きょうこへの謝罪だろうか。

しかし、そんな事を言えるはずもない。




「あ・・・・。あの・・・・。そ、そう!昨日、みんなで遊んでたけど楽しかった?」



「ああ、いい子たちばっかりじゃけぇ。」



「そっか。」



「新しい友達もいっぱいできた。」



「あ、ああ。そうみたいだね。」




弥琴みこはチャンスだと思ったが、かなでの横にいた女子高生の事を聞くのは怖かった。




「私もこんな風に死ぬとわかってたら、もっと友達と遊んでたと思う。」




「何言っちょるん?死ぬ順番間違っちゃいけん。」




「ふぅ。もう、いいよ。入れ替わったのはババアのせいじゃないことくらいわかってる。」





いつも以上に素直な弥琴みこ

京子きょうこもそれには気づいていた。





「私は諦めてないけぇ。」



「私はもうどうでもいい。元に戻ったって、いいことないし。」



かなでに会ったか?」




「!!!!」





いきなりかなでの話が出たので、弥琴みこは驚くなり顔を真っ赤にした。



「な!なんで!?」



一絵いちえかなでの電話番号を聞いたんじゃろ?気があるのか?」



「ち、違う!!そんなんじゃ!!!」



焦れば焦るほど、その表情が好きと言わんばかりの顔になってしまう。




「あの子はいい子じゃけぇ。よくゲートボールの試合の時に話してたんよ。よく気の利く可愛い子じゃけぇ。あんたにお似合いじゃ。」




「!!!!!」



まさか京子きょうこにそんなことを言われるとは!!




「だ、だから昨日一緒に遊びに行ったの???」



「そうじゃ。かなでも嬉しそうじゃったけぇ。」



「で、でもでも!!」





かなでは女子高生の事が好きなんじゃ・・・・・





「あ、あの女の子・・・・。」




「女の子?」



かなでの隣にいた・・・・あの子・・・・。」




弥琴みこ京子きょうこと目を合わせることができなかった。

聞くのが怖いし、顔は真っ赤で恥ずかしさでどうにかなりそうだったからだ。




「ああ、あの子か。名前は西村にしむらめいかなでの双子の妹じゃ。」



「えええええ!!!」




かなでの妹!!




「あ、あいつ、双子だったの!!?うそだ!」



「でもそう言っちょった。」



「あんな美人が双子!?」



かなでもなかなかのじゃけぇ。」



「それ言うならイケメンだろ!慣れない言葉使うなよ。」




そんなやりとりの中で弥琴みこは自分が笑っていることに気付かなかった。ただ京子きょうこはその笑顔でどれだけ弥琴みこが喜んでいるのかをわかっていた。




「やっと笑顔が戻ったな。」



「え!?」



弥琴みこは自分の顔を手で押さえた。

よくこんな状況で笑えるものだと感じた。今、自分は死ぬ目前だというのに。楽しいわけがない。




「それが希望じゃけぇ。」



弥琴みこには、いまいちそれが理解できない。

余命があるのに希望などあるものか。





あるとしたら何に感じる?

















かなでが来る日になり、弥琴みこは朝早く起きるとメイクをし始めた。

しかしメイクをしている最中に不安になった。



『こんなとこで寝てるババアがメイクなんかしてたらバカみたいかな。』



『お洒落なんかしたら、目立って変な奴と思われるかもしれない。』




色々考えた末、メイクを落とすことにした。

洗面所に行き洗顔をしていると京子きょうこが眠そうに二階から降りてきた。



「おはよう。何しちょるん?」



「顔洗ってるだけ。見ればわかるでしょ?あ、そうだ。今日、かなでが見舞いに来るから。」



「ほう、そうか。あの子はそういう子じゃけぇ。」




京子きょうこはとてもご満悦そうだ。






洗顔が終わり、部屋で時間が来るのを待っていたが、よくよく考えれば何を話していいのかがわからない。だいたい、体が痛くて身動きがとれないわけでもないし、お茶を出したりするべきなのかどうかもわからない。


変な緊張感が弥琴みこを襲い始めた。



『やっぱ来ないで』



あまりの緊張にかなでに会うのが恐ろしいとすら感じるほどだった。

しかし弥琴みこのその気持ちを無視して玄関のチャイムが鳴り、かなでがやってきた。


対応したのは京子きょうこだ。




「よく、来たね。ババアの部屋は奥にあるから、そこまで行きな。」



弥琴みこさん、ありがとう。今日はお邪魔してごめんね。」



「何も気にしくなくてええけぇ。さ、どうぞ。」



「お邪魔します。」





なぜだろう。

京子きょうこかなでのやりとりを見ていると、完璧に女子高生を演じてしゃべれているとは思えないものの、弥琴みこにはまるで自分自身がそこに立っているように感じた。


つまり、自分と京子きょうこはどこか似ているところがあるということに気付いてしまったのだ。




「うう・・・。やはり血のつながりは否定できないってやつか。」




かなでが背を低くしながら母に挨拶をした後、京子きょうこの部屋にやってきたので、弥琴みこはすぐに襖を閉じて簡易ベッドに横になった。



コンコン



ノックの音が聞こえかなでの声がする。



「おばあちゃん、おはようございます。入ってもいいですか?」


「ど、どうぞ。」




弥琴みこは布団を握りしめながら、なんとか答えた。





「失礼します。いきなり来てしまってすみません。弥琴みこさんにお伝えしてたんですが、伝わってますか?」



「ああ、来ること聞いてたよ。」




「そうですか、良かった。」




かなでの私服姿は二回ほど見たことがあるが、どれもかっこいいと思えた。


元彼の真輝まきと違って、かっこつけてはいないものの、かなでらしい落ち着いた格好で弥琴みこは見入ってしまった。





弥琴みこさんに、おばあちゃんが入院したって聞いたから俺びっくりして・・・。お見舞い行けなかったから、今日来ました。」



「そ、そうなんだ。わざわざありがとう。若いのにえらいね。」



「へへ。」




年寄りっぽく演じてみたが、かなでにはその言い回しがヒットしたようだ。

恥ずかしそうに笑った。

弥琴みこにとってはその笑顔こそがヒットだった。




「あ、これどうぞ。食べられるかわからないけど、お饅頭です。」



「あ、ありがとう。」




ぎこちない仕草の自分に違和感を感じているのではないかと弥琴みこは心配になったがかなでは何とも思ってないようだ。



「病気は悪いんですか?」



「うん、まあ・・・。たぶん。よくわかんない。」



「そうなんですね。」




一瞬、部屋の中が太陽の下を通りすぎる雲の陰と同時に暗くなった。

弥琴みこはまた日の光が部屋に注いだところで口を開いた。




「し、死ぬかもしれないんだ。」




「!!」




その一言にかなでは驚いて何も言えずに固まっている。

長い沈黙が続いた。

弥琴みこは、こんなことを言ってしまった事をすぐに後悔した。




「あ、でも、まあ・・・。人間はいずれ死ぬからさ!だ、大丈夫!」




自分が暗い気持ちになりたくないというよりは、かなでに何かしゃべってほしかった。




「ほ、本当大丈夫だから!今の冗談!ね!何かしゃべりなよ!」



それでもかなではうつむいてしゃべらない。



「あんたが悲しむと私まで暗くなっちゃうじゃん。何か言いなよ。」




かなでは正座をして、その上で拳を作って下を向いている。

少し体を震わせているようだが、顔を見ると真っ赤になっていた。



な、泣いてる・・・・???





弥琴みこは、どうしていいかわからなくなった。

せっかく楽しくおしゃべりできると思っていたのに、この調子では涙を流して終わりになってしまう。



ハラハラしているうちに、時間が過ぎていく。

しばらくして、やっとしゃべりだしたのはかなでのほうだった。




「おばあちゃん。」



「え!?な、なに?」




「お、俺。決心してることがあるんです!」



「決心?な、何???」





かなでが、いきなり違う話をし出したので弥琴みこは逆に安心した。

しかしかなでの決心というのが何か聞くのが少し怖かった。





「俺、おれ・・・・。」



「え?そんな真剣になって・・・・なに?」



「俺、ずっと言っておきたかったんです。」



「だから何を!?」



「俺・・・・・。」



「ちょっと気になるじゃん!は、早く言ってくれない?」







なかなか続きを言わないかなでに半分苛立ちを感じながらも弥琴みこは続きを待った。



そしてやっとかなでが暗い顔を上げ弥琴みこを見つめた。






「俺、弥琴みこさんのことが好きなんです!!!!」






「!!!」




穏やかな朝の陽ざしが一気に弥琴みこに降り注ぎ、その赤らめた顔をしっかりと映し出した。







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