5 月夜の特訓
館の裏庭で、私は短剣を握っていた。
踏み込み、前へ。と同時に――振り下ろすッ!
――が、
(っ――!?)
その渾身の振り下ろしはいとも容易くいなされ、体勢を崩される。
手をつき、転びかける体をなんとか起こそうとしたところで――
刃の切っ先が、喉もとに突きつけられる。
月明かりに照らされた刃の鋭さに、ごくりと喉が鳴る。
そして、私に剣を突きつける男――セニスが嫌みったらしい笑みとともに言った。
「さて、これで今日も俺のストレート勝ちだ。ギャフンと言わせられなくて残念だったな」
(くううぅっ……)
一度は唇をかみ締めるも、結局悔しさは抑えきれずに口に出る。
「うあーーっ! もう! 結局今日も、一本も取れなかった……」
大の字になって、地面に寝転ぶ。
夜空には、綺麗な三日月がその身を横たえていた。
「まあ――」言いながら、セニスは横にちょこんと座る。「今日は、ひやっとさせられた場面も何度かあったけどな」
「えっ……、本当ですか?」
「まあな。さっきの振り下ろしも、タイミング的にも威力的にも、正直いなしきれないかと思った」
セニスは、おべっかが苦手なタイプだ。
ということは、少なくとも今彼が言ったことは、事実なのだろう。
――セニスが私の助手になって約半年。
助手となった彼にまずはじめに私がお願いしたのが、毎晩三本の実践訓練に付き合って貰うことだった。
それからほとんど毎日、私はこうやって、セニスに実践訓練という名の稽古をつけて貰っている。
私も、王女の探偵になるにあたって、相応の訓練はしてきたつもりだったし、実際、セニスに出会うまでは、少なくとも一対一での戦いにおいて形勢が不利になるようなことはなかった。
だが、セニスの力は、そんな私の浅はかな自尊心を簡単に踏み砕いた。
辺境伯領のある宿で戦ったときは、
事実、彼とのこの半年間の手合わせにおいて、私が彼に実力で勝利を掴んだことは、たったの一度もない。
自身の成長のためにと始めたこの訓練だったのだが、半年ほどもそんな状況が続けば、本当に成長できているのか、流石に不安を覚えていた。
だけど今日、勝つまでは至らなくとも、少なくとも彼にひやっとさせるくらいのところまでは迫ることができたらしい。
(私の才能も、まだ頭打ちってわけではないのかな……)
そう思うと、多少気が楽になる。
……努力なら、どれだけでもできるという自信がある。でも、その方向が正しいかどうかさえわからないのは、やはり辛い。
「つまり、私の一勝も近いってことですね!」
久々に自身の成長を感じられたことで少し調子に乗ってみるが、
「うーん。それはまだまだかかるな」
即座に現実に引き戻される。
セニスは、おべっかを使うのが苦手なのだ。
彼がそういうなら、本当にまだまだかかるのだろう。
天を仰げば、三日月は変わらず、欠けたままでそこにある。
(先は長いなぁ……)
これ以上この話題を続けるとまた落ち込みそうだ。
「ところで、さっきの公爵の話、どう思いました?」
急な話題の転換にセニスは一瞬沈思して、
「……ああ、『ディーン侯爵の花嫁探し』か」
私の指した話題に思い至ったようだ。
「ですです。今も地下で、皆さん共同生活をされているんですよね……」
「ヴィスタリア公爵が言うには、ディーン侯爵自身が提案したらしいし……まあ、別にいいんじゃないか? 次期公爵として、それに相応しい相手をしっかり見極められる環境で探したいんだろう」
私たちは火葬式のあと、公爵と夕食を共にした。
そこで、昼の報告の際、そして夕食の場にもディーン侯爵が顔を出せないことを公爵が詫びた流れで、ディーン侯爵が現在、館の地下に侯爵自らが選んだ貴族令嬢四名を招いて一週間の共同生活を行う中で、花嫁の見極めを行っていることを聞いた。
今日が、その六日目だったらしい。
公爵が選んだ令嬢の中には、没落貴族の令嬢もいるという。
公爵が言うには、『争いを好まず、身分や立場で人を判断しないところは自分譲りの美点だが、今後の苦労を考えると少々複雑』なのだという。
やはり、相手の立場も相応の身分であるほうが色々と苦労しないのは間違いないだろうから、そう思ってしまうのは無理もないだろう。
まあ、それでも、息子が今回の見極めで選んだ相手であれば、誰であろうと祝福するつもりだし、『私自身も、もともと政略結婚などさせないつもりだった。しっかりと、あれの目になってくれる人物でなければならない』のだから。
――というようなことを、公爵は夕食中ずっと愚痴っていた。
その時はなんというか、心中お察しするというかすごい世界もあったものだなぁ……と、まるで別世界の話しを聞かされているような感覚にすら陥っていたんだけど――
「……なんか、不自然じゃないですか?」
今思い返してみると、どことなく違和感を覚える。
「ん、何が?」
「いや……うーん。自分でも何が不自然なのか、はっきりと言語化はできないんですが……」
「なんだそれ。あまりに違う世界のこと過ぎて、嫉妬でもしてるのか?」
「なっ、ちがっ……! そもそもあの共同生活には、そういった浮かれた意味はないはずで……まあ、私が
「ん……? あー、まあ、職業柄、なんにでも裏を見出そうとしようとするところはあるよな」
「え。そう見えます?」
本当にそうなら、ある程度は仕方がないとしても、せめてセニス以外の前ではそう思われないようにしないと……。
「まあ、なくはない、程度だけどな」
「うーん。でも、気を付けます」
「ああ、あと」
なんだ、まだ何かあるのか。
「さっき、門から泣きながら出て行った女……あれは多分、その貴族令嬢のうちの一人だよな」
ああ、なるほど。そのことか。
「そうですね。それは、恐らくそうだと思います」
公爵からディーン侯爵の花嫁探しのことを聞いたとき、そのことに思い至ったものの、公爵にそれを伝えるかどうか二人で一瞬目くばせした結果互いに首を振り、その場では言及しないことになった。
彼らの問題を私たちの勝手な推測だけで公爵に告げるのは、あまりいい結果にはならない気がしたからだ。
「何かあったんでしょうね……」
「だろうな」
彼女が泣いていた以上、あまりいい想像はできないけど……。まあ、他人の色恋沙汰に首を突っ込むことほど無粋なことはない。
「まあ、私たちが今あれこれ考えても無駄でしょうね」
「だな。なるようにしかならないさ」
そうだ。私たちが今何を考えようと、彼らの行動にはなんら影響を与えない。
それにそもそも、私たちは彼らに何かを口出しできる立場にすらないのだから。
考えても、仕方のないことだ。
(超希少特異体質の一つに他人の未来を見ることのできるものがあるというから、もしそんなものを持っていたとしたら、侯爵か貴族令嬢の未来を興味本位で覗いてみるくらいはするかもしれないけれど)
……いや、例え持ってたとしても、そんな無遠慮な行為は流石にできないか。
突拍子もない想像に自分で苦笑しつつ、私は立ち上がる。
「では、今日はこの辺で」
「ああ。さっさと寝て、さっさと帰ろう。明日が最終日だっていうなら、夕方くらいにはきっと、めんどくさいことになってるだろうからな」
「いや、縁起でもないこと言わないでくださいよ」
「冗談だって」
私たちは、館に戻って軽く体を拭き、それぞれの部屋に戻った。
あてがわれたのは天蓋付きのベッドで、物凄く恐縮しつつ下着姿になり、用意されていたガウンを纏って慎重に侵入する。
すると、思った以上に寝心地が良くて、すぐに睡魔が訪れた。
その日はいろいろなことがあって疲れていたのかもしれない。
私は
――翌日、セニスの予言は、結果的に外れた。
何も起きなかったという意味ではない。
異変があったのは、夕方ではなく朝方だった――。
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