第31話 あの日をもう一度
駅からケーキ屋までは、それほど遠くはない。
さすがに肥料を店の中に入れ込むわけにはいかないので、外に置いて中へ入った。
久しぶりに来たケーキ屋だが、いつもと変わらずお洒落でぬくもりがあった。
ショーケースに並ぶケーキは季節のフルーツを使ったものや、馴染みのショートケーキ。それにお店おススメのシュークリームが並んでいる。
「うわぁ。どうしよう!どれも食べたすぎる!!」
「チョコもいいな!モンブランもけっこう好きだし、このラズベリーってのもどんなのか食べてみたい!!」
「いらっしゃいませ。お決まりですか?」
店員さんに優しく声をかけられて、
どうやら、年寄りを長くやっていてマナーも身に着いたようだ。
『ババアはどれが好きかな・・・。』
どのケーキがいいのか真剣に悩んだ。
『そういえば、ショートケーキ以外食べてるの見たことない。じゃあ、それかな。でも今は体が女子高生だからもっと甘めのチョコとかがいいかな。それともせっかくだから季節限定とかの方が喜ぶかな。』
長い時間をかけて考えて、店員さんが待ちくたびれて納品書の整理などをし始めた頃、ようやく
「すみません、ショートケーキ3個ください。」
無難なショートケーキが安くて一番いいだろうと考えたのだ。
「はい、ありがとうございます。」
店員さんが丁寧に箱に詰めてくれた。
しかし、みんなの喜ぶ顔を思い浮かべただけで、どうでもよくなった。
「へへ。やっぱショートケーキでしょ!ここのケーキ、おいしいんだよなあ。」
今にもよだれが出てきそうな顔をして
片手にケーキの箱。片手にシルバーカー。
いつもより長く歩いたし、荷物も重いとあって
『頼むから、席開いてて!!』
そう思いながら帰りの電車に乗ったが、やはり席は埋まっている。
『なんで、今日こんなに多いの!?』
仕方なく立っていると、目の前で座っていたサラリーマンらしき人が
「どうぞ。」
男性はそう言うと
「あ、すいません。」
親切に慣れていない
「荷物あげておきましょうか?」
気分をよくした男性は他にも何かできることはないかと探して、
ケーキの箱くらいならそんなに重くないし、手に持っていてもいいのだが、せっかくなので棚に上げてもらった。
「ありがとう。」
棚に上げ終わると男性も嬉しそうな顔をした。
次の駅で降りて行ってしまったので、
『やっぱこうゆうのって気分いいな。』
突然、人がざわざわと一気に電車から降りだしたので
「しまった!一駅過ぎた!!」
うたた寝をしているうちに降りるはずの駅を通りすぎてしまったようだ。
うまくシルバーカーをひけずに、よろよろしながら何とか降りた。
「ああああ、くっそぉ。まあ、でもこの駅からでも歩いて帰れないこともないし、いいか。」
今度は女子高生の助けはない。
腰の痛みと同時に腹の痛みも襲ってくる。
「これ以上無理はできないな。腹の痛みが出たら病院に来いって医者も言ってたし。」
しかし、家までの距離はそこまで遠くはない。
『家についたら今日はもう休もう。』
へとへとになってやっと家に着いた。
家に着くと気分が楽になり、歩くのも軽かった。シルバーカーを玄関に荷物ごとそのまま置いて
「ただいま。」
「おかえり、
「ごめん、今日は宿題が多いけぇ作れん。」
「そう、じゃあ簡単なカレーにしようかな。」
いつの間にか夕方になって、すっかり外は暗くなっていた。
暖房のきいていない
しかし、
布団をめくり寒い空気の中に出ると
母が料理をしようとエプロンをつけている。
「あら、おばあちゃん。料理作りますか?」
母はどうやら今日は料理を作る気分ではないようだ。
そんなことは、おかまいなしに
「あれ?ケーキは?」
「ケーキ?ケーキは買ってきてないですよ。おばあちゃん、買ってきたんですか?」
冷蔵庫の中にケーキはない。
「あ、そうだ!玄関だ!やばい!あ、でも冬だし寒さは冷蔵庫と同じだよね!」
母の不審そうに見つめる目を無視して
シルバーカーがぽつんと誰かの帰りを待つように玄関を見つめて置いてある。
その光景を見て
「あれ?ケーキどこ置いたっけ?中、入れたっけ??」
シルバーカーについている袋の中をのぞいたが肥料や種など、園芸に使う物しか入っていない。
「え!?なんで!?どこ?」
「ね、ねぇ!玄関に置いてあったケーキ知らない!?白い箱に入ってビニール袋に入ってたやつ!?」
「え!?ケーキ?いいえ、知りませんよ。玄関の物は触ってませんから。」
母がそう答えたので
帰ってきた時のことなどを思い返しても、どこに置いたのか思い出せない。
「どこかで忘れてきたんじゃないですか?」
母のその一言に
「電車の棚・・・・・。」
そう。電車の上の棚に置いてきてしまったのだ。
「うっそぉ!せっかく買ったのに!!」
「どうしたんですか??」
「ケーキ買ったんだけど、電車の棚!あの上の棚の所に置いてさ、そのまま忘れてきちゃったぁ!」
「あらまあ、何を騒いでいるかと思ったら、そんなことですか。ふふふっ。よくあることですよね。また私が買ってきますよ。」
母のその台詞に
『ちがう!ちがうの!あれは私がババアの為に買ってきたケーキなの!だから母さんが買ってきたんじゃダメなの!!』
それを言ったところでケーキは自分で戻ってきたりはしない。
母に見られたくないと廊下に出て、あふれる涙を何回も袖で拭った。
泣きながら今日一日の事を思い出す。
必死にシルバーカーを押して、真剣にケーキを選んだ。ちゃんと自分のおこづかいを使って買ってきた。
それを思いだすと泣くしかなった。
そんな事くらいで泣いている自分がバカみたいだとわかってはいたが、泣かずにはいられない。
たった3個のショートケーキ。
きっと買ってこようと思えばすぐ買ってこれるだろう。
でも今日、この気持ちとともに
ぎしっ・・・・・
音がしてはっと顔をあげると
「どうしたん?泣いちょるん?」
「ババア・・・・私・・・・。」
「どうした?何かあったのか?体が痛いのか?」
『ちがう・・・。』
「なんだ?だれかに何か言われたか?」
『ちがう・・・。そんな立派な理由じゃないの。』
「いいから話してみいや。黙っちょったらわからんけぇ。」
「私・・・・今日・・・・・」
「うん、どうした?」
「私・・・・・今日・・・ケーキ買って・・・ひぐっ・・・・買ったのに・・・・。」
「うん。」
「なのに・・・・せっかく買ったのに電車の・・・・うぅ・・・電車の棚に置いてきちゃったの。」
バカだとはわかっている。
そんな子供じみた出来事で泣いているのは、わかっている。
ただ聞いてほしかった。
きっと笑うだろう。きっと
そう思った。
だが、違った。
いつの間にか、
両手でしっかりと抱き寄せ、頭を撫でてくれている。
「そうか、そうか。ケーキを忘れてきたか。」
「それは辛かったねぇ。」
その暖かさに
「うあああああん!」
小さい子が泣くように大声で泣いた。
こんなに大声で泣くような高校生がいるだろうか。
涙を何粒も落とすと同時に辛い気持ちが一つまた一つと減っていく。
悲しい涙ではないのだ。
誰から見ても泣くほどのような大袈裟な事ではない。
それでも
たった今、
次第に泣き止んでいく中で
小さい頃、神社の前で石をなくした
それがたった今と同じだったこと。
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