探偵は王女と踊る

角増エル

〈第一章〉呪術師殺人事件

◆プロローグ◆

 1 青く光る国

 ある日、ある町のある宿で、一人の呪術師が殺された。

 その事件はある時点で容疑者の誰にも犯行は不可能に思われ、誰もが一度は事件の迷宮入りを予感した。

 ……本当なら、それでも良かったんだ。

 あの事件はきっと、迷宮入りしていた方がよかった。

 だけど、私を送り出したとき、王女は言ったのだ。


『あなたはそこで、王女わたしの探偵として為すべきことをなしなさい』


 であれば私は、その言葉に忠実であらねばならなかった。咎を負うべき「犯人」を突き止め告発しなければならなかった。

 そう、たとえそれが――


 どんな不条理であっても。



 * * *



 見上げるほど高い外壁の門を潜って、馬から降りる。


(ん、うう……っ)


 無理がたたって痛めた腰を叩きながら一つ大きく深呼吸をすれば、木、鉄、油、花、香水、家畜、香辛料――多種多様な香りが混じりあう独特の匂いがいつも、私のいるこの場所がどこであるのかを思い出させてくれる。


 私の育った国の名は、大陸中央に位置する王国「クリスタ」。

 私が今門をくぐり足を踏み入れたのは、その王都。「世界の全てが集う場所」とも称される、花の都「ディンブルク」。

 はるか昔、「千年戦争ミレニアム」の末期に女神アリューレが降臨した地として伝えられ、千年戦争終結の舞台ともなった土地。それが関係しているのかは定かではないが、クリスタの魔力濃度は他国に比べてすこぶる高い。

 魔力濃度の高さに比例するように「魔法」の素養に恵まれた者や「特異体質持ち」も多いこの国は、遥か昔から現在に至るまで、畏怖と畏敬の念を込めてこう呼びならわされてきた。

 魔力の源泉であり、魔力の還る場所。

 魔力と魔法を統べる国……「魔法大国」、と。


 クリスタに住む私たちにとって、魔法はあまりに身近で、あまりにありふれたもの。

 外からは高い外壁に阻まれ見えはしないが、ひとたび内側へと足を踏み入れれば、階段状に高くなっていく都市の様子が一望できた。最上部に聳える王宮を、雲ひとつかかっていない小望月が照らしている。

 女神アリューレの祝福とも呼ばれる月の光は、魔力を生み出す。そして魔力が満ちたこの国は時折、一説にはそれが国名の由来であるとも言われる淡い青色の燐光に包まれる――

 幼いころから見慣れたそんな景色も、暫くぶりに見ると感慨深い。


「ようやく、帰ってきた……」


 思わず独り言ち、


(って、何一人で感傷に浸ってるんだわたしは!)


 羞恥に苛まれつつ、長旅にへこたれることなく付き合ってくれた愛馬の眉間を撫でてやる。


「登りだけど、もう少しだけお願いね」


 彼はヒヒンと小さく嘶くと、軽やかに蹄鉄を鳴らしてみせる。まだまだいけるぞ、ということらしい。


「じゃ、行こうか」


 そして私たちは、王宮へと――私たちのあるじの元へと、歩みを進めた。

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