第13話 天秤にかけられた真実

自分の気持ちを伝えて少し落ち着いたのか、桃夏ももかは先ほど甘くした紅茶を半分くらいまで一気に飲んだ。

そして笑いながらまた話し始めた。


京子きょうこさん、お願いがあるんです。」


「え?なに?」


「私、次の土曜日の朝9時半に新幹線で東京に向かいます。できれば、弥琴みこちゃんを連れてきてもらえませんか?」


「・・・・。」


「このままじゃ、もう二度と会えないから。会ってもらえそうにもないから。せめて最後の日くらい。」


桃夏ももかは言葉に詰まっていた。


「ど・・・・努力してみる。」


弥琴みこが何とか答えられたのはその一言だけだった。





それから一時間ほど桃夏ももか弥琴みこは、昔の話に夢中になった。

桃夏ももかが一方的に懐かしい話を話して聞かせるだけだったのだが、弥琴みこにはそれが楽しかった。


『ああ、そんなこともあったな。2人であんなこともしてバカだったよな。』


桃夏ももかの口から出てくる2人の思い出話は、自分が京子きょうこの体にいることを忘れさせてくれた。たった少しの間だけ体は違えども、そこには幼馴染の2人がいつもどおり楽しむ空間で満たされていた。






「おごってやるよ。」


店を出る時には気分がよくなっていた弥琴みこが一言そう言った。


「いえ、いいんです。私、ちゃんとお金持ってきてますから!」


「いいんだって!ちゃんとババアの金を盗んできたんだから!」


「え?ババアの金?盗んだ??」


「あ、しまった。いや、なんでもない。」


弥琴みこは何とかうまく言い逃れて紅茶代を2人分支払った。


京子きょうこさん、ごちそうさまです。」


「うん、じゃあこれで。」


弥琴みこは、そう言った途端、もしかしたらこれで最後かもしれないという気持ちになり切なくなった。桃夏ももかが東京へ行く日に体が元に戻っていることはないだろう。そう思った。



「あの・・・元気でね。」


「はい、京子きょうこさんも体に気を付けて。今日はお話できて良かったです。さっきのお願い、弥琴みこちゃんに伝えてくださいね。」


「う、うん。」


「じゃあ、失礼します。」


「あ、桃夏ももか!」


弥琴みこは、桃夏ももかを呼び止めた。

しかし何を言えばいいのかわからない。

今の自分は京子きょうこの姿だし、弥琴みこの気持ちを言ったって桃夏ももかにはわからないはずだ。



ならば、京子きょうこになりきって何か言ってやろう。



「が、がんばれよ!世界中の人がうらやましがるようなドレスを弥琴みこに作ってやりな!桃夏ももかにはその才能がある!だけど、友達置いて行くんだから、絶対に諦めるなよ!絶対だ!

で、でもどうしても辛くて地元に戻ってきたい時があれば、いつでも・・・・。いつでも待ってるから!!」


その言葉を聞いて桃夏ももかは唇を噛みしめながら優しく笑った。

幼い頃からいつもそうやって笑ってきた桃夏ももか

今初めて、その笑顔の後ろに色んな想いを隠してきたのだと気づいた。








桃夏ももかと別れて家に帰る途中、弥琴みこは、必死に涙をこらえた。

帰り着いて泣き続けたので、メールがきていることにすら気づかなかった。


京子きょうこが帰ってきたことに気付いた弥琴みこは必死に涙の跡をティッシュで拭きとった。皺が2、3本増えたように感じたが、どうせ京子きょうこの体だ。気にするまでもない。

スマホを手にとり、届いていたメールを見て弥琴みこは、体に冷気が通りぬけていくような気持ちになった。


真輝まきからのメールだ。

今度遊びに行く約束の確認のメールだったが、その日は桃夏ももかが東京へ行ってしまう日だ。


「ど、どうしよう。そんなとんでもない約束してたなんて!!しかも2人とも同じ日!どっちかにしか行けない!」



「仕方ない!ババアにどっちか行ってもらおう!そしてもう一方を私が行けばいいじゃん!」


・・・・。


「いや、ちがう!ちがう!私はババアの姿なんだからそれじゃ意味ないじゃん!私の体が2人いるわけじゃん!」


「だからってババアが私の体で行ったところで、桃夏ももか真輝まきと話が合うわけないし!」



どうしようもないと思った弥琴みこは真輝 《まき》にメールした。


「ごめん。その日会えなくなった。また別の日でいい?」


真輝まきからはすぐに返事がきた。


「えーなんで!?弥琴みこが俺に会いたいって言ったんでしょ?約束やぶるの?」


「お願い!その日は桃夏ももかの見送りがあるの。」


「俺より友達とるんだ?だいたい、その子の見送りとか行かなくていいんじゃない?」


「私は行きたいの!だって最後なんだよ!」


「じゃあ行けば。」


そっけない一言の後、どんなに真輝まきにメールをしても既読にすらならない。

また怒らせてしまった。

弥琴みこは、喧嘩をした時の事を思い出した。


『もしかしたら、今度こそ他の女にいっちゃうかもしれない。』


そう思うと何とかして真輝まきをつなぎとめたかった。

あれこれ考えていると今度は電話がかかってきた。一絵いちえだ。


弥琴みこ、最近ガッコ来てないけど元気?ってかさ今日、桃夏ももかまで来てなかったけど何か知ってる?」


弥琴みこは、のフリをしなければいけなかったので少し考えた。

京子きょうこがどこで何をしていたのか知らないし、誤魔化すのは大変だった。


「へぇ、弥琴みこもやっぱり桃夏ももかのことわかんないか。まあ、たぶんダイジョブだよね。桃夏ももかの見送り行くの?なんか喧嘩してるみたいだからさ~どうかなって思って。」


「わ、わかんない。」


「へぇ、そっかあ。ねぇ、もしかして私が色々しゃべったのがまずかった?」


「色々って?」


弥琴みこには、京子きょうこが一日学校に行った日に何を話したかなど知りはしない。


「だからさあ、桃夏ももかが引っ越すこと黙ってることとかさ、弥琴みこの彼氏が浮気してることとかさ。あ、でも彼氏と別れたんでしょ?マジ良かったね。浮気男とかサイテーだからさ!」


「え?一絵いちえがそう言ったの?」


「は?私が教えたから彼氏と別れたんじゃないの??」


「ちょっと待って!なんで真輝まきが浮気してるってわかるの?最近、真輝まきと話したけど、浮気してないって言ってたよ!」


「え~まじ?じゃああれ桃夏ももかの嘘だったのかなあ。」


「なんで桃夏ももかが関係あるの?」


「なんでって、桃夏ももかの友達でしょ?」


桃夏ももかの友達が何?」


「だからあ。あんたの元彼の浮気相手が桃夏ももかの友達らしいよ。だから桃夏ももかは、あんたに話したくても話せなくて私に話したんだよ。でもそれ嘘だったのかもねぇ。私も桃夏ももかの事、よくわかんないし。」


弥琴みこは、何が真実なのかもうわけがわからなくなっていた。

やっぱり真輝まきは浮気しているのだろうか。

それとも桃夏ももかが嘘をついたのか。


真実を探る時間もなく、約束の日がきてしまった。





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