7 兵士の証言

 イマジカ、俺、兵士長、事件当時見張りだった兵士のアダムとランド、そしてヴィスタリア公爵。

 この六人が、公爵家の応接間に集まっていた。

 そして、


「馬鹿な……!?」


 ヴィスタリア公爵が、ほとんど叫びみたいな声とともに机を叩いて立ち上がる。


 ――ようやく、日が本格的に昇り始めた頃。

 書斎にいたヴィスタリア公爵を応接間へと連れ、そこで、兵士長がそれを伝えた。


「ディーンが……私の息子が……死んだ……?」


 公爵はよろよろと崩れ落ちるように、椅子にその身を戻す。

 ……いや、崩れ落ちた先に椅子があったというほうが正しいだろう。

 彼は威厳などとりつくろう余裕さえなく、上半身を椅子の背に力なくもたれさせている。


「私がいながら、申し訳ありません。……責任は全て、兵士長である私にあります」


 前に一歩出た偉丈夫――兵士長は、沈痛な面持ちで、しかししっかりとした口調でそう言った。

 それをみた事件当時の見張りだった二人が、静かに息を飲むのがわかる。


「……いや……これは、お前たち兵の責任などではない。全て、この殺人を犯した者の責任だ……」


 公爵は、最初の一瞬こそその行き場のない怒りを兵士長にぶつけるようとするように表情を荒げて見せたが、それを堪え、力なくそう返した。

 俺はそこにあらためて、公爵の「強さ」を見た気がした。


「寛大なお言葉、感謝いたします……しかし、我々にぬかりがあったこともまた事実。それについては、追って正しき処罰を」

「……わかった。しかしその罪は、私にこれからも誠心誠意仕えることで返してもらうとしよう。……それで、何があったのか、詳しく聞かせてくれるな」

「……はっ。では、まずはランド、頼む」


 兵士長は目を少しだけ潤ませながら、今朝の見張りのうちの一人、ランドに説明を求めた。



 朝の見張り交代のすぐあと、一人目の被害者、花嫁候補の一人であるミナリアの杯から、血が溢れ出した。

 その後、見張りが兵士長たちの救援を待っている間に、地下から花嫁候補の一人であるメリッサが駆け上がってきて、隣の部屋から叫び声が聞こえてきたという説明を受けている間に、二人目の犠牲者、ターニャの杯から血が溢れ出した。

 最早一刻の猶予もないとアダムが地下へ下り、それを追ってメリッサも地下へ下りた。

 しばらく後、兵士長たちが到着し、ランドが急いで説明を行い、見張りを三人残して、兵士長たちは地下へ降りた。

 まさにそのとき、どこからか不思議な歌が聞こえたかと思えば、三人目の被害者である、ディーン侯爵の杯からも、血が溢れ出した。


  ……と、ここまでの部分は、ほとんどイマジカと俺がランドから聞いた話のとおりだ。


「〈血の報せ〉か……くそっ……どうして魔法というのは、肝心なときに役に立たないのだ……」


 ランドの説明をきいて、ヴィスタリア公爵が、肩を震わせて憤る。

 しかし、イマジカが言うには、ヴィスタリア公爵はそう言ったが、離れた誰かの安全を確認する方法としては、これでも、今開発されている魔法具の中では使い勝手がいい方なのだという。

 本職の魔法使いを見張りに常駐させるならまだしも、魔法具でそれを補おうとした場合の限界は、やはり血の報せあたりが限界なのだそうだ。

 イマジカ曰く、「確かに魔法は超常の力を行使できますが、万能というわけではない」らしい。

 

 次に、真っ先に地下へと下りた見張りの兵士、アダムの視点からの説明がなされる。



 アダムは応援を待たず、階段を下りた。

 そしてその途中、後ろから自分を追いかけてくる足音に気付き、階段を下りた先の広間でその足音の主を待った。

 それは今しがた階段を駆け上がってきたはずのメリッサで、彼女はディーン公爵には自分が状況を伝えると言った。

 アダムは一瞬迷ったが、事実、ディーン侯爵と花嫁候補たちの部屋は逆方向にある。

 アダム自身も、まず最初に自分が向かうべきはどちらかぎりぎりまで悩んだ末、ディーン公爵の下へと向かおうとしていた。

 だが危険なのは、なんらかの被害が出ていることが確実な花嫁候補たちの部屋がある方だ。

 であれば、まだ安全である可能性が少しでも高い侯爵の下へは、メリッサに行ってもらったほうがいい。

 それに、今から彼女を説得して地上へ戻らせているような時間もない。

 少なくとも二人目の杯から血が溢れ始めた時、メリッサは自分たちと一緒にいた。このことからメリッサは信頼できるはずだと判断して、メリッサには侯爵の下へ向かってもらった。

 アダムは長い通路の先にある四つの部屋のうち、まずはメリッサと、そしてアリアの部屋を開けた。

 地下にはそもそも侵入者が入ることを想定していないので、地下の部屋に鍵は存在しない。

 メリッサとアリアの部屋には、誰もいない。

 メリッサは侯爵の下へ向かっている。アリアは、昨夜地下から出て行ったきり、戻ってきていない。

 二人の部屋には、犯人らしき者の姿はない。

 次に、ミナリアの部屋を開けた。

 そこには、ミナリアがいた。

 近くには、蹴倒された椅子があった。

 ミナリアは、天井に張られた木枠から伸びたシーツで首を吊っていた。そして、左手の薬指が切断され、その指から止め処なく血が流れ出て、血溜まりを作っていた。床には、その薬指と、指を切断したものと思われるナイフが落ちていて、近くには、蹴倒された椅子があった。

 ナイフは、共同生活の中で簡単な料理なども可能なようにと、それぞれの部屋に配置されていたものだった。その他にも部屋の中には貴族令嬢に似つかわしくないものも含めて多くの調度品が揃っているのは、仮にも貴族令嬢を招いているのだから、不足があってはいけないという公爵の配慮だ。

 だがそれが今は、裏目に出てしまっている――。

 そしてその部屋にも、犯人らしき人物はいなかった。

 アダムは、ミナリアはもう助かる見込みはないと判断し、次に、ターニャの部屋を開けた。

 この時点で、これが自殺ではく他殺であることがわかった。

 なぜならそこに広がっていたのは、ミナリアのときと全く同じ光景だったからだ。

 ターニャもまた首を吊られ、左の薬指を切断されていた。

 近くには、蹴倒された椅子もある。

 その部屋にも、犯人らしき人物はいなかった。

 もう一度各部屋を軽く見て、誰も隠れていないことを確かめてから、通路を引き返し、ディーン侯爵の部屋へと向かった。

 その途中で、不思議な歌が聞こえた。大体、十五秒程度。

 歌が聞こえたのは、それが最初で最後だった。

 そして、広間に出たとき、丁度兵士長たちが下りてきて、彼らに合流し、状況を説明した。


「地下には、地上に見張りに残した三名を除いた私兵団の全員で向かった。それで間違いないですよね?」

「ああ。何が起きるのかわからなかったので、全員で向かった。それで間違いない」


 イマジカの問いに兵士長が答えて、説明を引き継ぐ。



 兵士長は、アダムを含む地下に降りた兵士たちを三つに分けた。

 第一班は、少数で、念のためアダムが確認してきたという花嫁候補たちの部屋を、再度捜索させる班。

 第二班は、第一班を引いて残った兵の半数で、広間の奥にある大広間に誰かが潜んでいないかを確認する班。

 第三班は、残りで侯爵の部屋へ向かう班。兵士長は、この班を率いた。

 そして、全ての班が即座に行動を開始した。

 ……だが、全ては遅きに失していた。

 兵士長率いる第三班がディーン侯爵の部屋についたとき、扉は開け放たれていて、中からは女の咽び泣く声が聞こえてきていた。

 警戒しつつ中に踏み入ると、もう、侯爵は生きてはいなかった。

 侯爵は首を吊られ、薬指を切断されていた。

 近くにはやはり、蹴倒された椅子。

 その死体にすがりつくように、血溜まりの中で、メリッサが泣き崩れていた。


 メリッサを落ち着かせて簡単に話をきいた限りでは、メリッサが到着したときには既に侯爵は死んでいたという。

 この時点で、この一連の事件がただの偶発的な連続自殺ではなく、同一犯による連続殺人であることを確信した。

 そして、メリッサを連れて一度部屋を出て、兵士長は広間へと戻った。

 第一班が既に戻っていて、やはり花嫁候補たちの部屋には誰も潜んではいなかったと報告を受けた。

 そしてそこに、丁度第二班が戻ってきた。

 第二班の班長は、大広間にいたある人物を連れて来たと言った。

 それは、一人の女だった。

 女は今朝、見張りたちの許可を得て、地下に下りていた女性だった。

 どうして見張りが許可したのかというと、彼女のことは、侯爵から兵士たちに「人魚の女性が尋ねて来るが、彼女のことは通してかまわない」と事前に説明があったからだ。

 大広間で、椅子に座っていたところを見つけたのだという。

 そこで兵士長は思い出した。


 人魚には、男性を操る能力があることを――。


 そして兵士長は、昨日の見張りだった兵士に昨日の状況を聞いて、昨日から事件までに地下から出入りしたのは、ミナリアが死んだ後に一度地上へ逃げ出てきたメリッサを除けば、ディーン侯爵と、人魚のマリーが入ったのみであることを確認した。


 ここまで説明し、兵士長は最後に、こう締めくくった。


「そして私は、ここまでに得られた情報から、今回の事件の犯人がその人魚、マリーであることを確信し、彼女を殺人の容疑で捕縛したのです」

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