13 容疑者たち
「ひっ――」
頽れる私の後ろから、アイラさんの息を呑む音が聞こえた。
彼女にとっても、彼が殺されることは予期せぬ出来事だったのだろう。
辺境伯が私の肩に手を置く。
「さて、見ての通りだ。……呪術師は、殺された」
そうだ。呪術師はどうみても、殺されている。どう見ても、これは自殺なんかじゃない。今にも何かを叫び出しそうなほど口と目を大きく開いたまま、呪術師は硬直している。……即死だったのだろう。
呪術師を殺しても呪いは解けない。だとすると、王女の呪いも、もう……。
(私は、どうしたら……)
そんな私の心を読んだように、辺境伯が尋ねてくる。
「君は、どうする?」
「私は……」
私は、王女の命を受けて、ここに来た。
そして彼女はあの時、私にこう言った。
『その呪術師と、その身の回りに起きること、それを全て詳らかにして頂戴。あとは……そうね。私の『探偵』として、あなたが為すべきことを為しなさい』
――今、呪術師は殺された。誰かが、呪術師を殺した。誰が、何のために? ……王女の命に従って、私はそれを、確かめる必要がある。
そうだ。であるならば、私は最後まで、その命に従わねばらない。
私は立ち上がり、言った。
「私は、この事件の犯人を明らかにしなくてはならない。そのためには、この事件の捜査を行う必要があります。――グーダルク辺境伯領領主、ダグラス・グーダルク様にお願い申し上げます。どうか私に、その許可を」
辺境伯は一瞬少し目を細め、しかしすぐに大きく頷く。
「もちろん。そのつもりでまず君を探したんだ。私が、その許可を与えよう。……まあ、王女の命でここにいる君の動きを制限することは、もとより私にはできないがね」
ふふんと冗談めかして言う辺境伯には、どこか余裕のようなものさえ感じられる。彼がどんな理由でここに来たのかは知らないが、流石に肝が据わっていると見える。私だってそれなりに多くの修羅場を経験してきたつもりだが、年季が違うということだろう。
「……ありがとう御座います」
とはいえ、現時点ではまだ、誰が、何のために呪術師を殺したのかはわからない。
あまり神経質になるのもよくないが、狙いが呪術師だけとは限らない。
少なくともここからは、迅速かつ公平に、物事を見定めていかなければならない。
だから、現時点ではまだ、例え領主だからといって、彼とてその捜査の対象から外すことはできない。
今、唯一この殺人の容疑者から除外されているといえるのは、グラムルと別れてから私と一晩中一緒にいた、彼女。アイラさんだけなのだから。
「アイラさん、この宿には、二階の七部屋と、一階の食堂、調理室、客間、中庭、それに、地下の牢。それ以外に、身を隠せそうな場所はありますか?」
「……いいえ、それ以外には、無いと思います」
「わかりました。……ではこれから、三人で宿を隅々まで見て回り、誰かが潜んでいないか確認します。同時に、この宿に泊まった皆さんをここに集めます」
「おや、私も一緒でいいのかな?」
辺境伯の試すような口ぶり。まったく意地悪な人だ。でも、それは考慮済みの問題。
私もささやかな意趣返しに、努めて事も無げな態度で返してやる。
「そうですね。残念ながらグーダルク様を容疑者から除外することはまだできませんが――、少なくとも私たちに危害を加えるつもりなら、地下牢でそうしていたはずですから」
* * *
「な……!?」
「うわっ――!?」
「……っ!」
心臓を一突きにされた呪術師の姿を目の当たりにし、セニスさん、ライル、フィリアさんが言葉を失っている。
セニスさんとライルは部屋の中でまだ眠っていたようで、ほとんど起き抜けの状態でここまできた。フィリアさんは既に起きていたようで、フード付きの外套を身に着けている。
「先ほどお話しした通りです。呪術師グラムル氏は、何者かによって殺されました」
「い、一体誰が、どうして――」
「どちらも、現時点では不明。それを今から、調べるのです」
「誰が調べるっていうのよ!?」
セニスさんが私に詰め寄り肩を掴み、
「私が、です。辺境伯の了承も得ています」
それをゆっくり放す。
「……そう。アンタは――、そうだったわね」
辺境伯は私のことをもとから知っているようだったが、彼女もまた、私のことを知っているのだろうか。
少なくとも、私はこれまで彼女に会ったことは無い。
とはいえ、辺境伯にだって昨日初めて会ったのに私のことを知られていたのだから、私が思っている以上に、私の名前と顔は売れてしまっているのかもしれない。探偵としてそれはあまり歓迎すべきことではないけれど、まあ、そればっかりは仕方がない。あれだけ目立つ王女に仕える身にあれば、その脚光の一部が掠めてしまうことは避けられない。
「ひとまず、この宿には現状、ここにいる私たち以外に誰も潜んではいないようです」
――私たちはあのあと、宿の中をくまなく見て回り、その結果、今現在この宿にいるのは、ここにいる6名だけであることが分かった。
要するに、不審な侵入者を発見、という最も単純な結末には、至ることが出来なかったというわけだ。
一つだけ特筆すべきことがあるとするなら、地下牢を見て回った時に、辺境伯が、地下牢の壁――丁度私の背中で隠れていた部分――に、明文化されたアイラさんの呪いを発見したことだろう。
〈従順の呪い〉
術者の命に逆らうことはできない。
それは昨夜、アイラさんと話し始めてすぐに、私が勝手に行ったことだった。
『一体なぜ……?』と問うアイラさんに、私は仕方なく白状した。
『私はいずれ、この宿であったことを全て王女に報告しなければなりません。アイラさんが、呪術師と共謀して私を捕らえたことも、です。……もちろん、それは呪術師から命じられ、呪いによってそれに逆らうことができなかっただけ。でも、それを証明するには、私が、あなたの呪いを、出力しておく必要があったんです……。恩着せがましい真似をして、すみません』
怒りを買われても仕方のないことだったはずだが、アイラさんはそれを聞いて、静かに頭を下げて礼を述べてくれた。
そんな私たちの調査の結果に、しかしセニスは納得がいかないといった様子で声を荒げる。
「そんなの、殺しの後宿から出ていかれてたら全く意味ないでしょ」
それはその通りだ。だが、仮に外部犯だったとして、何か予期せぬ出来事からこの宿の中に足止めを食らっているという可能性だってゼロではないのだ。
「まあ、念のためですよ。――これから、この殺害現場の検証にあたります」
「よくわかんないけど、オレたちはどうしたらいいんだ?」
ライルが身体を震わせている。
「皆さんにも、ここにいてもらいます。いきなり逃げ出されるわけにもいきませんからね。ですから、必要なものがあれば、手早く部屋から持ってきてください」
「随分偉そうね」
「申し訳ありません。ですが、現時点では皆さんがを容疑者から除外できない以上、今は王女と辺境伯の名のもとに指示に従って頂ければと思います」
私が頭を下げると、
「フン。まあ、気が済むまでやればいいけど。とりあえず、外套くらいは持ってこさせてもらうわよ」
セニスさんはそう言って部屋へ外套を取りにもどり、「じゃあ、オレも」とライルも後に続く。
フィリアさんはただ、不安げな眼差しを浮かべていた。
……無理もないだろう。殺人現場に出くわすことなんて、そう頻繁にあるようなことじゃない。
* * *
「それで、何を調べるっていうのよ」
セニスさんは戻ってくるなり、私にそう問いかけた。
私は、セニスさんとライルが戻ってくるまでの間にさっと部屋を見て回って気づいたことを伝える。
「まずは、部屋の特徴から。この部屋には――というかこの宿には窓がなく、少なくともこの部屋に入るには、私たちが今この部屋に入ってきたときのように、唯一存在する廊下とつながるその扉から入ってくる他ありません」
「まあ、そうね」
「次に、私は一つ、重要な手掛かりを認めました」
私の言葉に、お手並み拝見といった具合に沈黙を貫いていた辺境伯が「ふむ」と唸る。
「それは、その手に持っている『賢者の羽ペン』と『賢者の手記』のことかな?」
さすがに、彼は知っているようだ。だが、彼以外の面々はいずれも、そもそもそれがなんなのかさえわかっていない様子だ。
「これは『賢者の羽ペン』そしてこっちが『賢者の手記』と言い、これらは、その場でなされた会話を全て自動で文字に起こすという魔法具です」
「ふうん。でも、それで何がわかるのよ」
アイラさんから指摘がなされる。
「まず、賢者の羽ペンと賢者の手記はセットで、賢者の手記には、セットとなっている魔法の羽ペンでしか文字は書けません。そして、魔法の羽ペンは、その場で行われた会話の内容を自動で記録するとき以外は、何も書くことができないペンなのです。更には、そのペンの持ち主の発言には、それとわかるような印がなされるのです」
「要領を得ないわね。それがどうしたっていうのよ?」
「食堂の入り口付近に、賢者の手記と賢者の羽ペンが置かれていました。それはあの時、グラムル氏があの場で、私たちがこの宿に泊まるということの言質を取るために他なりません。そして今日、私たちがどうしてこの宿に来たのか、その目的と願いを、彼はこの場で聞くつもりだったのでしょう。この部屋にもまた、この賢者の手記と魔法の羽ペンのセットが配置されていたのです。そしてこの手記には――」
呪術師と犯人との会話が、記録されていました。
私の言葉に、セニスさんが目を見開く。
辺境伯をさえも、「ほう」とうなっていた。
「記録されていた内容は、こうです」
◇ ◇ ◇
§「おや、こんな夜中にどなたかな? どうぞ」
§「おっと、あなたですか。昨晩の晩餐会は楽しんでいただけましたか?」
§「皆さんのお話は翌日まとめてと言ったはずなんですがねえ。全く、せっかちな人だ」
§「貴様、その右手に持っているのは――」
§「なっ――!?」
「さようなら」
◇ ◇ ◇
「この、最初に記号のある方が呪術師の言葉ということだね」
辺境伯のつぶやきに、首肯しつつ応える。
「そういうことになりますね。先ほど宿を見て回った時に確認した食堂前の手記にも、グラムル氏の発言の箇所に同じ記号がありましたので」
「それで、これで何がわかるっていうのよ? 普通に話してたらいきなり襲われて、殺された。それだけでしょ?」
セニスさんはそう言うが、この会話には多くの情報が眠っている。
「――まず、グラムル氏は『昨晩の晩餐会は楽しんでいただけましたか』と言っていますね。つまりそれは、この会話の相手が、晩餐会に参加していた人物であることを証明しています」
「……まあ、そういわれれば、そうね。……でも、もしかするとあんたは知らないかもしれないから言っておくけど――、この世界には人相を変える特異体質だって存在するのよ?」
その指摘は、正しい。
この宿に来る前に、その特異体質を持つ人物の犯行を暴いてすらいる。
グラムル氏を殺した外部犯がその特異体質を持っていて、晩餐会に参加していた誰かに成りすましていた可能性も、この会話だけでは否定できない。
しかし――
「いえ、それはありません。何故なら――」
視界の隅で、壁に背を預けて私の言葉の行き先を黙って聞いている辺境伯の口の端が、小さく吊り上がる。
「この犯行に用いられた凶器が、晩餐会で用いられたナイフだからです」
一呼吸置いて、私は続ける。
「グラムル氏は、宿の外部から持ち込まれたものならば何がどこにあるかを全て把握できる。だから犯人は、あのナイフを凶器に選んだ――」
「そうね。外から持ってきた獲物を持ってたんじゃあ、部屋に入れてもらうこともできなかったでしょうし――あっ」
セニスさんも、気づいたようだ。
「――そうです。しかしそもそも、もともと宿の中にあったものまでは見抜くことができないことは、あの時、ライルくんが偶然ポケットにナイフを忍ばせる形になっていたことから偶然発覚した事実です。つまりそれは、あの時あの場所にいた私たちしか知りません。わざわざ外部犯が呪術師の部屋に行く前にこの宿のナイフを凶器に選ぶということも、まず考えられない。――犯人は、この宿の中にもともとあったあのナイフならば、凶器として懐に忍ばせていても、グラムル氏に気づかれることはないと知っていた人物。つまり、この中の誰か以外にあり得ないのです」
私の宣言に、その場の空気が一気に張り詰める。
当然だ。この中に、殺人犯がいると告げたのだから。
「なるほど、ね……」
「この中に、犯人が……」
セニスさんとアイラさんが同時に呟く。しかし、まだ説明は終わっていない。
「それだけではありません。犯人が右手で凶器を握っていたこともわかります。……そして最も重要なのが、犯人が『さようなら』と言葉を発している、ということです」
「ん? そんなの、当たり前じゃないのか? オレだって喋れるぞ?」
「そうよ、何がおかしいっていうの?」
ライルが首を傾げ、セニスさんが怪訝そうな目を向けてくる。
フィリアさんに目くばせすると、彼女は小さく頷いてくれた。
私は部屋から持って来ていた鞄から、昨日作ったフィリアさんの特異体質に関する証明書を取り出して言った。
「――フィリアさんは、言葉を発することができません。私はそれを昨日、このように
「ふむ、なるほど」辺境伯が小さく頷く。
私もそれに頷いて、続ける。
「犯人が言葉を発している以上、フィリアさんが犯人であることはありえません」
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