16 事情の聴取(2)

 詳しく聞けば、廊下には明かりはなくほとんど真っ暗闇で、部屋の中から漏れ出た光でぼんやりと人影が見えただけ。かつ、フードをかぶっていて顔も見えず、誰だったのかはわからないとのことだった。


「身長は……俺よりは大きかったと思うけど、あんたより大きいってことは絶対に無かったな」


 得られた情報は一見少ないが、これは極めて重要な証言だ。それに少なくとも、呪術師が殺されたのは深夜だったことが分かった。

 彼の部屋は階下のエントランスへと続く階段の前に面していて、その時階下は、ぼんやりと月明かりに照らされていたとのことだった。

 仮にライルが犯人だった場合、ここまでの証言が全て嘘である可能性も当然存在する。

 それについては後で、を頼って裏を取ってみることにしよう。

 ライルが犯人だった場合、犯行に及ぶためにはどうしても、ある人物の強力が必要不可欠だったはずだから――。

 そしてそれとは別に、ライルが部屋から出て行く前に、最後に一つだけ聴いておきたいことがある。


「ライルくんはどうして、この宿に?」

「もちろん、腕輪の呪いを解いて貰いに来たんダ。あのクソ商人が王都に行ってる間になんとか屋敷を抜け出してきたけど、結局あの腕輪があったんじゃあ、すぐに連れ戻されちゃうからナ。……だから、どうして呪いが解けたのかは分からないし、本当はこんなこと言っちゃいけないんだろうけど、俺はこうなってくれて、結構嬉しいんダ」


 そういって、彼は部屋を後にした。



 * * *



「やあ、待たせたね」

「そんなに待ってはいませんが」


 次にノックとともにあらわれたのは、グーダルク辺境伯だった。


「ふむ。つれないなあ」


 彼はゆったりと歩いてきて、正面の椅子に腰掛ける。


「しかしまったく、この宿はどこに行っても真っ暗だから困ってしまうね」

「いや、あなたの要望が反映された設計ですよね」

「おっと、覚えていたか」


 軽口を叩く彼は、何故だかどこか楽しそう。相変わらず読めない人だ。

 ひとまずわたしは、定型的な質問を行うことにする。……とはいえ、ここまでずっと協力的だった辺境伯に、この問いは野暮というものかもしれないが。


「ええと、それでは早速ですが……、理外の力の明文化に、応じていただけますか?」


 ――だが、彼の返答は、私の予想に反したものだった。


「ふむ。では、その配慮に甘んじて、拒否させてもらおう」

「えっ!? 拒否、ですか」

「うむ」


 ここに来ていきなりの宗旨替え。

 しかし、確かに予想に反した返答だったとはいえ、彼の身に宿っているであろうある体質のことを考えれば、それは意外なことでもなかった。

 彼にとってそれはきっと、少なくとも一方的な能力の明文化という形で明らかにされることは憚られるもの、ということなのだろう。

 しかし彼はどこか楽しそうに、


「拒否した場合は、君が私の身に宿る理外の力について、推論を披露してくれるのだろう?」


 と言ってのける。

 私が放ったシリアスな雰囲気を弛緩させるための軽口かもしれないが、本当に、ただ単に私の推論を聞きたいだけという可能性もあり得るから、この人の心はやはり読めない……。

 どちらにせよ、私は彼の身に宿る理外の力を、まずは己の見聞きした事柄のみで判断しなければならないということだ。

 ――とはいえ、それは既に、私の中である程度整理のついている内容でもあった。


「……ちなみに、あなたの秘密を知ってしまったからという理由で、後から私を始末する、なんてことはあったりしませんよね?」

「まさか。君のような美しい女性を亡き者にするくらいなら、天日干しになって死んだほうがましだからね」


 半分茶化されているが、まあ一応言質はとった。いや、反故にされる可能性ももちろんあるんだけど、彼はそんなことはきっとしないと、なぜだかそう思える。


「では、憚りながら。……まず、あなたの身体には、ある特異体質が宿っています」

「ふむ。それは何かな? そして、どうしてそう思う?」

「あなたがその特異体質であれば、あなたに纏わるいくつかの謎に、全て説明がつくからです」

「ふむ。続けて」

「はい。まず、あなたは百年以上の間、その美丈夫然とした若々しい容貌を保ち、辺境伯として君臨し続けている。それはなぜか」

「いや、いきなり褒められると照れてしまうな」


 そういう訳ではないんだけど……。

 咳払いをしつつ、続ける。


「また、この宿の設計をどうしてこのような――つまり、窓の無い造りとしたのか」

「あの時は、そういう気分だったのかな?」


 彼は白々しく首をかしげる。

 ここまでは多分、彼自身も指摘されることを予想していただろう。

 だが次の指摘は、もしかすると予想していないかもしれない。


「最後に――」

「おや、まだあるのか」


 やはり。

 私は頷いて、あらためて言葉を紡いだ。


「最後に、あなたはどうしてあの晩餐会の場で、のか」


 ここで初めて、彼の目が少し見開かれる。


「――すごいな。そんなところまで見ていたのか」

「探偵の基本は、視界に入ったものをだた見ることではなく、くまなく観察することですから」

「ふむ。覚えておこう。では、それらから導き出される私の特異体質とは、一体なんだい?」

「はい。それらの謎は、グーダルク様がある特異体質であるとするならば、全て解消されます。御身に宿る特異体質、それは――」


 一呼吸おいて、言った。


「『吸血鬼』、ですね」


 しばらくの沈黙。そして私の目を見て、辺境伯は満足そうに大きく頷いた。


「……うん、見事だ。君の言うとおり、私には『吸血鬼』の特異体質が宿っているよ」


 ……よかった。

 ほとんど確信してはいたが、間違いではないと分かると多少ほっとする。


「いくつかの弱点はあるものの、吸血鬼は不死身です。そして、ある時点を境に年老いることも無くなる。だからあなたは、そんなにも長い間、その姿のままで辺境伯として君臨し続けてこられた」

「私自身は、何度もこの立場を降りようとしたのだがね」


 国の英雄である彼を、王族たちがみすみすその立場から下ろすわけが無い。

 彼ほどの人材が北からいなくなるのは、それがそのままこの国の防衛上の問題に直結するだろうから。


「『夜戦の鬼』と称される程夜の戦いに強かったのも、もともとあなたのものだったこの屋敷がになっているのも、全てはあなたが太陽の光に弱い吸血鬼だったから」

「おっと、その異名にまで触れるのか。確かにそれも関係しているが、一説には私と夜を共にした女性が、そのあまりの良さにその異名で私を呼んだのが始まりという説もあるぞ」

「あ、はい……」


 それは正直、どっちでもいい。

 それに、その女好きだって、本を正せば吸血鬼の特質に由来する。


「吸血鬼は美しい異性の血を好みますから、あなたは女好きを装って、夜な夜な美女を連れ込んでいたのでしょう」

「ううむ、それも見破られていたか。――確かに、吸血鬼は異性の血を好み、異性と同性を匂いでかぎ分けることだってできる」


 まあこの人の場合、本当にただ女性が好きなだけというのもあるのだろうけど。


「そして最後に、あなたはデザートの際にだけ、ナイフとフォークを用いて食事をした。……あの日、デザートのときだけは、アイラさんの粋な気遣いによって木製のカトラリーが提供されました。しかしそれまでは、銀のフォークとナイフだった。吸血鬼は銀を触ることができませんから、あなたは仕方なく、素手で食事をしていたんです」


 私の指摘に、辺境伯は「すばらしい。全て正解だ」と手を叩いた。

 ただただ楽しまれているようで釈然としないものの、あの国の英雄が「亜人」に属する特異体質持ちだったということがもし明るみになれば、決して大きくない衝撃をこの国に与えることになるだろうことを思えば、彼の気楽さが逆に清々しいくらいだ。

 この国において亜人は、忌避される存在だ。

 世界の各地に伝承として残っている、世界全てを巻き込んだとされる「千年戦争ミレニアム」。

 それは、天界で勃発した女神アリューレと邪神ダルディアとの戦争がこの地上にまで波及した末の戦いだったとされ、その際、人族は女神側につき、亜人族は邪神側についたとされている。

 最終的にその戦争は女神側の勝利に終わり、邪神と亜人は、この世界から追放された。

 しかしその際、邪神は人族に、最後の力を用いて呪いをかけた。

 それは、人族がその生を受ける際、ごく稀に、亜人として生を受けるという呪いだった。

 その伝承が本当かどうかは定かではないが、現代においても特異体質には「亜人」として分類されるものが数多く存在しており、彼らは、特に女神アリューレの熱心な信奉者たちから、畏怖され、忌避され、場合によっては不当とも言える糾弾の対象となることだってある。

 一般的な亜人でさえそうなのだ、それがこの国の英雄であれば、なおさらのことだろう。

 女神アリューレの熱心な信奉者たちはもしかしたら、彼の打ち首まで要求し始めるかもしれない。

 だから、この国の英雄が亜人であるというのは、決して軽々しく吹聴していい内容ではないのだ。


「グーダルク様、このことは……」

「ああ。――もし君がそうしてくれるというなら、このことは二人だけの秘密にさせて欲しい」

「わかりました。私はなにも、皆さんを納得させる義務があるわけじゃない。ただ真実が分かれば、それでいいのです。このことは、二人だけの秘密に」


 そして、私は彼の理外の力を明文化した。

 彼の特異体質は間違いなく、吸血鬼だった。

 彼は明文化が済むとゆったり立ち上がり、ドアの前まで歩いて、こう言った。


「ああ、もちろん、君に知られてしまった時点で王女に伝わってしまうことまでは覚悟しているから、それは気にしなくていい」

「……っ。そう、ですか」


 彼には、全てお見通しらしい。

 確かに私は、ここで知りえた全てのことを、王女にだけは共有するだろう。

 それは、誰と交わした約束よりも――、場合によっては自身の尊厳よりも、優先して遵守されるべきことだから。

 そうして彼がドアノブに手をかけたところで、私は最後の質問を投げかけた。


「あなたは、レディーファーストといってアイラさんを先にこの部屋へと向かわせた。でも、あなたはあの人は優先しなかった。つまりそれは、ですね」

「……ああ、そうか、そうだったね。まあ、たぶん、君の考えている通りだよ」


 やっぱり、そうだったのだ。


「――わかりました。ありがとうございます」


 辺境伯は軽くウィンクをかまして去っていった。

 彼は偶然を装っていたが、まあ、わざわざ異性と同性の匂いをかぎ分けられるということを説明してみせた時点で、これは彼からのヒントだったのだろう。

 ――私が先入観から見落とし、誤認していた一つの真実。

 異性と同姓との匂いをかぎ分けられる彼が、あの晩餐会の場で、私のことを男だと間違えた結果として宿を共にできる女性を「二人」と言ったはずがない。

 あの場には本当に、宿に泊まる客としての女性は二人しかいなかったのだ。

 私が女だと言うことは私が知っているし、フィリアさんのことも、彼は中庭で美しい女性だと言っていた。

 ……思えば私も最初から、あの人の美しさは中性的な美しさだと感じていた。

 つまり――


 そこまで意識を巡らせたところで、ノックなくドアが開いて、「どうも」とその人物が入ってくる。


「どうも。……セニスさんがなんですね」


 私はあえて、「最後」にアクセントをつけて言った。


「ああ、なるほど。もう気付いてるってこと」

「ええ。セニスさん、あなたは――」


 セニスさんは、女性ではなく、男性だ。

 そして同時に――


「あなたは、『狼男』ですね」


 私のその指摘に、はただ、不敵な笑みを浮かべてみせた。

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