第8話 奏の優しさ
地面についた手がやけに冷たい。
冬の寒さのせいではない事は
今まで自分が付き合っていた彼氏はどこへ行ったのだろう。まるで別人だ。
もしかして中身が入れ替わってしまったのは
「あんた、本当に
人混みの中、冷たい視線を投げてくる人々の前で
これは夢なんだ。ババアと入れ替わったのも
泣きながら
そしてそのまま後ろを振り返り歩いて行ってしまった。
「大丈夫ですか?」
だれかが後ろで呼びながら体を支えてくれた。
涙を拭きながら振り返るとそこにはオタクボーイの
「
「ごめんなさい、おばあちゃん。俺、後ろから見てたけど怖くて助けてあげられなかった。ケガしてないですか?」
まるで年寄りの扱いに慣れているように
「そこにベンチがありますから、そこまでおんぶしますよ。さあ、乗ってください。」
そうは言われても
「いきますよ。」
そう言ってグンッと力を入れ、
フラフラとして進む速度はとても遅く、頼りない。はっきり言って乗ってるほうが怖くて心配になってくる。それでも顔をしかめながら
「はあ・・・。はあ・・・。座ってください、おばあちゃん。」
息切れしながらも座る時まで
その優しさが
「何か飲み物買ってきましょうか?」
「・・・・。」
何も返事ができない。
「あ、あそこに自動販売機あるからお茶買って来ますね。」
「・・・・。」
何も返事をしない
『あいつって、ただのオタクだと思ってたけど、こんな社交的な事もできるんだな。』
恨みと悲しみが渦巻く中で
「おばあちゃん!お茶!これ飲んでください。」
そう言って
いつもなら冷たいジュースでも飲んでおきたいところだが、この時は温かいお茶で良かったと思った。
一口飲むと涙が流れた。また一口飲むとまた涙。
それを見た
「痛いですか?病院につれて行きましょうか?」
どうやら
うるせぇな。ほっとけよ!
普段ならそんなセリフを言ってしまうだろう。だが、今日は違った。
いつもなら言えないような一言が出てしまった。
「ありがとう・・・。」
その笑顔はいつもの陰気な雰囲気からは想像できないほど可愛らしかった。
「俺には、こんなことくらいしかできないから。本当は、もっと早く助けてあげたかったんです。本当にごめんなさい。」
謝ってくる
これ以上ここにいても仕方ないのでタクシーを呼んで帰ることにした。
家に帰りついたが、まだ体は痛い。
部屋に入るなりスマホを取り出すと、履歴を確認した。
もしかしたら
しかし、そんな様子は少しもなかった。
一人になるとまた虚しい気分が襲ってきた。
こんなことになったのも
怒りをぶつけるところが見当たらなかったからだ。
「もう最低だ!なんでこんな目に合わなきゃいけないの!早く元の姿に戻ってよ!」
バンバンと床をたたきつける音に母がびっくりして部屋に入ってきた。
「おばあちゃん!大丈夫ですか?すごい音してるけど、何かあったんですか?」
「あ、いや何でも・・・・」
ヤバイと思ってすぐに顔をあげた。
「ど、どうしたんですか?すごくその・・・なんていうか疲れた顔してますけど?」
「だ、大丈夫だから。気にしないで。」
「夜ご飯食べますか?」
母にそう聞かれたが食べたいという気分にはなれない。
「体悪いんですから、しっかりとご飯食べてください。食事しないと良くなりませんよ。」
「いや、いい。」
断ったにも関わらず、母は部屋まで食事を運んできた。
運び終わるとさっさと母は台所へ戻っていった。
色々あったが、やはり小腹はすく。
とりあえず少し食べようと思い、半分くらい食べた。味がしなかった。
少し前まではあんなに何でも美味しく食べていたのに。
どうせだったら太ってでも好きなものを食べてしまえばよかった。
そう考えるとますます入れ替わった体に苛立ちが募り、食事どころではなくなってしまった。
スマホを確認したが、やはり
やはり今日の
そう思うと悲しみよりも怒りがこみあげてきた。
入れ替わっていることを内緒にしながら話すと
声だけは入れ替わらなくて良かった。
「
「でしょ!?私もさ、あんな男と別れて良かったと思ってるんだよね~。顔はいいけど良く見ると笑い方とか気持ち悪いしさ。」
さっきまでの悲しみはどこへやら。自分が思ってもいないような事まで言っているとスッキリとしてきた。
しばらく話しているとだんだん笑い話になっていった。
やはり
幼馴染の彼女は本当にいつも側にいてくれて、
もしかしたら
そう考えて思い切って話してみようと思った時、
「
「え?なに?急に声のトーン下がったよ。」
今まで話していた声とは明らかに違う。
「ど、どうしたの?」
「うん、えっとね。寂しいけど私・・・。引っ越すことになったの。」
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