8 侯爵の秘密

「――と、これが、今回の事件の全容です」


 兵士長が、そう説明を締めくくる。 


「……人魚が犯人……。それで、間違いないのか?」


 公爵が問うと、兵士長はその根拠を語った。


「はい。まず、この事件において犯行が可能だったのは、地下にいて、生き残った、メリッサ様、マリーの二人のうちのどちらかということになります。しかしメリッサ様が犯人である場合、説明のつかないことがあるのです」

「……第二の殺人のアリバイ、ですね」


 イマジカの言葉に、兵士長が頷く。


「ああ。さすがは探偵、といったところか。……この事件は、全ての死体が全く同じ殺され方をしている。つまり、同一犯である可能性が極めて高い。そしてメリッサ様は、ターニャ様の杯に血が溢れ出した時――つまり第二の殺人が起きたとき、兵士二人と一緒にいた。つまり、メリッサ様には、完璧なアリバイがあることになる」


 そこで、イマジカが一つ断りを入れる。


「すみません、これから確認することはあくまで可能性の話なので、気を悪くしないで頂けると助かるのですが……」

「もちろんだ。貴殿からは、忌憚のない意見を聞きたい。……公爵、よろしいですか?」

「ああ。かまわない」

「感謝します――。では、メリッサ様と見張りのお二人が口裏を合わせた共犯である可能性は? 予め見張りの二人を懐柔しておけば、それも不可能ではないかも」


 それをきいて、見張りの二人は目を丸くする。

 だが、兵士長は首を横に振った。


「いえ、それはあり得ません」

「どうしてですか?」

「我々は、そういったことを防ぐ意味も込めて、見張りなどを立てるときは常に、その直前にクジで当番を決めているのです。つまり、見張りの二名は毎回ランダムに選出される。そんな二人を、自身の計画に協力する者として予め懐柔しておくというのは、現実的ではないでしょう」

「なるほど……失礼しました。それは確かに、現実的ではない」

「いえ、我々もこの体制の必要性を感じるまでに多くの失敗を繰り返してきました。それをこの一瞬で指摘できるとは、流石としか言いようがない」


 なるほど、確かに俺は、まったく思い至らなかった可能性だ。

 だけど……、彼らの話をきいていて、俺も一つ、ある可能性に思い至った。

 誰も言わないのであれば、俺が言うべきだろう。


「俺からもいいか?」

「ああ、もちろんだ」


 兵士長が公爵に目をやると、公爵も頷いた。

 俺は、自分の考えを堂々と述べる。


「俺が気付いたもう一つの可能性は――」


 イマジカが心配そうな視線を向けてくるが、気にしない。


「ずばり、ディーン侯爵が犯人である可能性だ!」


 ……。あれ。


「えーと。侯爵はまず、ミナリア嬢を殺す。そしてその後、ターニャ嬢を同じように殺す。そして自分も、同じように部屋で自殺する。……どうだ?」


 ……。部屋を、沈黙の天使が通り過ぎる。

 誰も、なにも言わない。


(あ、あれ。どうしたんだ、これ。……あ、なるほど。あまりに鋭い指摘に、何もいえなくなってるのか?)


 と一人納得しかけたところで――


「――申し訳ありません!! 助手には、よく言い聞かせておきますので……」


 イマジカが、思い切り頭を下げた。


(な、なぜ!? 何が悪かった!?)


 公爵は「よい。悪気があってのことではないだろうし、そもそもしっかり説明していなかった私のせいでもある」とこちらに手を向けている。


「え、えっと……どういうことだ?」


 状況についていけず、イマジカを見る。

 するとイマジカは「よりにもよって公爵の前でそんなことを言うなんて……、公爵閣下がご寛大な方でなければどうなっていたか……」と小さなため息とともに呟きつつ、俺を向いた。


「昨日、夕食の席で公爵が仰ったことを覚えていませんか?」


 ……なんのことだろう。

 何か、この可能性を否定するに足るようなことを言っていただろうか……。

 少なくとも、すぐには思い至らない。


「……いや、わからないんだけど」


 そんな俺の様子を見て、イマジカは「ですよね」と呟きつつ口を開いた。


「閣下は仰いました。……『私自身も、政略結婚などさせるつもりはなかった。しっかりと、あれの目になってくれる人物でなければならない』と。……この言い回しであれば、本来『目』ではなく、『手足』とか『助け』とかが自然だとは思いませんか?」


「まあ、確かに、そうかもしれないが……」


 ……だからなんだというのだろうか?

 まだぴんときていない俺に、イマジカはさらに説明を続ける。


「確かにそれだけでは、思い至ることはできないかもしれません。……ですが、彼は昨夜の火葬式で、杖を持っていた。そして、大穴に火を投下するときと油を撒くときのどちらも、家令の方にその準備の全てを任せていました。――もし仮に、あの場にヴィスタリア公爵がいなければ、それは特に不自然なことではなかったかもしれない。ですがあの場には、実の父であり現当主でもある公爵がいて、その公爵さえも、火葬式における一連の行為を、準備も含めて自らの手で全て行った。そんな中で、侯爵だけは準備の全てを家令に任せるというのは、普通であれば決して見過ごせない不心得だった。……ですが、それを誰も咎めないということは、それが仕方のないことだからだと考える方が自然でしょう。……そう考えれば、恐らくは、あの地下での共同生活の理由だって、彼の抱えるハンディキャップを、花嫁たちが実際の生活の中で受け入れられるかどうかを見極めるものだったはずです」

「……あ……」


 ようやく、俺はそのことに思い至った。


「ディーン侯爵は、目が見えなかった。……ですよね?」


 イマジカが目を向けると、公爵は首肯した。

 それを見て、イマジカは続ける。


「やはり……。であれば、やはりセニス君の指摘は誤りだという他ないでしょう。目が見えない人物が、自分の部屋を一人で抜け出し、人を二人殺して、そして自分の部屋に戻って自殺する。……まあ、杖を用いての歩行には慣れていたようでしたし、それだけなら、決して不可能とまでは言えないかもしれません。……ですが、今回の事件は、その殺害現場の状況が全く同じに仕立てられているんです。全盲のディーン侯爵に、そんな芸当ができたはずがない。……ディーン侯爵は、犯人ではないと考えて間違いないでしょう」

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