第25話 逆奇襲の号令

 侵略軍――本陣。


 ベルベッドは昼夜を問わずにガランへの行軍を急ぎ、夜半ついにガラン前方の平原へと、父から預かった兵力を展開するに至った。


 その数は三千余。

 ガランの街を防衛するのは千五百。うち、三百の兵はセリスたちが預かっている義勇軍だ。兵力差は二倍。しかし、城壁を有する守勢側のガランの方が、若干有利であるように城跡で考えれば思えた。


「ようやく到着か――ガラン、よい港町ではないか」


 これがもうすぐ自分のものになる。

 まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のような、そんな瞳を街へと向けて、反乱軍の王子ベルベッドはほくそ笑んだ。


 流石に敵軍を前にして遊ぶほどの暗愚さはない。

 本陣の中からは、商売女や道化師たちの姿は消えており、ベルベッドは不敵に街を睨んでいた。傍らには、参謀と思われる年老いた将兵が控えている。


「今夜のうちに、西手にある森を制圧しておく。明日、降伏勧告の使者を建てると同時に、そこから奇襲をしかける――でよいな」


「殿下。やはり、そのような不意打ちは、後のガランの治世に遺恨を残すかと」


「何を言っている。遺恨なぞ上げさせなければいいだけだ」


「しかし」


「こちらにはそれだけの力がある。徹底的な蹂躙――怨嗟の声さえあげる気の起きなくなる敗北と屈辱を与えてやるのだ。そうすれば、心を折られた奴らは俺たちに従うしかない。お前のそれは杞憂に終わる」


 自らの力を過信して止まないベルベッド。

 そんな彼の様子に、困惑した感じに老臣は目を伏せた。


 おそらく、幼い頃からこの暗愚の王子を見て来たのだろう。

 どうしてこのように育ってしまったのかと、後悔の念がその顔には滲んでいた。


 いや、そうなってしまったのは――すくなくともそう焚きつけたのは、暗黒大陸からの使者である。件の巨人をはじめとした、魔女、そして狂騎士が、彼を、そして彼の父を唆した。


 この国を治めるのは彼らだと。

 今の王を廃して、新たな秩序を南の国へと打ち立てるのだと。


「――殿下。あまり、自らの力を見誤られては困ります」


「なに?」


「今回の戦、すべて、あの暗黒大陸より渡りし者たちからの援助あってのもの。殿下の力ではありません」


「――長年の忠節に免じて、聞こえなかったことにしてやる」


 暗黒大陸の者たちの口車に乗るな。

 過ぎたる力に踊らされるな。

 老臣は幼き頃より世話をしてきた王子に対して、そうはっきりと告げた。


 しかし、その忠言を王子は一切無視した。彼は今、自分の力に酔いしれていた。

 老臣の言う通り、実際には暗黒大陸の者たちがもたらした力に――。


 その時、伝令が入る。本陣の中に、若い騎士が飛び込んできた。


「王子!! 森に放っていたコボルトの斥候部隊が戻りました!!」


「――そうか」


「全員無事の帰還。また、森の中に兵は居ないとのことです」


 よし、と、ベルベッドがフルプレートアーマーに覆われた膝を叩く。


「すぐに兵を進軍させよ!! 500の兵を西手の森に潜ませる!! 明朝までに支度はしておけ!!」


「はっ!!」


 王子の命を受けて、騎士がすぐに陣から下がる。

 再び、ガランの城壁へと視線を移したベルベットは、くくく、と、噛み殺すような笑いを浮かべたのだった。


「もう少しだな。そうだ、あの港を起点に、白百合女王国や西の王国を攻めるのもいいだろう。この大陸の版図を、俺が塗り替えてやる――」


◇ ◇ ◇ ◇


「敵軍、こちらに向かって来ました!! 数は500!!」


「罠の準備は十分できてます」


「コボルト部隊、再び配置につきました。罠への誘導は任せてください」


「――セリスさま、今一度号令を!!」


 再び西手の森の中。


 エルフたちによる斥候部隊。

 コボルトたちにより構成される揺動部隊。

 そして、コボルトに追いやられた敵兵たちに罠を発動させるオークの工兵部隊。

 

 最後に、最も数の多かった人間兵たちを分割して構成された、セリス、ビクター、ヨシヲが率いる主力白兵戦部隊。


 それぞれの隊長が一堂に会して、最後の確認をする森の中央。

 セリスは静かに目を閉じた。


 彼女の表情に、隊長たちの視線が集まっていく。

 ビクター、そしてヨシヲも、彼女が黙り込み、次の言葉を発するのをしばしの間だが待った。


 しかし彼らが予想していたよりも早く、戦乙女の口から、次の言葉が紡がれるのは早かった。


「行きましょう!! 迷っている暇はありません!! この戦いに、すべてがかかっているのですから!!」


「はい!!」


 義勇軍の御旗である彼女の号令を受けて、すぐに、それぞれの隊長たちは持ち場へと駆けていった。


 ヨシヲとビクター、二人もまた、自らが指揮する部隊の下へと向かおうとした。

 しかし――。


「待ってください、ヨシヲさん!!」


 セリスが突然にヨシヲの名を呼んで彼を引き止めた。

 これまでさんざんと、不本意な呼ばれ方をしてきたヨシヲである。そして、今回にしたって、肝心のブルー・ディスティニーもつけられていない。


 だが、どこか神妙な乙女の声色に、ヨシヲは振り返りざますぐに笑顔を返した。


「どうした?」


「……この作戦ができたのも、私がこうして皆を導く立場に居るのも、全部、ヨシヲさんのおかげです」


「そうだな」


「……そうだなって!!」


 こっちは真剣な話をしているのに、と、少し苛立った感じに顔を赤らめた。

 そんな彼女は、真正面にヨシヲの顔を見て、また、その顔の赤みを濃くさせる。


 雲が取り払われた月明かりの下では、彼女の頬の火照りはよく見えた。

 それを、まるで気にしないような感じで見据えて、ヨシヲは笑顔を続けた。


 つい、と、視線を一度地面に落とす。

 それから、セリスは絞り出すように言った。


「ありがとう、ございます」


「何に対してだ」


「貴方が居てくれたおかげで、私は今ここに立っていることができます。それに対してです」


「まだ勝ってもいないのに礼を言われるのは少し筋が違うのではないか?」


「――でも!!」


 ヨシヲに詰め寄ったセリス。

 そんな彼女の口元に、指を一本添えて、その動きを制してみせると、ヨシヲは月を背にして口を開いた。


 微笑みは、崩れない。


「俺は転生者だ――困っている女性を助けるのは宿命のようなもの。青い運命がそうさせるのさ。君は、何も気に病むようなことなんてない」


「……また、そんな!! もう、バカなんだから!!」


 けれども、そんなバカなヨシヲの台詞が、今夜ばかりは決まっているように見えた。少なくとも、セリス、そして二人のやり取りを眺めている、ビクターには。


 ヨシヲのくせに。

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