12 推理パート(1)
「犯人は、この中にいます」
応接間に集まった誰もが、イマジカのその言葉に耳を疑っている。
当然だ。助手の俺でさえ、その言葉の真意は未だに把握できていない。
「この中も何も、犯人は、亜人の……マリーさんで間違いないのではなかったの?」
と、恐る恐る、アリアが問う。
……そうだ。確かに兵士長の推理にはいくつかの難点があったものの、今回の事件の実現はやはり、人魚であるマリーにしか到底不可能だったはず。
――正しくは、それ以外の可能性が全く見当たらないのだ。
俺もあらためて幾つかの可能性を考察してみたものの、悲しいかな、どう考えても最も怪しいのはマリーだった。
彼女がそんなことをするはずがないと感情は訴えていても、それを否定するだけの論理が見当たらない。
俺には、彼女を救うことはできなかった――。
(だけど、あいつ――イマジカなら、なんとかしてくれる。確かにそう願ってはいたけど……本当に、見つけたのか?)
――イマジカは、疑念に満ちた周囲の視線をものともせず、堂々と言い切って見せる。
「いいえ。この事件の犯人は、マリーさんではありません」
兵士たちの間で、どよめきが起きる。
ランド、アダム、メリッサ、アリアもそれぞれ声を上げ、公爵と兵士長は冷静にその続きを待っている。
当のマリーに声はなく、驚きにただ目を丸くしていて……、その両目から、追って涙がこぼれ始めた。
「イマジカざん……あ、ありがどう……ありがとうございまず…………っ!」
涙と鼻水をだらだらと垂らしながら、彼女はその場に頽れた。
……気持ちは、痛いほど分かる。
亜人だというだけで疑われ、謂れなき罪を着せられる苦しみ。
そして――
「――遅くなって、申し訳ありません」
亜人への偏見なく、平等に扱われることの安堵感も。
マリーは、「そんなことありません……、信じてくれて、ありがとうございます……」と、恐らくイマジカの進行の邪魔にならないように静かに泣きじゃくりながら、小さく、何度も頷いていた。
その様子を見ていた公爵が、イマジカに声をかける。
「さて、イマジカ君がマリー君は犯人ではないという結論に至ったことはわかった。……だが、いくら君を信頼しているからと言って、流石に私も、その言葉だけで彼女を開放することはできない。……当然、その根拠となる理由も、用意してあるのだろうね?」
「もちろんで御座います、公爵閣下。……しかしその前にまず、この事件の概要を、あらためて説明させていただきます。その後、それぞれの無実の証明を行い……、そして最後に、真の犯人となる人物を指名させていただきます」
イマジカは恭しく腰を折ってそう返すと、公爵は頷いて言った。
「よろしい。では、説明を頼むとしよう」
イマジカはもう一度腰を折ってから、全員を一度見渡し、「では、憚りながら」と、慣れた口調で朗々と説明を始めた。まるで、神父が教義を諳んじるように。
「まず、この事件の概要ですが――、今朝、午前四時半頃、一人目の被害者であるミナリア様が首を吊られ、また右手の薬指を切られて殺され、その後、暫くの間隔を空けて、同様の手口で、ターニャ様と、そしてディーン侯爵が殺されました。
現場の状況は、近くに椅子が蹴倒されていて、右手の薬指と、それを切断したナイフが落ちていたことも含めて、その位置さえも、完全に一致していました。
――このことから、これらは偶発的に連続発生した自殺などではなく、同一犯による殺人であるものとして扱います。また、この事件が発生したのが、出入口が一つしかない、最近構築されたばかりの地下空間であり、目視・あるいは構造の把握が不可能であったことから、第三者の転移魔法による侵入は不可能だったと結論付けられます。これらのことからこの事件の容疑者は、『地下空間の構造を理解していて、転移魔法を用いることのできる人物』、あるいは『事件当時見張りをしていた二人』、あるいは『事件当時に地下にいた人物』……ということになります。――これが、この事件の概要と、容疑者を絞るにあたって考慮すべき点です」
「うむ。そしてそれに当てはまる可能性があるのが、今ここにいる者たち、というわけだな」
公爵の言葉に、イマジカが「仰る通りです」と頷いて、続ける。
「さて、この中でまず真っ先にその無実が証明されたのは――、アダムさんとランドさん、そしてメリッサさんでした。
――確かに、第一の事件と第三の事件の際に地下にいたメリッサさんならば、ミナリアさんとディーン侯爵を殺害することは可能だったかもしれない。しかし、この事件は同一犯による連続殺人なのです。アダムさんとランドさんは第一の殺人と第二の殺人が起きたときから地上で一緒にいて、メリッサさんは第二の殺人が起きた際に、見張りの二人と一緒にいた……。つまり、三人は互いに、互いのアリバイを証明できるのです。……もちろん、この三人が共犯であった場合、このアリバイは機能しなくなる。しかし、見張りはいつも、交代の時間の直前に、誰が次の見張りを行うかをクジでランダムに決めていました。そんな中で、この殺人計画を共有し、協力関係を結ぶことが可能だと考えるのは、あまりに無理がある。よって、この三名の無実が、まず初めに証明されたのです」
ここまでの説明に、アダムとランド、そしてメリッサが互いに顔を見合わせ、安堵のため息をついた。
「次に容疑者から除外されたのは、兵士長を含む、私兵団の方々です。
彼らは――もちろん第一の事件や第二の事件の時間帯にもアリバイを証明できる方がいると思いますが――、もっとシンプルに、説明ができます。
第三の事件が起きた際、兵士団の方々は全員揃って、階段を降りていた。当然、第三の殺人を犯すことなどできない。一連の事件が同一犯によるものである以上、彼らは容疑者から除外されます」
兵士長が頷き、ピリピリした雰囲気を漂わせていた私兵団の面々からは、徐々に緊張が解けていった。
「――さて、ここまでは、事件当時の状況から導き出せることです。――ここから先は、我々がその後行った調査の結果明らかになったことをもとに、容疑者の絞り込みを行います」
話が長引くと、歩いて話のリズムをとるタイプなのかもしれない。
イマジカは一定の距離を行ったり来たりして歩きつつ、説明を続ける。
「次に検討するのは、ヴィスタリア様とアリア様です」
その言葉に、兵士たちがにわかに色めき立つ。
「なっ……!?」
「ヴィスタリア様がディーン様を殺すとでも!?」
「ヴィスタリア様の前でなんてことを……!」
だがその声を、
「よい。私が、協力できることはすると言ったのだ」
他ならぬ、公爵が制する。
「し、しかし……!」
兵士の一部はなおも言い
こういうところからも、兵士たちが公爵のことを厚く信頼しているのがわかる。
「申し訳ありません。私も、可能性の全てを排除しなければフェアではないと考えるので、引くわけにはいかないのです。……とはいえ、お二人の場合はシンプルです。公爵閣下は自室にいたこと、そしてアリア様は宿から出て街の宿屋に泊っていたこともあり、事件当時のアリバイがありません。また、地下の構造を知っている人物でもありました。――しかし、明文化の結果、お二人とも『転移魔法』は習得されていなかった。転移魔法以外に、二人が地下に侵入する方法は無かった。私の魔法、〈
公爵が無実だと告げられて、多少は兵士たちの留飲も下がったようだ。
自分たちの時と同じかそれ以上の安堵の声が囁かれる。
そしてそれと同時に、
「――あれ、つまり残ったのって……」
「ああ、やっぱり……」
「いや、しかし、彼女のことは最初に……」
といった声も聞こえる。
――そうだ。残ったのは、彼女一人。
しかし、彼女のことはイマジカが最初に犯人ではないと告げていたはず……。
「イマジカ君。最後に残った彼女が、やはり犯人だったということかね? だとすると、先ほど言っていたことと食い違うことになるが……」
彼女――、マリーは、話の行く末を、その身をきつく抱いて窺い、案じている。
結局、やはり自分が犯人だということにされるのではないか、と、そう感じているのだろう。……なんというか、他人事とは思えない状況だ。
そしてやはり、あの時と同じように、イマジカに限って、そんなことがあるはずはなかった。
「ええ、もちろん。彼女、マリーさんも容疑者からは除外されます」
その力強い言葉に、マリーはまた少しその身体の力を緩ませる。
(よかった……。しかし、だとすると、容疑者がいなくなってしまうんだけど……)
当然誰もが、その疑問を抱いているだろう。
しかし公爵はそれを呑み込んで、まずはマリーの無実の証明から順を追っての説明を選んだ。
「……わかった。ひとまずは、その説明からお願いしよう。そしてその後ゆっくり、どういうことなのか聞かせてもらうとしよう」
「感謝します。それでは……」
イマジカは小さく息を吸い込んで、その説明を始めた。
「マリーさんは、人魚です。そして、皆さんも昔語りで聞いたことがあると思います。人魚は、歌によって男を操ることができる……と。
ディーン侯爵には犯行を行うチャンスはありましたが、目が見えないこと、そしてマリーさんは午前の間は下半身が魚の状態になることから、それぞれ今回の事件の再現は単独では不可能だった。
……しかし、マリーさんがディーン侯爵を歌で操ったとしたら……、この事件は確かに、実現可能だったかもしれない。
……ですがそれは、私たちが〈人魚〉と〈人魚の歌〉の特性をよく知らなかったからそう考えられただけのことです。
――ご存知のとおり、私の右目に宿る特異体質〈真実の眼〉は、その眼で見た対象に宿る理外の力を出力・明文化できます。そして、マリーさんの身に宿る理外の力を明文化したものが、こちらです」
イマジカは一枚の羊皮紙を取り出した。
それは、マリーの理外の力が明文化された羊皮紙だった。
それを見て、公爵と兵士長が目を見開いた。
「――ここにあるとおり、歌で男を操ることができるのは、その歌を相手が聞いている間だけ。つまり、もし仮にマリーさんが歌で侯爵を操って一連の犯行を行った場合、彼女はその間ずっと歌を歌い続けていることになる。
……明文化前にこのことを指摘した際、兵士長は私に、『声量を抑えて歌ったのかもしれない』と仰いました。これは、非常にシンプルで、優れた指摘です。
しかし……それは、これを見ればわかるとおり、不可能だった。
人魚の歌は、声量の調整ができないのです。
そして、彼女の歌は、皆さんも少しだけ聞いたと思います。地上にいた私たちの元にまで、それは届いていました。
彼女の歌が聞こえる範囲は、少なくとも地上の私たちまで含まれることになる」
その場の全員が、はっと息を飲む。
「……そうです。つまり、彼女が〈人魚の歌〉で侯爵を操った場合、その間ずっと、私たちには、その歌が聞こえていなければならなかったのです。
地下において確認した結果、侯爵の部屋から花嫁候補たちの部屋までの距離だけでも、どれだけ急いだとしても、ゆうに三十秒はかかることがわかっています。――しかし私たちが聞いた歌は、ほんの十五秒程度だけ。その間に、侯爵を操って花嫁候補たちの部屋まで行って二人の女性を殺させ、そして自室へと戻らせて自殺の要領で殺害する……。そんな真似は、到底不可能だったのです」
イマジカは一度大きく息を吸って、それを力強く宣言した。
「――よって、マリーさんは、この事件の犯人ではありません」
――イマジカの説明は、全て納得がいく。
確かに、マリーには犯行は不可能だっただろう。
しかしこれで、先の疑問通り、全員の無実が証明されてしまったことになる。
だとすると――
(一体、誰が犯人なんだ――?)
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