◆解決編◆

14 翻った工作

「ヴィスタリア公爵の仰るとおり、私はここまでに、ある人物のアリバイを崩すための証拠を手に入れています。ある人物とは、すなわちこの事件の犯人のことです。

 その人物は――」


 ――誰もが、彼女の言葉に耳を傾けていた。

 次に続くであろう人物の名前が、自分ではないことを祈りながら。


 そして、イマジカは、その人物をゆっくりと指差した。

 その指が指し示す人物に、公爵を含め、誰もが驚愕を隠せず、室内にどよめきが走る。

 彼女が指し示した人物。それは――


「メリッサさん。あなたです」


 一番最初に除外された三名の内の一人である、メリッサだった。


「わ、私……? 私が、犯人だって言うの?」


 その指摘に、メリッサは激しく狼狽えている。

 それが、本当に身に覚えがないことによるものなのか、はたまた演技なのか……。

 その様子から読み取ることはできないが――、少なくとも、イマジカの指摘には疑問を感じざるを得ない。

 誰もが同様の感情を抱いているのだろう。多くの視線が、イマジカとメリッサの間を困惑気に行き来している。


「まずは、こちらをご覧下さい」


 彼女がポーチから取り出したのは、一枚の丸められた羊皮紙。

 イマジカはそれをまっすぐに伸ばして、掲げた。

 それは、メリッサの理外の力を明文化したものだった。

 そしてそれを見て、またも室内にどよめきが走った。


「ええっ!?」

「〈先見の眼〉、だと!?」

「本当に、存在していたのか……」


 当然だ。あれだけの超希少特異体質を前にして、驚かずにいる方が難しい。

 あの公爵でさえ、静かに瞠目どうもくしている。

 そして兵士長が、イマジカに言った。


「イマジカ殿、確かに〈風の揺り篭〉を使えば、短時間のうちに人を吊るすことも容易だったかもしれない。しかし、だからといって、彼女のアリバイを崩す証拠にはなりえないだろう。〈先見の眼〉についても、確かに驚くほど珍しいものだし恐るべき効果ではあるが……、例え誰か一人の未来を見ることができたからといって、それもまた彼女のアリバイを崩すようなものでは無いように、私には思えるのだが」


 ……そうだ。俺が最初に彼女の理外の力が明文化されたのを見たときも、同じ感想を抱いた。

 確かにどちらも、効果としては油断なら無いものだけど……、だからといって、彼女のアリバイ……第二の殺人が起きた際に、見張りの二人と一緒にいた、という状況を覆せるものではないように思える。

 その場の誰もが、兵士長の意見に賛意を示している。

 だが、イマジカは続ける。


「もちろん、これだけではメリッサさんのアリバイは崩れません。私も、第二の殺人の被害者とされていたターニャさんの昨夜の振る舞いを聞かされるまでは、兵士長と同じ感想を抱いていました」


 ……昨夜の、ターニャの振る舞い……?


「――昨夜、地下では、ディーン公爵が地上でマリーさんと密会していたことをターニャさんが問い詰め、その結果、ディーン公爵は彼女ら花嫁候補たちの中から結婚相手を選ぶことはできない、ということを宣言されたそうです」

「な、なんだと!?」


 公爵が、ここまでで最も大きく驚きの声を上げ、椅子から立ち上がる。


「私は、そんなことは相談されていないぞ……!」

「ターニャさんの告発は、ディーン侯爵にとっても寝耳に水だったはずです。その場で考え、結論を出したのでしょう」

「馬鹿者が……」


 公爵は小さくそうつぶやくと、ゆっくりと椅子に腰をうずめた。


「取り乱してすまなかった。……続けてくれ」


 そこに、事件当時の見張りの一人、アダムから声が上がる。


「勝手な発言をお許しください! 今の話が本当だとすれば、おかしな事があります。私は今朝の見張りの引継ぎの際、前の見張りの担当から、昨日外に出たのはディーン侯爵だけだと聞いています。――そうだよな?」


 彼が兵士たちを振り向くと、その中の二人が「ああ」「その通りだ」と答えた。昨夜の見張りだろう。


「だとすると、ターニャ様はどうやって、ディーン様とマリー殿の密会を知りえたのでしょうか?」


 実際に見張りをしていて、その情報を共有されていた彼だからこそ、その疑問にすぐ気がつけたのだろう。そしてそれは、既に検証済みのことでもある。


「はい。それこそが、今からご説明差し上げることでもありました。

 ……彼女、この事件の第二被害者であるターニャさんは、呪具〈盗人の手鏡〉を所持していたのです」

「なっ……!? なるほど、それを使って……!」


 アダムが、驚愕に身をたじろがせる。

 当然だ。呪具は基本的に、所持が禁止されている。

 つまりターニャは、その罪を犯していたということなのだから。


「その通りです。彼女はその呪具を使って、ディーン侯爵とマリーさんの密会を看破した。そしてそれを問い詰めた結果彼が出した答えを聞いて、彼女はこんなことを呟いていたそうです。『許さない……殺して……いや、もっと苦しむことを……』と――」


 その言葉に、兵士たちがざわめく。


「まさか、ターニャ様が振られたことに対する復讐のために、ディーン様を……?」

「馬鹿、ディーン様が殺されたのは、ターニャ様よりもあとだ」

「そ、そうか……」

 

 イマジカはそのざわめきが落ち着くのを少しだけ待ち、続けた。


「ええ、なかなかに穏やかではない発言です。が、しかし彼女は、ディーン侯爵よりも前に死んでいる」

「彼女は復讐を果たす前に、殺された、ということか……」


 兵士の一人がそう呟き、イマジカはそれを――


「いえ、違います。彼女は、『』のです」


 否定する。


(復讐を達成した結果、死んだ……?)


 わけが分からない。誰かに殺されてしまったのでは、復讐もなにも……。


「――どういうことかな?」


 公爵が先を促し、イマジカが続ける。


「……私は、ずっと疑問でした。どうして犯人は、死体の右手薬指を切断する必要があったのか……。そして、どうして全ての死体の状況を、全く同じ状態に揃えたのか……。そんなことをする理由が分からないし、しかも犯人は〈血の報せ〉があることを知っていた可能性が高いのに、わざわざ血の流れる方法を選ぶ理由となると、いよいよもって意味不明です。わざわざ首を吊って殺しているのに、そんなことまでする必要なんて、本来はないはずなのに……」


 そう言われてみれば、確かにそうだ。

 なぜ犯人は、わざわざ見張りに殺人時の状況が伝わるようなことをしたのか。

 そもそもなぜ犯人は、この一連の事件が同一犯によるものだとわかるような殺し方をしたのか……。

 本来なら、全ての事件に統一性を持たせず、捜査を攪乱する方が利口に思える。


「しかしこれらの疑問は、昨夜のターニャさんのその発言を元に『考え方を変える』ことによって、全て納得がいきました」


 ……この謎に、納得のいく理由。それは一体……


「ターニャさんは、『絶対に許さない、殺して……』と、ディーン侯爵を一度は殺そうと考えた。しかし、それでは満足できなかったのでしょう。死というのは全てを奪う行為ではあっても、苦しみを与える行為としては弱いと考えられる場合もある」


 そういう面も、確かにあるかもしれない。

 アリューレ教の基本教義によれば、死は救済であるとすら言われるのだから。

そしてターニャの部屋には、簡易的な祭壇が設けられていた。彼女が敬虔なアリューレ教徒だったことの証左だ。


「そして、彼女は思いついたのです。彼女の言った、『もっと辛い思いをさせる方法』を。つまり――」


 イマジカは、静かに告げた。


「――侯爵と結婚した暁には指輪が嵌められるはずだった自らの右手薬指を切り落とし、そして自らの命を絶つことによって、ディーン侯爵に、一生消えない心の傷を与えることを」


(なっ――!?)


 ターニャの死が、自殺――!?

 いや、しかし、確かにそう考えれば、少なくともターニャの死に関しては、先の謎の全てに説明がつく。

 しかし、それは今のところ、イマジカの、ただの推測でしかない。 

 イマジカのその言葉に、誰かが何かを口にするよりも早く、女性の荒げた声が響く。

 その声の主は、メリッサだ。


「どうしてそんなことが言えるの!? 何か、証拠でもあるっていうの!?」


 そうだ、ターニャが自殺だという決定的な根拠がなければ、イマジカの言ったことは結局、推測の域を出ない。

 今にして思えば、他の二人と違ってターニャの絞殺痕に抵抗の様子がなかったのも、彼女の死が自殺だったと考えれば納得もいく。けど、それだって、直接的な証拠にはならない。

 そもそも、誰かが自殺したことの証拠となるものなんて――


 ここで俺は、あることを思い出した。


(…………いや……ある……)


 そうだ……、そうだ、そうだ……!

 どうして今まで気付けなかった……!? あったじゃないか……!

 俺たちは『それ』を、ターニャの部屋で、見つけていた…………!!


「……〈盗人の手鏡〉……」


 自然と漏れた俺の呟きに、イマジカがにやりと笑う。


「――セニスくん、説明をお願いできますか?」


 俺が気付いたことに、気付いたのだろう。

 意地悪な笑みを浮かべ、イマジカが俺に説明を求める。

 全員の視線が俺を向いて、今更何も言わないことなんてできる雰囲気ではなくなっている。


「え、ええと……」


 咳払いして、続ける。


「先ほどイマジカが説明したとおり、ターニャ様は呪具の〈盗人の手鏡〉を持っていました。そして、その手鏡の正当な所有権がターニャにあることを確かめた。これが、彼女の死が他殺ではなく、自殺であることの理由です」


 俺の説明に、公爵が口を開く。


「すまない、意味がよくわからないのだが……なぜ、それがターニャ君の死が自殺であることの証拠になるのかね?」


 そうか、説明が少し足りなかった。

 俺は昨日、イマジカに質問し、教えてもらったことを思い出す。

 それは、魔法具と呪具の違いについて――


「――皆さんに問います。この国で呪具の生産や所持が禁止されている理由は、ご存知ですよね?」


 兵士長が、それに答える。


「もちろんだ。呪具はその種類や効果が体系的に整理されておらず、事件に用いられた場合にその立証が極めて難しくなる。また、魔法具はそれに込められた魔力が尽きた場合、再び魔法使いによって魔力を込めなければ使えなくなるが、呪具は所有者の魔力が続く限りは使用することができる。更に、魔法具と呪具は所有権の移譲に必要な条件が違って…………」


 そこで、兵士長の言葉が、一瞬止まる。彼も、気付いたのだろう。

 公爵も、そこまで聞いて、「そうか、そういうことか――」と呟いていた。

 そして、再開された兵士長の説明は、ひどく早口になっていた。

 それは説明というよりも、自分の考えを口に出して、それが正しいのかどうかを、再確認しているかのようだった。


「そうだ……、呪具の所有権の移譲は、魔法具とは違う――。魔法具の場合は、互いに合意した状態で魔法具に触れることで所有権の移譲が完了する。対して呪具は、基本的には所有権の移譲はできない。それが可能なのは、呪具を作った呪術師が、誰かにそれを譲る場合。そして、もう一つ――」


 兵士長は、その最後の言葉を、ゆっくりと租借するように口にした。


「呪具の所有者が、場合――」


 兵士長の言葉が終わるのを見計らって、俺は説明を続けた。 


「――そうです。呪具の所有権は、所有者が殺されたとき、その所有者を殺した人物に移譲される。しかし、イマジカがその手鏡をターニャ様の手に触れさせたとき、その手鏡はイマジカの視界を映し出した。

 ――つまり、ターニャ様の呪具〈盗人の手鏡〉は、のです」


 ――人間の魔力は、その命が失われるだけでは無くなりはしない。

 昨夜の火葬式で死者の身体が燃えたときに、その身体に宿る魔力が青い燐光となって放出されたように、魔力が失われるのは、肉体が失われたときだ。

 つまり、ターニャの身体にはまだターニャ自身の魔力が残っていて、それに反応して、呪具の効果が発揮されているのだ。


「このことから、ターニャ様の死が、他殺ではなく自殺であったことを証明できます」



 * * *



 俺の説明を聞いて、メリッサの顔色はみるみる悪くなっていった。

 当然だ。彼女のアリバイは、第二の殺人の発生時――つまり、ターニャが殺されたときに見張りの二人と一緒にいた、ということで成立していた。

 しかし、ターニャの死が他殺ではなく自殺だったことが分かった今、彼女のアリバイは完全に崩れている。

 だが……


「そ、そんな……でも、だからって、私が犯人だってことには……! そうよ! 私は決して、罪を認めたりはしない……!」


 そうだ。だからといって、彼女が犯人であるという証拠にはならない。

 確かに、彼女以外には犯行が不可能だったのだから、少なくとも彼女が殺人の容疑で捕らえられることは間違いないだろう。

 そこからは、彼女が罪を認めるまで、また長い戦いが続いていく。

 誰もが、そう思っていたはずだ。

 だがそこに、イマジカが再び言葉を差し込む。


「いいえ。ターニャさんの死が他殺ではなく自殺だった。このことが、メリッサさん、あなたが犯人であることの証拠にもなるのです」

「なっ……!?」  


 ターニャが、血走った眼を驚きに見開く。


「どういうことよ!?」


 彼女の問いはもっともだ。

 俺も、その理由には思い至らない。

 しかしイマジカは、ゆっくりと、当たり前のことを言い聞かせるように言葉を続けた。


「今回の事件は、第一の殺人から第三の殺人まで、その死体や殺害現場の状況が全く同じ状況であったために、同一犯による犯行であると判断されました。ですが……よく考えてみてください。第二番目の殺人、ターニャさんは、他殺ではなく自殺だったんです。

 ――では、……」


(……!!)


 そうだ。そんなこと、普通は無理だ。

 未来に起きる自殺の状況にあわせて、連続殺人であることを演出できるレベルにまで似せて殺人を行うなんて、普通の人間には到底できるはずがない。

 そう。それこそ――


 


 そしてここには、それが可能な人間は一人しかいない。

 いや、世界中を探しても、もしかすると、ここにしかいないかもしれない。

 だってそれは――


「そうか……〈先見の眼〉……」


 イマジカの眼よりもさらに珍しい、超希少特異体質なのだから――。


 俺の呟きに、イマジカがまた小さく微笑んで、言葉を続ける。


「そうです。――本来それは、一連の事件を同一犯によるものであると錯覚させ、実際には自殺だったターニャさんの死の瞬間にアリバイをつくるための工作だったのでしょう。実際、一度は私たちも、見事にその工作に騙された。

 ――しかし、ターニャさんの死が自殺だったことが彼女の隠し持っていた呪具によって証明された今、その工作は全く逆の意味にひるがえる。

 つまり、のです」


 イマジカは、それを確かめるように言った。


「この事件の犯人は――、メリッサさん。あなたですね」

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