第6話 オタクボーイ
さっき走って
「あいててて。あんなに走るんじゃなかった。この身体太ってるから重いんだよ。こんなババアの身体じゃ何しても楽しくないじゃねぇか。」
家に帰る途中、すれ違う学生の中に見慣れた顔があった。オタクボーイの
何故あんなに下を向いて歩いているのか。あんなに太いメガネをしないで、少し髪を整えればそれなりにマシになるのではないか。など思いながら見てしまう。
「なんで私のことなんか好きなんだろう・・・。」
ぽつりと呟いた瞬間に、下を向いて歩いているはずの
「おはようございます!」
「へ?」
聞いたことのない
「おばあちゃん、今日も朝の散歩ですか?」
「え?え?知ってるの?私のこと?」
「
『いつも、うちのババアに挨拶してたのか。もしかしてそれで私の事を知ったのか?』
なるほどというような回答を自分で勝手に決め、
「今日は寒いですから、何か一枚羽織ったほうがいいですよ。帰りも気を付けてくださいね。」
「あ・・・・。うん。ありがとう。」
そう言うと満面の笑みで
「あいつがあんな顔してあんな事言うなんて意外なんだけど?誰ともしゃべらないオタクだと思ってた。というか初めてしゃべったかも。」
膝は痛く帰り道は長く感じたが、なんとなく気分はよかった。
たった今最悪な状況だと言うのに、自分でもわからない安堵感で満たされた。
友達とは何をしゃべってるだろうか。
授業で手をあげて答えてたらどうしよう。
「どうしよう。生徒会長に立候補したとか言い出したら。」
そんな事を考えてると背筋がぞっとした。
それにしても
これも年寄りのせいなのだろうか。
普段、
「よく考えたらババアは私の身体になって好き勝手やってるし。私だってババアとして好きなことやってもいいよな。」
そう言うと引き出しをあけた。
ここには通帳もお金も入っている。
この前のように数千円ではなく数万円使おうと別に構わないのだ。
だって今は自分の金のようなものだ。
通帳は暗証番号がわからないから引き出せるわけがない。
入れ物がないので、
「へへへ。この金でみんなとカラオケ行ったりプリクラ撮ったりしよう。」
・・・・。
「行けるかぁあああ!!今はババアの身体なんだぞ!この姿でプリクラとか撮ったら、しわくちゃの顔が写ってただのホラーじゃねぇか!」
「だいたい、誰と行くって言うんだよ!?
鏡に向かって手で皺をのばしてみながら一人でひたすら叫んでいた。
金はある。でも何に使っていいかがわからない。
高校生の姿なら、欲しい物やりたい事がいっぱいあった。
しかし今の姿では、すべてがやりたいようにできないように思える。
「ああああああ!年寄りって何が楽しくて生きてるんだよ!!?」
しまいには年寄りすべてに腹が立ってきた。
腹が立つと今度は腹が減ってきた。
今日は母がパートに出ていていない。
仕方がないのでカップラーメンを作った。
「えーと、何分待つんだっけ?」
小さな文字が並んでいて見えない。
目をこすってみても、文字を遠ざけたり近づけたりしてもうまくピントが合わない。
「はあ・・・。目が痛くなってきた。」
そういえば、ずっと前こういう小さい文字を読めないで何度も聞こうとする
やっとできた昼ごはんを居間の
うまく噛めない。
「歯が汚ねぇからな。だからババアの食べてるところ見るのは嫌いなんだよ。」
そういう自分が今は年寄りの姿だ。
うまく運べずポロポロと落としてしまう。
普段の
「どうやって食べるんだよ。なんか歯が痛くなってきたし。胃も痛くなってきた。」
「おまけになんか味しない・・・。」
入れ歯のせいか、格安ラーメンのせいか、それとも一人で食べているせいか。
味がしないラーメンを苦しみながら食べるのは、もはや何かの作業のようだった。
「ただいま。」
夕方になってやっと
「帰ってきた!!ババア!ヘマしなかっただろうな!?」
「ヘマ?するわけないだろ。しっかりと授業を受けてきたけぇ、このノートを見ながら勉強しな!」
「は?勉強なんかするかよ!それどころじゃないだろ!友達とか怪しんでただろ!?」
「さあな。でもいい友達じゃ。
学校の様子を聞いてみても、実際にはどうだったのかがさっぱりわからなかった。
『今日の学校どうだった?』
すぐに
『どうって?
その返事に安心したが、
『明日はわからない。私、今日変じゃなかった?』
『変じゃなかったよ。ただいつもより真面目に授業聞いてるな~って思ってたけど。
その台詞にまさかと思った。
『しゃべり方って?何!?』
『だって敬語でしゃべるから。それに声も低くしてしゃべるからw』
ただこのままずっと敬語というのはまずい!
すぐに
「ババア!敬語とかその方言使うのやめろよ!友達が怪しんでるじゃんか!」
「じゃあ、どう話せばいいんだ?」
「だから!えっと・・・・いつもみたいに!私に言うみたいに話せばいいんだよ。敬語とかそんな丁寧なしゃべり方したらバカみたいじゃん!」
「そうか・・・。そういうことやったんやね。」
「は?なにが?」
「私がそんな言葉を使うけぇ、あんたも汚い言葉をしゃべっちょったんやね。私の真似か、そりゃ悪かったね。」
いきなりの謝罪に
「バ、ババアの真似なんかしてねぇよ!今どきはこういうしゃべり方なんだよ!とにかく敬語をやめればそれでいいんだよ!」
「敬語をやめたら、学校に行ってもいいか?」
「そ、それは・・・。」
見えているのは自分の身体とはいえやはり
「べ・・・別に敬語使わないんだったら行ってもいいけど。」
「そうか。」
その厳しい目つきが和らいで笑った。
どこかうまく回された気がしたものの、まあいいかという諦めもついた。
「そのかわり、変な行動もするなよ!」
「そういえば・・・・。」
「あ?なに?なにかあったのか?学校の帰りに教室の掃除引き受けたとか!?」
「いや、
「あれって言うなよ!なにか話したのか!?」
「色々話した。まあ、一方的にしゃべってきちょったが。」
「一方的って何のことについて!?」
「お前が神社から盗んだ金で遊んでることとかな。」
「ああ!くそっ!別にいいだろ!たかが数百円だし!」
「ふってやったけぇ。」
え?
「ちょっと待て。今なんて言った?」
「あの男はこっちからフってやった。」
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