10 調査パート(1)
「――地下にある部屋の数は、階段を降りた先の、各部屋へとつながる通路の交差点である『小部屋』、共有スペースとなる『大部屋』、『ディーン侯爵の部屋』、『花嫁候補たちの部屋』が四つの、計七つの空間からなる認識で間違いないですか?」
歩きつつイマジカが訊ね、兵士長がそれに答えた。
「ああ。それで間違いない。それぞれ、階段から降りた小部屋の正面方向の通路の先に大部屋。左の通路の先にディーン侯爵の部屋。そして、右側の通路の先に、四つの花嫁候補たちの部屋がある。花嫁候補たちの部屋割りは、通路を進んで左手前から時計回りに、ターニャ様、アリア様、メリッサ様、ミナリア様となっていた」
イマジカは「ふぅむ」と頷いて。
「地下は、どの程度の深さなんです?」
「だいたいほどの深さだな」
「へえ、……結構深いですね」
「崩落など、館への影響を最大限加味した結果、余裕を持たせてこの深さとなっている。その上で、館の真下に大きな空間を複数固めて作ってしまわないように、大部屋とディーン侯爵の部屋、そして花嫁候補たちの部屋は離して作られているんだ」
「なるほど……。確かに、あれほど大きな館の真下に全ての部屋を集めてしまうと、地盤が緩んで崩落の可能性が高くなりますからね」
「ああ、その通りだ」
――あの後、イマジカはまず、侯爵と兵士長の理外の力を明文化した。
二人はいつくかの魔法を習得していたが、特に事件に関連するようなものはなかった。
イマジカは『転移魔法もなし、と。ご協力ありがとうございます』と頭を下げ、その後すぐ、事件現場の様子を自分の眼で確かめると言って、事件現場へと足を向けた。
そして今、目的地へと向かいつつ、その地下空間に関して、兵士長から共有を受けているのだ。
――俺も、気になったことを聞いてみる。
「部屋が人数分……ってことはもしかして、この地下空間は、この共同生活のためだけにつくられたのか?」
「そうだな。半年ほど前から急ピッチで工事が進められ、完成したのはつい一週間前だ」
「へえ……、なんというか、貴族様ってのはすごいところに金をかけるんだな。この共同生活だって、別に地上でやればいいだろうに」
深い意味はない呟きだったのだが、それにイマジカが反応した。
「いや、それには理由があるはずです。……転移魔法への警戒、という」
「えっ」
「イマジカ殿の言う通りだ。今回招くのは、全員が貴族のご令嬢。いかにディーン侯爵と言えども、その権限で彼自身が彼女たちを呼んだのだから、その身に何かあった時、責任を問われるのは避けられない。かといって地上で、常に警護の兵たちとともに行動していたのでは、まともな共同生活のシミュレーションなどできない。……そういった理由から、地下空間をつくることになったのだ」
……ええと、
「……それがどうして、転移魔法への警戒になるんだ? どこへでも転移できるのが転移魔法だとするなら、警戒も何もないんじゃないか?」
だが、俺の問いにイマジカは首を横に振る。
「いえ。少なくとも現在確認されている転移魔法は、転移の際、その転移先を強く思い浮かべる必要があります。つまり、『自身が一度訪れた場所』でなければ転移はできないのです。……一度も行ったことのない場所の情景を思い浮かべることができないことを思えば、そもそも、自身の訪れたことのない場所への転移というのがどれだけ荒唐無稽な話であるのかは想像頂けると思います」
「……まあ、確かに。どうやってその転移先を思い浮かべるんだって話になるよな」
「そうです。ただ唯一、目視できている範囲であれば大体のあたりをつけての転移も可能なのですが……そのために、『地下空間』というわけです。地下を目視することなど、到底不可能ですから」
……ああ、
「なるほど。ってことは、外部からの転移魔法での侵入の線は消えるわけか」
「そうなりますね。……一応の確認ですが、地下空間の工事を担当した者の中には、転移魔法を使えるものはいなかった、で間違いないですよね?」
「ああ。彼らは皆信用できる技師たちだし、それに彼らには念のため、魔法使いによって、
「なるほど。まあそもそも、動機もないでしょうしね」
「そうだな。そして現在、地下の構造を実際に理解しているのは、私兵団の者たちと、公爵のみ。公爵と私に転移魔法が無いことは先ほど確認してもらった通りだ」
「そうですね。その節は、突然すみませんでした」
「公爵も許可していたことだ。かまわないさ」
そんな話をするうちに、目的地へと到着し、イマジカは言った。
「では、現場の状況を確認しましょうか」
* * *
――結果的に、兵士たちが見たものと大きく異なる情報などは得られなかった。
ただ、第一の被害者であるミナリアとその他二人では、首の締まり方に差異があったことくらいだ。
ミナリアの絞殺痕にだけ、抵抗の痕跡が色濃くあったのだ。
逆に言えば、他の二人は絞殺痕から抵抗の意思がほとんど見られなかった。
まるで、全てを受け入れているかのように。
その状態をみたとき、「これではまるで――」と一瞬、イマジカが何かを言おうとしていたが、結局それに続く言葉が紡がれることは無かった。
それなりに高価な代物であるはずの魔法の時計が各部屋に設置されていたのにも驚いたが、地下だから日の傾きによる時間の把握ができないため、確かに必要だろう。
ターニャの部屋に簡易的な祭壇があったことから、彼女が敬虔なアリューレ教徒であったことも見て取れた。
また、花嫁候補たちの部屋からディーン侯爵の部屋までの距離を可能な限り急いで移動してみる調査では、どれだけ急いでも三十秒はかかることが分かった。
そして最後にイマジカが〈
次に、関係者への聞き取りを行うことにした。
主要な関係者のうち、兵士たちからは既に、先ほど公爵への説明というかたちで、彼らが見聞きした情報を共有してもらっている。
そして見張りの二人の〈理外の力〉も既に明文化済みで、特に理外の力は宿っていないことを把握済みだ。
つまり、残るは、メリッサとアリア、そしてマリーの三人。
イマジカはまず、マリーから聞き取りと、理外の力の明文化を行うことにした。
彼女は兵士の詰め所で拘束されているという。
マリーの下へと向かう途中、イマジカに「本当にマリーが犯人だと思うか」と小声で耳打ちして聞いてみたところ、彼女はこう言った。
「いえ、やはり、彼女が犯人である可能性は低いと思います」
「……どうしてそう思う?」
「先ほど、兵士長が『マリーさんが声を抑えて歌った可能性』について言及したとき――、あのときは兵士長の顔を立てるためにあえて言いはしませんでしたが、彼女の歌は一度、館の二階にある私たちの部屋まで届いていました。――もし彼女が本当に声を押さえてディーン侯爵をずっと操っていたとしたら、あのときだけそれほどまでの声量で歌った意図が読めない」
「なるほど……」
「まあ、それについては、今から彼女の理外の力の〈明文化〉を行えばわかるでしょう」
――そして、俺たちは兵士詰め所へとたどり着いた。
館の敷地内に併設された飾り気のない石造りの建物で、隅々にまで意匠が凝らされた館と比べて、無骨でシンプルなつくりだ。
中に入ると地下に通され、そこにある牢屋に、マリーは留置されていた。
マリーは先ほどまでは自分は無実だと泣き叫んでいたらしいが、今は泣き疲れたのか、牢の隅で小さくうずくまっていた。
イマジカと俺、そして兵士長が、彼女の牢の前に並ぶ。
そして、イマジカが声をかけた。
「マリーさん……ですね」
「……イマジカさん、セニスさん……」
マリーが力なく顔を上げて、
「私、どうなるんでしょうか……」
「……今のところは、何かを確約することはできません。ですが、私個人の感情としては、あなたが犯人であってほしくはないと思っています。……ですから、それを証明するために、あなたの身に宿る理外の力を明文化させて頂きたいのです」
――イマジカは、その右目に宿る特異体質〈真実の眼〉によって、右目で見た対象に宿る魔法や呪い、特異体質といった〈理外の力〉を明文化し、物体にそれを出力することができる。
それをマリーに説明し、
「――わかりました。それで、何か手掛かりが得られるなら……」
マリーは、明文化を了承した。
そしてその結果出力された内容はやはり、彼女が人魚であることを示していた。
++++++++++++++++++
〈特異体質・人魚〉
女性にのみ、先天的に発現する。
魚と同じように水中でも呼吸が可能。
午前は半人半魚、午後は人間の姿となる。
総じて、美しい容姿を持つ。
人魚の歌は、男性を操る。
〈人魚の歌〉
男性を操ることのできる歌。
操ることができるのは、歌っている間だけ。
歌の声量とそれが聞こえる範囲は決まっていて、
それを変えることはできないし、音が遮られることもない。
++++++++++++++++++
イマジカはそれを見て何かに納得したように小さく頷き、マリーに目を向けた。
「最後に二つほど聞かせて頂きたいのですが……、まず一つ目。今朝、どうしてあの地下にいたのですか? 話によれば、ディーン侯爵があなたが地下に来ることを許可していたようですが」
それは、俺も気になっていたことだ。
マリーは、小さく答えた。
「ディーン侯爵から頼まれていた指輪――『人魚の指輪』を、お渡ししに行ったんです。私は午前は下半身が魚の状態になるので、館までは街の方にお金をお渡しして助けて頂いて、地下の大広間までは見張りの兵士の方――ランドさんに運んで頂きました。ディーン様に私が来たことをお伝え頂けるとのことでそこで待っていたんですが、ディーン様はいつまで経ってもあらわれず……、それで、私の歌はどんな場所であっても、何にも遮られることなく一定の範囲まで届くので、ディーン様が気づいてくださるのではないかと思って、少しの間だけ歌ったんです。そして、暫くして、大広間にやってきたのは、ディーン様ではなく、兵士の方たちでした……」
「あの歌の意味は、そういうことだったのか……」
「……なるほど。わかりました。では二つ目ですが……、昨日、私たちと別れる前に言っていた『約束』というのは?」
その質問にマリーは少し表情を硬くしたが、そのまま口を開いた。
「ディーン侯爵と……、会う約束をしていたんです。しばらく前に、時間を見誤って地上で午後を迎え、半人半漁の姿になってしまって困っているところを助けてもらって以来、毎晩、館の近くの水路に行き止まる路地の先で、侯爵と会って話をするのが日課になっていて……」
「どんな話を――、と訊くのは野暮でしょうか?」
「いえ、でも、他愛もない話です。公爵様は現在『亜人差別の撤廃』を推し進めていて、自分もいずれはその意思を受け継ぐつもりだから、亜人である私のことを知りたい、と――。まあ昨日は、花嫁の見極めのことで少し相談されたりもしましたけど……。指輪が今夜中にできあがることを伝えたら、兵士には話をつけておくから、明日の明朝、館の地下まで持ってきてほしい、と言われて……」
「それで今朝、地下へ向かったんですね」
「はい。そうです」
「なるほど……、わかりました。ご協力感謝します」
「いえ、それと、あの――」
マリーはそこで何か思いつめたような表情をして、
「まだ、何か気になることが?」
「――いえ。……きっと、真犯人を見つけてください」
力なくうつむいて、そう言った。
――本当に、それが彼女の言いたいことだったのか、本当は何かを言いかけてやめたのか。表情からは、読み取ることはできなかった。
しかしイマジカはそれに、「かならず」と、小さく――、そして力強く頷いた。
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