11 調査パート(2)

 残るは、メリッサとアリアからの聞き取りと理外の力の明文化だ。


 二人は兵士と共に館の一室にいたが、イマジカはさらに別室で個別に聞き取りを行った。

 聞き取りの内容は主に、昨日から今日にかけて、地下で何があったのか。

 昨日、アリアが泣いて門から出て行ったことから、事件に関係のある事柄が起きていたとしたら昨日からだろうという推論からだ。

 そして、二人から聞いた内容は大筋のところで合致した。

 二人の証言に間違いはないだろう。


 彼女らの話をまとめると、こうなる。



 昨晩、いつものようにディーン侯爵は一度地上へと出て行った。

 その間はいつも、花嫁候補たちは各自自由に、思い思いに過ごしていた。

 基本的には大広間で過ごすのが常で、ターニャ以外は大広間に残った。

 ターニャだけは、大広間から出て行った。


 しばらくして侯爵が戻ってきた。

 そしてそれを見計らったように、少しだけ遅れてターニャも戻ってきて――、大広間で、ターニャが侯爵に詰め寄ったのだという。


「毎晩私たちを置いてどこへ行っているのかと思えば、可愛らしいお嬢さんとこそこそと密談ですか……? 明日の朝、日が昇る前に、そのお嬢さんに指輪を持ってきてほしいと仰っていましたが……それはどういうことですか?」


 それを聞いた侯爵は身を固くして、「見られていたのか……」と小さくつぶやくと、全員に向けて言った。

 それは、あまりに信じがたいことだった。


「私はこの共同生活の結果を、今君たちに告げよう。私は――、ここの誰とも、結婚はできないと感じた」


 誰もが突然の宣告に驚き固まった。

 どれくらいの沈黙があったかは定かではないが、ターニャがいち早く放心状態から脱し、彼を問い詰めた。


「それは、あのお嬢さんを選ぶということですか!?」

「そういうことではないが、今は何を言っても信じてはもらえないだろう。……無駄な弁解はやめておくことにするよ」


 侯爵は「今日はもう遅い。今日は泊まって、明日ゆっくりと荷物を纏めて帰るといい。……今出ていくというなら、止めはしないがね」そう言い残して、自室へと戻っていった。

 誰もが、何も言えず立ち尽くした。

 しばらくして、ミナリアとアリアは泣き崩れ、メリッサはその場に頽れた。

 そしてターニャは、「絶対に許さない……殺して……いや、もっと辛い思いをさせないと……」などと呟いていた。


 しばらくして、それぞれ何も言葉を交わさず自分の部屋へと戻った。



 アリアは失意のあまり一刻も早くその場から立ち去りたくなり、すぐに荷物を纏めて地上へと出て、そのまま館の外へと出て行った。

 ――その時、俺にぶつかりかけたのだ。

 ――だからあの時、彼女は泣いていたのだ。

 その後は、街の宿屋で宿をとっていて、先ほど自分を探しに来た兵士が事件のことを報せてくれて、ここに呼び戻されたのだという。



 メリッサは、放心状態のまま自室で一夜を明かした。

 そして翌朝、もう一度ディーン侯爵と話そうと思って侯爵のもとに向かう途中、「今、人魚であるマリーを地下に運んできて、それを侯爵に伝えに行く」という見張りの兵士、ランドにばったり遭遇し、どうせ自分も今から侯爵の元に行こうと思っていたので、そのついでに自分がそれを侯爵に伝えることにした。

 その旨を進言するとランドは了承して、そのまま地上へと戻った。

 しかし、いざ侯爵の部屋の前にたどり着くとなかなか勇気が出ず、結局、侯爵の部屋には入らずに、自室に戻ってしまった。

 ――だから、マリーはずっと、大広間で公爵を待っていたのだ。

 その後しばらくして、隣の部屋からミナリアの叫び声がした。

 朝の四時半頃だったはず。部屋にある魔法の時計の時間をみたので、覚えていた。

 恐ろしくなって地上へと逃げ、兵士にそのことを伝えた。

 しかし、侯爵の身が心配になり、やっぱり自分も地下へ降りて、侯爵への状況を自分が報せることにした。

 先は勇気が出なかったが、今はそんなことを言っている場合ではないと自身を奮い立たせて。

 しかし、侯爵の部屋にたどり着いたとき……、侯爵は既に、死んでいた。



 全てを聞き終え、イマジカは二人の了承を得て、それぞれの理外の力を明文化した。

 先に話を聞いていたアリアの結果は、特になし。理外の力は出力されなかった。

 次に話を聞いたメリッサも、特に何も出力はされないだろうと予想していたが……


「おや……?」


 文字が、浮かび上がってきた。

 そして、二つの能力が明文化された。

 それを見てイマジカと俺は、驚きに目を見開いた。


++++++++++++++++++


魔法〈風の揺り籠〉

 魔法をかけた対象を、風の力で浮かせ、移動させることができる。

 許容できる対象の重さや大きさは、術者の魔力に比例する。


特異体質〈先見の眼〉

 一日に一度、一人だけ、眼で見た人物の未来を

 一日後まで見通すことができる。


++++++++++++++++++


「先見の眼……ですか……!? 私の眼よりもさらに珍しい、超希少特異体質じゃないですか……!」


(他人の未来を見ることができる眼――)


 確かに、そんな特異体質が存在するらしいと、噂程度には聞いたことがある。

 ……しかし、本当に実在していたとは……。

 ――〈風の揺り籠〉を使えば、首を吊ることも容易だっただろう。しかし、だからといってアリバイが崩れるわけでもないし、〈先見の眼〉も、他人の未来を見ることができるからといって誰かを殺せるわけでもない。

 今回の事件には関係ないだろうが……、あまりにも珍しすぎて流石に食いついてしまう。

 メリッサは、「黙っていて申し訳ありません。これを知られると厄介なことに巻き込まれかねないので、絶対に誰にも言ってはいけない、とお父様からきつく言い渡されているのです……」と頭を下げた。


「いえ、頭を上げてください。それは、当然のことだと思います……」


 イマジカは逆に申し訳なさそうにメリッサを宥めると、


「ちなみにこの二つの理外の力について、必要になった場合皆さんにお伝えしても……?」


 と確認を取る。

 メリッサは逡巡の後、「はい。もし必要になった場合は、そうしてください」とそれを了承した。

 


 事情聴取を終えたイマジカはすぐさま、俺と兵士長を連れて、もう一度地下へと向かった。

 黙々と歩いていくイマジカ。一体なんだっていうんだ……。


「なあ、どうして、もう一度地下に行くんだ?」


 たまらず訊くと、歩きながら、彼女は言った。


「先ほど聞いたターニャさんに関する話で、おかしな点がありませんでしたか?」


 兵士長は「……さっぱりだ」と即刻お手上げだ。かくいう俺も、


「第二の殺人の被害者、ターニャ嬢か……いや、俺も思い至らないな」


 イマジカは歩く先を向いたまま、静かに言った。


「……兵士長。見張りの方たちの話によれば、昨日から事件までにかけて、地下から出入りしたのは、ディーン侯爵とマリーさんだけだった。……そうですよね?」

「ああ、そうだが……ん!?」

「……あ!」


 俺たちの反応に、イマジカが小さく頷く。

 確かに、先ほどの兵士からの報告でも、出入りした中にターニャの名前は上がらなかった……。


「気づかれたようですね。……地下から出入りした人物の中に、ターニャさんはいない。……――?」



 ターニャの部屋にたどり着いて、イマジカは部屋の中を細かく調べ始めた。

 そしてしばらくして、ターニャが自身で用意したという簡易祭壇の下から、一つの手鏡を見つけた。それを見つけたイマジカは、「やはり……」と呟いた。

 何も知らずに見れば、何の変哲もない、ただの手鏡だ。

 しかしその手鏡には、見覚えのある紋様――、ヴェンディの呪いの紋様が浮かび上がっていた。

 つまりそれは――


「〈〉……!」


 思わず、声に出していた。

 呪術師ヴェンディは、三枚あった内の二枚は既に売ってしまったと言っていた。

 その内の一枚が、こんなところに……。


「そうです。ターニャさんは、この手鏡で公爵の視界を盗み見、会話を盗み聞いていた。だから、外へ出ていないのに、マリーさんとの密会を知ることができたのです」


 イマジカは、その手鏡を、先ほどまでは天井から吊られ、今は床に寝かせられているターニャに持たせた。

 すると――


「……当たり、だな」

「ええ……」


 鏡には、イマジカの視界が映った。

 その効果の通り、所有者であるターニャの直前にそれを持っていたイマジカの視界が映っているのだ。

 ……これで、この手鏡がターニャに所有権が宿る呪具だということが証明された。

 イマジカの予想した通り、ターニャはこれを用いて、ディーン侯爵とマリーの密会を暴いたのだろう。

 ……だが、だからなんだというのだろうか? それがわかったところで、今回の事件には何も関係が――


「セニス君」

「お、おう」


 急に呼ばれるとびっくりするからやめてほしいんだけど。


「これから、私の指定する関係者の皆さんを応接間に集めて頂けますか?」


 え……?


「まさか……」


 今ので、分かったのか――?

 イマジカに目を向けると、彼女は大佐が頷いてみせた。

 まだ俺にはさっぱりわからないが、彼女がそう言うということは、間違いないのだろう。


「――わかった。ちょっぱやで行ってくる。――イマジカ嬢は、準備を」

「ええ」


 それを聞いて、兵士長がその屈強そうな体躯に似合わず狼狽えていた。


「な、なんの準備をするというのだ?」


 それに、イマジカが「もちろん――」と答える。


「この事件の犯人を、皆さんにお伝えする準備です」



 * * *



 蒼穹の頂点に日が達した頃。

 若干の蒸し暑さに支配された応接間に、緊張と混乱が密かに渦巻いていた。


「これは……なにが始まるのですか?」


 アリアが呟き、「さあ……」とメリッサが首を傾げている。


 ――ヴィスタリア公爵家の館。

 その応接間に、事件の関係者が一堂に会していた。


 ヴィスタリア公爵が部屋の奥にあるテ―ブル備え付けの椅子に座り、その隣には兵士長が立っている。その他の面々――マリー、ランド、アダム、アリア、メリッサ――は少し間を空けて、公爵たちに向かう形で弓なりに広がって立ち並んでいる。その後ろに、兵士団の面々。

 ……そして、公爵たちとその他の面々の間には、二人の男女。

 長身で男前な顔立ちの、くせ毛な女。

 小柄で可愛らしい、使用人メイド服を着た男。

 女は、かの王国の至宝・リーリア王女のお抱え探偵として名を馳せる、イマジカ・アウフヘーベン。そして男は、その助手であるセニス・インベントだ。

 今しがたマリーを連れてランドとアダムが入ってきて、ようやく事件の関係者が揃ったことになる。

 イマジカが公爵に「では、始めても宜しいでしょうか」と確認をとって、公爵が首肯する。

 そして、それは始まった。


「皆様にお集まりいただいたのは他でもありません。今朝この館で発生した事件の――その真相が、分かったからです」


 イマジカの言葉に誰もが身を固くして、それぞれの顔を密かに盗み見る。

 瞬く間に、応接間を緊張と静寂が支配した。

 そして、公爵が問う。


「つまり、そういうこと、と考えてよいのだな?」


 イマジカは、「はい」と力強く頷き、言った。


「犯人は、この中にいます」

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