第20話 ゲートボール大会へ

「年寄りの遊びはどうだった?」



学校から帰るなり京子きょうこ弥琴みこに質問した。



「どうって。まあ、やっぱ年寄りの遊びだったよ。くだらない。」


「そうか、ならそのくだらない遊びをお前がやったらさぞ上手くできたんじゃろな?」


「・・・・。」



京子きょうこが何を言いたいかはわかっていた。

ゲートボールを甘くみていた弥琴みこには『年寄りのくだらない遊び』などと言う権利などないということだ。




「腕を痛めたんだ。だから明日の試合には行けない。」


「!!?」


「なんで腕なんか痛めちょるん!?ちょっと見せてみろ!」



驚いた京子きょうこは慌てて弥琴みこの腕を触った。

時々、「痛いか?」と質問しながら筋を押さえてきた。





弥琴みこ京子きょうこの真剣に心配している目に少し驚いた。

こんなに心配されたのは久しぶりではないだろうか。いや、今まで京子きょうこが心配して声かけることは何回もあった。ただ弥琴みこ自身がそれを拒んだのだ。

毎日どこかしら痛みを抱えながら過ごしていると、高校生の時には気づけなかった労りが有難く感じるものだ。





「まあ、ただの捻挫やけぇ大丈夫やろ。大会に出ろとは言わんけぇ安心しろ。」


「そりゃそうだろうよ!だれがあんな玉遊びに出るかって言うんだよ!私は行きたくて行ってるわけじゃないんだから!」





「代わりに私が出るけぇ。」





「はいはい、そうすればいいだろ。年寄りは年寄り同士・・・・・・って!!」

「出れるわけないだろ!!ババアは今、私の体なんだからさ!私の姿でゲートボールなんかしてたら友達に笑われるだろうが!!やめろ!!」




「人の体傷つけといて何言うちょるん?せっかく仲間が優勝のために頑張っちょるのに!」



『人の事心配してるかと思ったら、自分の体の心配かよ!くそ!』





一晩中言い争いをするわけにもいかず、どっちつかずで次の日になってしまった。

朝早く目覚めた弥琴みこがまず目にしたものは、京子きょうこのユニフォーム姿だった。どこで買ってきたかわからない上下ただの白いジャージ姿。



「な、なにその格好・・・。」


「私たちのチームはこれで大会に出るって決めちょるんよ。」


「や、やめてぇえええ!!!マジで勘弁して!それだけわ!!」




高校生の若い顔には確かにそのジャージ姿は似合ってはいない。

しかし、京子きょうこは本気のようだ。




「ババア!もうマジでキレた!もしその格好で行きやがったら、この体で全裸になって町内を走り回ってやるぞ!それくらい、私にとったらその格好ださいんだから!!」



「好きにしたらええ。そのかわり私はこの格好で行くけぇね。」



「うぐぐっ・・・。」



弥琴みこもさすがに裸で町内を走るのは見かけがどうあれ恥ずかしい。

京子きょうこにこの脅しは通じないようだ。




「くっそう・・・。」




もう何を言っても無駄だと思った弥琴みこは、京子きょうこがこれ以上恥ずかしい行動をしないようにと、大会について行くことにした。











「あらあ、京子きょうこさん!遅かったねぇ。あれ?もしかして弥琴みこちゃん?大きくなったねぇ。」



会場に着くと冬美ふゆみは朝から元気に手を振ってそう言った。

町内の大会だが、それなりにテントも張ってありゼッケンをつけたチームが、がやがやと集まっている。

驚いたことにその中には年寄りどころか子供のチームまでいる!

その隣には大学生くらいのチームまでいる。




「なんだこれ。こんなに人気のゲームだったの?」



その光景を見た弥琴みこは、優勝3万円が簡単に手に入ると思っていた自分が正直バカだと思った。




冬美ふゆみさん、今日は私が出るけぇね。」


「ええ!?弥琴みこちゃんがでるの!?それはびっくり!京子きょうこさんの代わり?でもええね!頑張ってやろうねぇ。」


突然の選手交代もあっさりしたものだ。






京子きょうこさん!!おはようございます!!!」




どこかで聞いたような大きな男性の声が自分を呼んできた。

昨日、ゲートボールの練習を見に来ていた桜雅おうがだ。

弥琴みこの腕にまかれた湿布を見て心配そうに手を触ってきた。



「わあああ!」



弥琴みこにとって知らない男性に触られるなど、恐怖でしかなかったので変な叫び声が出てしまった。



「あ、大丈夫っすか?どうしたんすか?その腕。骨折れてるわけじゃないっすよね?」






『いったい、こいつはババアの何なんだ???』




昨日のうちに桜雅おうがが何者なのか京子きょうこに聞いておくべきだっと弥琴みこは後悔した。

桜雅おうがの姿をよくよく見ると、格好といいしゃべり方といい、ただのヤンキーにしか見えない。

なのに年寄りに交じってゲートボール観戦だなんて、いったいどういう仲なのか。




『もしかしてババアの隠し孫!!!?』




『そんなわけないか。』




「もう試合始まるけぇ、座って見ちょれ。」



京子きょうこがそう言ったので、弥琴みこは渋々ベンチに座った。

その隣にドカッと大きな音を立てて桜雅おうがも座った。



『なんなんだ、こいつは。隣に座るんじゃねぇ。』



桜雅おうがのヤンキーぶりに何かされるのではないかと感じながら弥琴みこは、縮こまった。



「今日は試合に出ないんすね!そりゃそうっすよね!その腕早く治してくださいよ。あ、でも痛いからって動かさないでいると固まっちゃって治りも遅くなりますから。あまり痛まない程度に軽くリハビリする気持ちで動かすといいっすよ!」



桜雅おうがは、見た目こそヤンキーだが、とにかく笑顔とはきはきとしたしゃべり方は爽やかさそのものだった。



「ああ、そうする。」



ただ弥琴みこにとっては誰かもわからないので、そっけない返事をするしかなかった。

それでも桜雅おうがは、何がそんなに嬉しいのかというほどの笑顔でアレコレと世間話を一方的にしゃべってきた。

京子きょうこの行動を監視するどころではない。




「最近、京子きょうこさん、来てなかったから話できなくて俺寂しかったんすよ!あ、そういえばこの前、夜間学校のテストがあったんすけど総合点かなり上がってたんすよ!これでまた夢に一歩近づいたのかなって自分ではちょっと思ってるんすけど、でもまだまだですよね。おれ、落ちこぼれだし。」




「へぇ。」




冷や汗をかきながら弥琴みこは、ひたすら縮こまり話を聞き流していた。

桜雅おうがは、その態度を気に留めることもなく嬉しそうに話を続けた。



「仕事の方もいつも京子きょうこさんに心配されてますけど、かなりいい感じで身についてきたんすよ!まあ夢は追いかけてますけど、今の職しっかりこなしていかなきゃ仕事見つけてくれた京子きょうこさんに申し訳ないっすからね!」



「ああ、良かったね。」




『よくしゃべるな、この男。ってか、自分の話しかしてこないし・・・。』



弥琴みこには、ほとんど話の内容など頭に入ってこなかったが、長い間ぺらぺらとしゃべっていた桜雅おうがが突然静まり、一言も話さなくなったのには気づいた。


桜雅おうがの方を見てみると、黙ったまま目を輝かせゲートボールの試合を真剣に見ている・・・・というよりは、その向こうの空を真剣に見ているようだ。




「俺ね、夢ちゃんと叶えますから。あ、何度も言うから聞き飽きたかもしれないっすけど。京子きょうこさんのおかげで最悪な人生抜け出せたんで、その借り絶対返すって決めてるんで。」




え?ババアのおかげで?





その言葉だけは、はっきりと聞こえた。





弥琴みこの心臓がどくどくと早くなっていく。弥琴みこ自信にもそれは異常なほど強くわかった。




まさか不整脈!?





いや、違う。

これは自分の心臓ではないようだ。



桜雅おうがの真剣な想いと希望に満ちたやる気が、弥琴みこ自身にも伝わってきたのだ。

その目は、ちょっと前どこかで見たことがある。





桃夏ももか。そう、桃夏ももかの夢を追いかける瞳と同じだ。





桜雅おうがの横顔に桃夏ももかの面影を重ねていると歓声があがった。

どうやら京子きょうこのチームが第一試合目を勝ったようだ。


対戦した相手は小学生。

負けたことに泣く子どもまでいるほどだった。





京子きょうこは真冬だというのに汗をかいていた。

このゲームのどこに汗をかく要素があるのだろうかと弥琴みこは思ったが、そんなことはお構いなしに汗をふいて笑う京子きょうこは少し輝いて見えた。






しばらく暗い部屋で過ごしていた弥琴みこにとって、夢中で何かを追いかける人々の姿は眩しすぎて、ある意味ショックだった。

自分はそんなに何かに夢中になることがあっただろうか。









数時間がたち、座るのにも疲れてきた頃、すべての試合が終わった。

京子きょうこたちのチームはあと一歩のところで優勝を逃した。

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