第21話 挨拶運動

ゲートボール大会以来、弥琴みこ京子きょうこの脅しにあうことが多くなった。



「公園のゴミ掃除をしろ!」



「朝の見回り運動をしろ!」



「昼ご飯くらい自分で作れ!」




京子きょうこの容赦ない脅しには腹が立ったが、弥琴みこはそんな事をやらずに済ます事は簡単だった。



「はいはい、行くよ。」



軽く返事をして、やらなければいい。京子きょうこは学校に行くし監視などできないのだ。

だが、何もしないで一日中部屋にこもっているのは、やはり気持ちのいいものではない。


体は重いし外は寒い。おまけに年寄りの体ではお洒落などという発想はない。

そんな状況で外に出て何が面白いというのだろうか。

高校生の時のように、あれもこれもやりたいという思いがなくなっていた。



『ああ、私このまま死んでいくのかな。ババアの姿になったせいだ。』




もう何度そう思っただろうか。

京子きょうこのせいにする反面、自分が情けなく感じていた。







ゲートボール大会で見た人々のあのやる気のある姿を思い出すと余計に惨めに感じる。確かにあそこには年齢など関係なく誰もが楽しそうだった。

弥琴みこ一人を除いては・・・・。





弥琴みこは、憂うつな気分を埋めるためにスマホを手にした。

しかし何を見ていいかわからない。

仕方なく動画サイトを開くと広告がたちあがり、それがすぐ目に入った。


【恐竜博物館!日本最大規模の展示!】



恐竜という広告を目にして弥琴みこは、なぜだか気分が盛り上がった。

しかし、盛り上がった気分をできれば修正したかった。

なぜなら恐竜を考えた時にオタクボーイのかなでを思い浮かべたからだ。

気分が上がったのもそのせいだが、認めたくなかった。








話がしたい。






弥琴みこ自信、そんな事は口に出すことも心の中で思うこともなかったが、奥底にある想いというものは、どうやら嘘をつかせないようだ。



「いやいや、ないっしょ。オタクボーイと話なんかしてもさ、ババアの姿から解放されるわけじゃあるまいし。だいたい、どうやって会うよ?電話番号とかも知らないし?」



そんな事を言いながらも、どうやったら会えるのかを考えてしまう。



「学校行けば会えるけど、今ババアの姿だから行けるわけないしさ。」



「あ、でも一絵いちえなら番号知ってるかな・・・。」




久しぶりに一絵いちえに電話をかけた。

いつもスマホを見てるので、一絵いちえはすぐに電話に気付いたようで、コール音は一瞬だった。




「おはよ~弥琴みこ。なぁに?今日さぼり?」



「おはよ、一絵いちえ。あのさ、ちょっと聞きたいんだけど~オタクボーイのかなでいるじゃん?あいつの電話番号とかさ、わかったりする?」



「え~知るわけないじゃん。友達でもないんだからぁ。ってかさ、なんでそんなこと聞くのぉ?もしかしてオタクボーイの事気になりだしちゃった感じ?」



「ち、ちがうし!!なんかさ、そいつとうちのババアが知り合いみたいだからさ、それが何でなのか気になっただけで・・・・。」



「へぇ~言い訳に聞こえるんですけどぉ?」



電話の向こうで一絵いちえがニヤニヤとしているのが見えなくてもわかる。



「そんなに気になるならさ、今そこ歩いてるから聞いてあげようか?弥琴みこが知りたがってますって言ってさあ。」



「え!!や、やめてよ!!」



「いいじゃん、いいじゃん!オタクボーイも弥琴みこの事、好きなんだからさ!あ、かなでくん。ちょっと今いいかな?」




「や、やめてぇ!!!!!」



「ははは!なーんてね。オタクボーイいるのは嘘でした~焦っちゃって可愛いね、弥琴みこ!!ははは!」



「ちょっとお!マジでもうふざけるのやめてよね!」



ひたすら笑った後に一絵いちえが静まり返ったので弥琴みこは変に思った。



「ねぇ、どうかしたの?一絵いちえ?」



「ちょいまって。向こうに弥琴みこの姿が見えるけど?え?スマホ持ってないよね?それどころか先生に挨拶とかしてるんだけど??え?今、私としゃべってるよね??」



弥琴みこは、やばい!と思った。

京子きょうこはもうすでに学校に行っているのだ。

言い訳ができないので、すぐに電話を切った。



「や、やばかった!心霊現象か何かかと思われそうじゃん!まあ、入れ替わること自体そんな感じだけど。」




かけ直してくるのではないかと焦ったが、電話が鳴ることはなかったので胸をなでおろした。












次の日、弥琴みこはまた京子きょうこに怒鳴られる朝を迎えた。



「昨日、見守りの挨拶運動しなかったじゃろ!?近所の人に聞いたらすぐわかるけぇね!」



「ええ!私の体で勝手に知らない近所のやつなんかと話するなよ!!」



「そんなことはどうでもええ!!今日は絶対行きぃや!」



「そんなもん、私が行くわけ・・・・・。」




行くわけない!!と言おうと思ったが、弥琴みこは思いついた。

挨拶運動や見守り隊など、どうでもいいのだが、もしかしたらそれをしてるうちにかなでを見かけるかもしれない、と。


前も朝歩いている時に出会ったのだ。


それだ!!




弥琴みこは、かなでに執着している自分に気が付かなかった。

ただ今の弥琴みこにとって、話ができる同年代はかなでだけだったのだ。



「あ、あぁ~やっぱ行ってみよっかな。まあ、ちょっと気分転換にもなるしね。」



弥琴みこがそう言うと京子きょうこは怪しむのではないかと思ったが、普通に喜んだ。



「そうか。それならいい。」








京子きょうこには何度も嘘をついているのに、よく自分を信じられるものだと弥琴みこは思った。



『普通、何度も裏切られたら諦めもつくだろうに。』







京子きょうこが学校へ行くとすぐに支度を始めた。

と言っても今の自分に似合うのは、どれが流行なのかもわからない暗めの服だけだ。

その中でも、違和感のない服を選んでみた。

鏡の前に立ってみたが、「ださっ!」としか言いようがない。




『メイクをしてみようか。』





鏡に映るのは皺とシミだらけで、脱毛もしないでちょびヒゲが生えている顔。

しかし、弥琴みこのメイクのテクニックはなかなかのものだった。

何もしていない時よりも、違和感もなくずっとキレイになった。




「へへ!いいじゃん!ほらみろ!こうやってね、女はメイクをすると光るんだよ。」




毛嫌いしていた京子きょうこの顔も、丁寧に化粧してやると何となく愛らしく見える。

メイク道具を片づけたら、また京子きょうこの金を何の罪悪感もなく財布に入れ、コートを着て外へ出た。






京子きょうこが前もって指定していた場所で弥琴みこはとりあえず立って待つことにした。

でも今日の弥琴みこにとって大事なのは、挨拶運動ではない。かなでに会うことだ。










何人もの小学生が弥琴みこの目の前を通り過ぎた。

その中には、何も言わず通り過ぎる子。友達の話に夢中になって気づきもしない子。オタクボーイのかなでのように下を向いて歩く子。


いろんな子がいたが、京子きょうこに挨拶をしてくる子はまだ現れない。



『本当にこの場所で合ってるのかな?なんか、お地蔵さんみたいな気分なんだけど?』





キョロキョロまわりを見渡しながら立っていると突然、元気な声が聞こえた!






「おはようございます!!!」


「おはよう!!」


「おっはよう!!」




数人の子供の声に気付いた弥琴みこは、驚いて挨拶を返した。



「わわっ!お、おはよう!!」



個性あふれる3人の男の子たちがランドセルを右左に揺らしながら走り、通りすぎる時に大きな声で挨拶をしてきたのだ。


1人目が通り過ぎ、2人目が通りすぎ、3人目が

「待ってよ~」

と言いながら、よっこらよっこら通りすぎて行った。






どっかで見た光景のような・・・・。






よくよく見てみるとその3人は、数週間前まだ自分が高校生だった時に、階段で騒いでたガキどもだ!





『あのクソガキじゃん!くそぉ!また騒ぎやがって!道路走ったら車とか来てあぶないだろうが!』




一人で苛立っていると、それを打ち消すように、3人がした大きな声の挨拶の光景が頭の中で流れた。




「ま、まあ・・・。元気なのはいいことじゃねぇか。」




銅像のように立っているだけの自分に挨拶をしてもらえるというのは、やはり気持ちがいい。

その後、弥琴みこは登校時間がおわるまで、小学生の反応を見るのを楽しんだ。











残念ながらオタクボーイのかなでが通りすぎることはなかった。

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