9 不可解な点

「――ディーン侯爵は、犯人ではないと考えて間違いないでしょう。……まあ、そもそも、殺した二人と状態を全て揃えて自分も自殺するなんて、動機の時点で無理があるとは思いますが……」


 ……というイマジカの指摘に対する反駁はんばくの材料を、俺は持っていない。

 というか、これは完全に俺の間違いだったと認めざるを得ない。


「も、申し訳ありません……」


 平身低頭謝罪すると、公爵は弱よわしく手を振った。


「よいのだ。……しかし、やはりそうなると、犯人は人魚か……」


 侯爵の呟きに、兵士長が答える。


「ええ。今回の殺人が可能だったのは、人魚である彼女だけでしょう。……とはいっても、『彼女自身』による殺害は、難しかったはずですが」

「それは、どういうことだ?」

「ご説明します。まず彼女は、現在、下半身が魚の状態なのです。昔語りの通りであれば、人魚は、午前中は下半身が魚の姿になる。……つまり、地上を歩くことができません。そんな人物が、人を殺して天井から吊るすのは不可能でしょう。それに、花嫁候補たちの部屋とディーン侯爵の部屋には結構な距離があります。足のない彼女が、ミナリア様とターニャ様を殺した後、遠く離れたディーン侯爵の部屋まで這いずってディーン侯爵を殺害し、天井から吊るす……そんな時間は、どう考えてもなかった」

「ふむ……では、どうやって殺したというのだ?」


 公爵の問いに、兵士長は小さく頷いで答える。


「……公爵閣下は、〈人魚の歌〉についての伝説をご存知ですか?」

「もちろんだ。人魚は、その歌で男を操ると――。ああ……、なるほど」

「……そうです。人魚はその歌で、ディーン侯爵を操ったのです」


 なっ……! そうか、それなら……。


「そして、自身を担がせるなりして、花嫁候補たちの部屋まで行く。ディーン侯爵にアメリア様を殺させ、天井から吊るし、指を切断。次に、ミナリア様も同じように殺す。その後、ディーン侯爵に自身の指を切断させ、自殺の要領で首を吊らせる。……全ての死体の傍には、蹴倒けたおされた椅子がありました。これは、最後の侯爵の死が、歌によって操られたゆえのものである思わせないための、カモフラージュのつもりだったのでしょう」


 そういう、ことだったのか……。


「――確かに、ディーン侯爵は目が見えなかった。しかし、人魚が操っていたなら、人魚自身がその目の代わりになることで、犯行が可能になる。つまり、この事件において犯行が可能だったのは、ディーン侯爵を操ることができる人魚、マリーだけだったのです」


 兵士長が、そう力強く宣言する。


「……やはり、人魚が……」


 公爵は、両手で顔を隠し、天井を見上げた。

 表情は読み取れないが、きっと悔しいのだろう。

 ……当然だ。

 彼は、自身が差別を無くそうと腐心している対象である亜人に、自分の息子を殺されたのだから――。

 人魚が、貴族令嬢二人と、侯爵を殺した。

 この事件は、瞬く間に国中へ広まるだろう。

 そうなれば、王女や公爵が長い時間をかけて進めてきたその計画も、全てが水泡に帰するだろう。

 彼はこの事件で、同時に二つの大事な物を奪われたのだ。


 誰もが何も言えずに押し黙っているその場で、一人だけ、何かを呟いている人物がいた。


(――イマジカ――?)


 彼女は下を向いて、何かを呟いている。


「だって……うん……。やっぱり、不可解ですね……」


 不可解……?


「イマジカ、何を……?」


 すると彼女は顔を上げ、兵士長の目を見て言った。


「確かに、兵士長さんの言ったことはきっと、ほとんどが実現可能な内容でしょう。ですが……いくつか、解せない点があります」

「……ふむ。聞かせてくれ」


 兵士長に頷いて、イマジカは続ける。


「まず、兵士長のお話しの通りであった場合、彼女は少なくとも、ディーン侯爵に自身を担がせてからディーン侯爵に自殺をさせるまでずっと、歌っていなければならない。その歌に、誰も気づかなかったのでしょうか?」

「ううむ。まあ、確かにそうだ。……とはいえ、朝早かったから、まだ誰も起きていなかったのかもしれない」

「いや、少なくとも、叫び声をきいて地上へ逃げたというメリッサさんは、起きていたはず。であれば、その歌声を聞いていたはずで、そのことを見張りの二人に伝えるのが自然では?」

「……ふうむ。まあ、ディーン侯爵にだけ聞こえるよう、声量を抑えて歌っていたのかもしれないな。それに、本当は男を操るのに歌をずっと歌う必要などないのかもしれない」

「なるほど。それについては、今ここではなんとも言えない部分ですね。もう少し、調べてみる必要があるでしょう。歌についても、私が昨日、歌が終わった瞬間に我に返る人物を見ただけなので、信憑性にかける。……ただ、もう一つあります」

「ま、まだあるのか」

「はい。それは……どうして彼女は、ディーン侯爵殺害のあと、現場に残っていたのか、という疑問です。あの状況で現場に残っていれば、どう考えても自分が犯人だと疑われるのは避けられないのに」

「まあ、逃げることはできなかったから、仕方なく、というところかな。運よく見つからない可能性に賭けたとか」

「いや、それはないでしょう。先ほどの説明では、『椅子に座っていたところを見つけた』と言っていた。本当にその可能性に賭けていたのなら、流石に椅子に堂々と座っているようなことはしないと思います」

「ふむ、確かに」

「となると考えられるのは、彼女は最初から自分が捕まることを前提にこの殺人を犯したという線ですが――、それは、先ほど兵士長さんが仰られたことと矛盾する」

「と……いうと?」

「死体の傍にはいずれも蹴倒された椅子があり、それは、最後の殺人が歌によって操られた結果であることを隠すためのカモフラージュであるという点です。……仮に彼女が犯人で、最初から自分が捕まることを前提にこの殺人を犯していたとしたら、そんなカモフラージュをする理由なんてないと思いませんか?」


 ……確かにそうだ。マリーが犯人だった場合、それらの疑問は避けて通れない。

 イマジカの疑問に、誰も答えることができない。

 イマジカはそんな面々を見渡して、言った。


「ですので私は、この事件について、あらためて、私の手によって、調査させて頂きたいと思っています。私の眼の力があれば、また新たな事実がわかるかもしれない。それに、メリッサさんとマリーさんによる殺人の線が薄くなった今、その二人以外に本当に犯行が可能な人物がいなかったのかも、しっかりと調査したほうがいいと思うのです。……公爵、兵士長――、如何でしょうか」


 その提案に、二人は目を見合わせ、そして頷いて、イマジカに目を向けた。


「こちらからも、よろしく頼む。君たちの力を、私たちに貸してほしい。兵士長。お前も、彼女らの手助けをせよ」

「はっ。御身の仰せのままに。――イマジカ殿、セニス殿、よろしく頼む」

「もちろん、その他にも私にできることがあれば、何でも頼ってくれていい。遠慮は無用のものと思ってくれ」

「はっ。感謝いたします」


 ――こうして、事件の再調査がはじまる。

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