第5話 学校へ

入れ替わって二日。

弥琴みこ京子きょうこが元に戻る様子はない。


弥琴みこは、スマホをいじりながら簡易ベッドの上で寝転ぶしかなかった。


「この事を、母さんや友達に言ったらどうゆう反応するかな?もしかしたら、他にもこんなことになってる人もいるかもしれない。」


非現実的な自分の状況を呑み込みつつも、どこかまだ夢の中ではないかと思ってしまう。


コンコン


襖の向こうからノックの音に続いて母の声がした。


「おばあちゃん、ご飯持ってきましたよ。昨日からあまり食べてないから朝ごはんくらい食べてくださいな。」


お盆の上に並べられたご飯、みそ汁にししゃも。どれを見ても食べる気などおきない。こんな体で食べたってきっと美味しくないだろう。しかし、ここで母に怪しまれても仕方ない。食べておくか。そう思うと弥琴みこは簡易ベッドから立ち上がった。


「よっこいしょ」


思わずそんな言葉が出てしまい、口を手で塞いだ。


『よっこいしょ??』

『私、よっこいしょとか言った??最悪!めっちゃババくせえ!って、今ババアだった。』



そう思って立ち上がると襖の奥に弥琴みこの姿をした京子きょうこが立っていて、こっちを見ている。よく見ると制服を着ている。


ピシリと襟を立てリボンが綺麗につけられている。学校のブレザーに膝下までのびているスカートに白色の靴下。髪型は、まるで昭和に戻ったかのような一つ結びで前髪ごと後ろに結ばれている。


「ババア!なんだよ!?その格好は!?」


「ババア?」


いきなりの叫びに母は首をかしげた。


「なんで制服なんか着てるんだよ!?っていうか、その着方に髪の毛なんだよ!ダサすぎるだろうが!!」


「これが正しい制服の着方やけぇ、そうやって着ちょる。」


「私は、そんな風に着ないんだよ!!それじゃバリバリの優等生みたいじゃねぇか!スカートの丈そんなに長くしてたら足が太く見えるだろ!」


「何、言っちょるんか!女は学校で足見せるもんじゃない!それに、今年は去年より寒いんじゃけぇ、足を冷やさんためにもこの方がええんよ!!」


弥琴みこ京子きょうこのやり取りにますます納得のいかない母。


「2人ともどうしたの?弥琴みこ、あなたいきなりそんなに礼儀正しい格好したら母さんなんだか怖いわ。いつもの不良みたいな格好が良いとは言わないけど。おばあちゃんまでおかしいわ。たぶん、おばあちゃんもびっくりしてどこ叱っていいかわからないのよ。」


弥琴みこは、すぐさま母を追い出し京子きょうこの手をひいて中に入れ襖を閉めた。

締め出された母は気にする様子もなく台所へ戻って行った。



「その格好で、どこ行く気だよ!?」


「学校に決まっちょる!子供は学校に行かなきゃいかん!」


「学校なんか行かなくていい!普段から行ってないんだから!」


「そんなの知るか!体が入れ替わっちょる間は、私が行く!」


自分の身体で学校に行かれてはたまらない。友達が何と言うだろう。

どう考えても様子がおかしい事に気付くはずだ。

いや、それ以前にこの格好で行かれたら元に戻った時に自分が恥ずかしい。

そう思いながら弥琴みこ京子きょうこの頭に手をかけた。


「こんな髪型するな!ババくせぇんだよ!」


自分の身体を自分で触るというのも不思議なものだが、そんなことにいちいち驚く暇はなかった。


「やめっちゃ!髪は縛っとかんと、授業に集中できんじゃろ!」


「それに、そのスカート!長すぎるんだよ!ってか中になに履いてるんだよ!は?毛糸のパンツ?」


「今日は寒いんじゃけぇ、少しでも冷えんように。」


「だったらもっと薄手にしろよ!こんなモコモコ着たら尻がでかく見えるだろうが!」


「それじゃ寒いんじゃけぇ!風邪ひいたらどうする!」


「寒くないんだよ!ちょっとこっち来い!」


そう言うと弥琴みこは、スカートを腰の所からまくり短くして、毛糸のパンツをぬがせた。そして京子きょうこの手を引き、玄関に連れて行き外に出した。


「こんな格好して外に出たら、足が寒いじゃろが!」


どなる京子きょうこをニヤリと笑いながら見つめ弥琴みこは言った?


「寒いか?」


「・・・・・。」


京子は一瞬考えた。


「・・・。」

「さむ・・・さむ・・・?寒くない・・・。」


「ほら、言ったとおりだろ!女子高生はなあ、足が強ぇんだから何もしなくても寒くないんだよ。」


京子きょうこは自分の身体を触りながら、どこか感心しているようだった。


「あと、そんなに襟を正してるやつもいないんだよ。余計目立つから少しはくずせ。」


「襟はこのままでいい。」


いつものそっけのない言い方ではあったが、弥琴みこには京子きょうこが楽しんでいるように思えた。


「じゃあ、この格好で行ってくる。」


「おう、言っとくけどスカートまた長くするなよ!」


「わかった。行ってきます。」


京子きょうこは、カバンをしっかりと握りしめ学校への道をおしとやかに歩き始めた。弥琴みこもなんだか穏やかな気分になり、その後ろ姿を見送った。


・・・・・。








「そうじゃねぇええええ!

行ってきますじゃねぇよ!!何、和んでるんだ、私。バカか!!ババア!ちょっと待てえ!!!!」


弥琴みこは、走り出し京子きょうこに追いついて袖をひっぱった。


「ふざけんな!だれが学校になんか行かせるか!学校中で私が変だって噂されるだろうが!」


「心配ない。うまくやるけぇ、ひっぱるな。」


「何もわからねぇのに変な自信で言うな!私は、普通の高校生とは違うんだよ!不良っぽく振る舞ってるんだ!それがババアにできるって言うのか?」


「振る舞う?じゃあ弥琴みこは、本当は不良じゃないってことか?」


その言葉に弥琴みこは何も言えなかった。


「無理して不良を演じてるんか?」


「・・・・。」





弥琴みこちゃん。おはよう!今日は気分はどう?」


沈黙をやぶったのは、桃夏ももかだ。


弥琴みこちゃんのおばあちゃん。おひさしぶりです。」


「あ・・・。桃夏ももか。あ、そか。今は私がババアだった。お、おひさしぶりです・・・だな。」


もごもごしながら何とか返事ができた。それを見た桃夏ももかは少し顔をしかめた後、京子きょうこに向き直った。


弥琴みこちゃん。今日は学校行けそう?」


「今日は大丈夫だ。遅刻しちゃいけんけぇ、もう行こう。」


くせのあるしゃべり方に能天気な桃夏ももかも気づいたようだ。


「いつもの弥琴みこちゃんと違うね。やっぱり頭痛くなってから何かに取りかれちゃったかな?」


くすくすと笑いながら2人は歩き出した。

すかさず弥琴みこは止めた。


「ちょ、ちょっと待て!学校行くな!」


必死につかんでくる手をそっと放しながら京子きょうこは言った。


「大丈夫だ。うまくやるから。」


そう言うと京子きょうこはまた微笑んで楽しそうな顔をした。

そして何も言えなくなった弥琴みこを置いて学校への道を歩き出した。

2人の後ろ姿を見ながら、弥琴みこ京子きょうこが笑ったのは何年ぶりだろうかと考えていた。



「もしかしてババア。高校生に戻れて嬉しいのか?」


いつもならそこでムカつくが、なぜか悪い気はしなかった。

とりあえず一日だけ学校に行かせてみるか。そう思った。







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