15 事情の聴取(1)

 私は自室の205号室に入り、部屋の四隅とテーブルに置かれた燭台に新しい蝋燭を差して火を灯す。

 そして、備え付けの椅子に腰掛けた。


「ふぅ……」


 これまで睡眠もとらず動き詰めだったため、どっと押し寄せる疲労感に思わずため息が漏れてしまう。

 うーん。こんなだから、旦那呼ばわりされてしまうのかもしれない。

 ――と、どうでもいいことに意識をもっていかれそうになるのを頭を振って切り替える。

 おあつらえむきに一台のテーブルに二台の椅子が備え付けてあったので、もう一人には対面に座ってもらうことにしよう。


(とにかく、この聴き取りと理外の力の明文化で、結論を出さないと……)


 この国では、容疑者の拘束は一日が限度とされていて、それ以降の聴取は全て任意となり、法的な拘束力はなくなる。それは偏に、探偵誕生以前、この国では犯罪捜査という行為がほとんど無意味だと考えられていたからだ。

 探偵という官職が確立された今でさえ、その風潮は根強い。

 もちろん王女派は法改正を進めようとしているが、国王派の反対によりそれも難航状態にある。

 だから、彼ら容疑者を、いつまでもここに引き止めることはできない。


(少なくとも、セニスさんは私のこと嫌ってる気がするし、任意では応じてくれそうにないからなぁ……)


 そんなことを考えながら後頭部に両手を組んで身体を椅子ごと後ろにゆらゆらさせていると、ドアをノックする音が耳を打って、あわてて体勢を正す。


「ど、どうぞ」


 ドアが開く。

 さて、一人目は誰だろう。序列的に、やはり辺境伯あたりだろうか。

 そう考えたが、開いたドアの先にいたのはアイラさんだった。


「――こちらへ」


 私は半分立ち上がって、対面の席へ座るよう手で促す。

 アイラさんは足音をほとんど立てず歩いてきて、小さく会釈するのを忘れず椅子に腰かけた。

 ――長年の使用人生活で、これらの所作が身体に染みついているのだろう。

 同時に私も腰を戻す。そして、やはり気になったので雑談程度に触れてみることにした。


「アイラさんが最初とは、ちょっと意外でした。アイラさんが無実なのはほとんど分かっていますし、最後をお望みになるかと」

「私もそう言ったんですが、グーダルク様が『こういうのはレディーファーストだから』と仰ってくださいまして」


「ああ……なるほど」彼がいかにも言いそうな台詞だ。

 まあ、であれば、ささっと明文化して済ませてあげるべきだろう。


「念のため確認させて頂きますが、ご自身に宿る理外の力が明文化されることを拒否されますか?」

「いいえ。これがイマジカ様のお役に立つのならば、喜んで」

「わかりました。――では、はじめます」


 私はテーブルの上に羊皮紙を広げる。


「私の目を見てください」


 ――これは別に必要な手順ではないのだが、まあ、なんとなくこの手順がルーティーンと化している。

 理由があるとすれば、多分私は、相手と目を合わせて明文化を行うことで、一方的な能力の使用ではないこと――、同意の上での能力の使用であることを、暗に示したいのだろう。ずるくて女々しい話だとはおもうけれど――、っていやそもそも女だし。まあ、そんな程度の理由だ。

 アイラさんが私の目を見る。

 私は真実の眼を、使した。

 羊皮紙に、魔法、呪い、特異体質……それらの文字が浮かび上がり――消えていく。

 それらの下部には、

 つまり、彼女は魔法を習得していないし、特異体質でもない。

 そして――


「呪いに……かかっていない……?」

「えっ……」


 私の言葉に、アイラさんが驚きに身を固くする。

 彼女は視線を落とし、


「呪いの紋様は――」


 エプロンドレスの服の胸元を大きく開く。


「紋様が、ない……」


 彼女が呟いた通り、果たしてそこには、黒薔薇の紋様は認められなかった。

 彼女は私に驚きに見開かれた目を向けて呟いた。


「呪いが、解けてる……?」


 どういうことだ。なぜ、彼女の呪いが……。

 そうだ、そもそも、彼女は呪術師から、私を見張り、決して逃がさないようにとされていた。つまり、本来であれば彼女はその呪いによって、呪術師が死んだからといって、あの地下牢から私を逃がしていいはずがなかったのだ。それができたということは、呪いが解けているということ。

 ……しかし、昨夜見せてもらった彼女の呪いの紋様は、黒薔薇の紋様だった。

 つまりあれは間違いなく、グラムルのかけた呪いだった。

 だが、グラムルはそれを解く前に、何者かに殺されてしまった。

 それが解けているということは……。


「わ、私っ――、ずっとイマジカ様と一緒に地下にいました!」


 そうだ。そんなはずはない。

 彼女がかつて路地の奥で呪術師を殺して呪いが解けたように、グラムルを彼女が殺し、かつてと同じく何らかの理由から呪いが解けた可能性を一瞬想像したが――、それは不可能だ。

 グラムルが地下牢から自室に戻ってから、彼女はずっと私といた。

 彼女に、グラムルを殺すことはできない。

 しかし、ではなぜ、呪いが解けたのか?

 私はそれを思案し、あることを思い出した。

 ――そういえば地下牢でグラムルは、こんなことを言っていた。

 私に、『殺されるわけにはいかない』と。

 私であれば、その言葉の意味が理解できるはずだと思った、と。

 その後にも、私が呪いにかかっていると勘違いしていたような口ぶりだった。

 つまりこういうことになる。

 彼は――


……?」

「……どういうことです?」

「辺境伯は、どんな呪いも等しく解くことのできる方法があると聞いたことがあると言っていたんです」

「どんな呪いも等しく……そんな方法が本当に……?」

「ええ――。恐らく、本当に存在したのでしょう。そしてそれは、私の予想が正しければ――」


 


「なっ――!」


 アイラさんは口元を押さえ、絶句している。

 それはそうだろう。私が口にしたのは、『呪いをかけられた呪術師を殺してはいけない』という、従来の呪いに対する価値観を完全にひっくり返す内容だったから。


 ――あの時グラムルは、私か、もしくは狼男のどちらかだけがここを訪ねていたら、泊めることはなかっただろうと言っていた。

 あの時はただ不可解な物言いだったと思っただけだったが、解呪の方法が私の予想通りだとするならば、それにも説明がつく。

 狼男の額には、わたしのつけた、裂傷の呪いの付与された短剣による裂傷があった。

 つまり彼も、間接的に呪いにかかっている状態だったことになる。

 そうだ。グラムルはあの時、『明日、約束通り狼男の額の傷の呪いを解いてやる』というようなこと言っていた。

 要するに彼らは、私を捕らえることを狼男が手伝う代わりに、呪いを解いてやるという契約をかわしていたのだ。

 もし仮に、私一人だけがこの宿を訪れていた場合、私を捕らえるために必要な手ごまが足りない。そうなれば、彼は私に殺される可能性が出てくる。だから、私を泊めることができない。

 もし狼男だけがこの宿を訪れていた場合も同様だ。狼男を捕らえるための手ごまは無い。

 どちらか片方を泊めたとき、殺害されるリスクを無くすためには、彼は呪いを何の見返りもなく解く以外に無くなる。

 だから、どちらか片方がこの宿を訪れた場合、どちらも泊めることはできなかった。

 私が彼の呪いにかかっていると勘違いしていたからこそ、そして狼男が彼の呪いに間接的にでもかかっているからこそ、彼が私たちをこの宿に泊めることは、大きなリスクを伴うことだったのだ。


 ――。



 * * *



 次に部屋を訪れたのは、ライルだった。

 先ほどは手を隠していたらしく気が付かなかったが、対面に座った彼の手には、腕輪は無かった。

 つまり、やはり呪いは、解けているのだろう。


「腕輪、外れたんだね」

「ああ。昨日の夜、腕に違和感を覚えて目が覚めたんダ。そしたら、腕輪が外れてた」


 やはり昨夜、呪術師が殺された時点で、呪いは解けたのだ。

 彼の理外の力を出力してみても、彼の身には何の力も宿ってはいなかった。


「ありがとう。あとは、昨日の夜のことを聞きたいんだけど……昨日の夜、ライル君は起きて、何をしていたの?」


 彼が犯人かどうか、その判断は既に私の中で済んでいたが、念のための確認。

 そのつもりだった。

 だが彼は私の問いに、思わぬ答えをもって返した。


「オレ、昨日の夜、腕輪が外れた理由を聞こうと思って、すぐに呪術師の部屋に向かったんだ」


 なっ――!?

 心の中で大きく驚くが、なんとか冷静を保って、続きを促した。


「う、うん。それで?」

「でも、呪術師の部屋には入らなかっタ」

「どうして……?」

「部屋の中から、人が出てきたから」

「なっ――!?」今度こそ、声に出た。

「オレは廊下の曲がり角からこっそりみてただけだから気づかなかったみたいだけど、出てくるとき、そいつは『さようなら』って言ってタ。それで怖くなって、部屋に戻ってベッドにくるまったんダ」


 思わぬところで、思わぬ目撃証言を得られた。

 彼が犯人であり嘘をついているわけでなければ、これは現時点で最も重要な証言と言えるだろう。


「ら、ライル君は、犯人を見たってことだね……。ちなみに、それは間違いなく、人だったんだよね――?」


 小さな目撃者は、自身満々に言った。


「幽霊だと思ってるのカ? 意外と子供だナ。フードを被ってて誰だったのかまではわからないけど……。そうだナ。あれは間違いなく、人だっタよ」

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