第7話 カサルの太守とその娘
黒衣の者たちを荒縄で縛り上げると、その場からヨシヲたちは逃げ出した。
あの様子では、夜が明けても暫く目を覚ますことはないだろう。
目指すのはヨシヲが庇を借りた安宿。
番台も眠りこけていない受付を通り過ぎる。
ヨシヲとビクター、そして、おっかなびっくりにセリスが続くと、彼らは宿の一番端の部屋へと移動したのだった。
部屋に入ってすぐ、ぺこり、と、セリスが頭を下げた。
ビクターの方に向かって。
「ありがとうございます。貴方たちに助けていただけなければ、今頃、私はどうなっていたことか」
「なに、気にするな。君のような美しいお嬢さんの悲鳴を聞いて、放っておける男などこの世にはいないさ。しかし、しかしだ、どうしてもというのなら、この俺の
「ビクターさんでしたね。本当に、なんてお礼を言えばいいのか」
「いいっていいって。そんなかしこまらなくっても」
「女戦士はハーレムにおいて基本となる重要な軸。しかも君のように勝気な女の子、しかもやんごとない血筋の娘となると、メインヒロインとしての価値も高いように思う。いや、しかし、俺の愛はサブだろうとメインだろうと、平等に……」
「見たところ、剣の腕前もなかなかとお見受けします」
「ははっ、昔ちょっとかじった程度さ。たいしたもんじゃない」
「おい、ちょっと、二人とも、俺の話を……」
「ビクターさん、折り入ってお話があります。貴方は、もしかして父のことをご存知ではないですか?」
「……カサルのバーザン。忘れたくても忘れられない」
「やはり!!」
聞けぇ、と、ヨシヲが叫ぶ。
ビクターの過去に迫らんと、セリスが今まさにシリアスに言葉攻めをしているところに、割り込むような形である。
勇者もへったくれもあったものではない。
そこで、ようやくセリスはもう一人の恩人のことを思い出したようだった。
「いけない、私ったら、つい」
「ふっ、まぁ、間違いは誰にでもあるさ。分かってくれればいいんだ」
「それでえっと……。誰さんでしたっけ」
ずるり、と、ヨシヲが何もないのにその場にずっこけた。
助けられておいてそれはないんじゃないだろうか、と、言わんばかりである。
だが、よく前話を読み返して欲しい。
名乗るほどの者ではない、と、かっこつけて言ったのはこの
大丈夫ですか、と、セリスが前のめり気味にヨシヲを覗いて言う。
涙を流しながらも立ち上がったヨシヲは、気を取り直してとばかりに咳払いをすると、セリスに向かって改めてその名を名乗った。
「俺の名はブルー・ディスティニー・ヨシヲ。青い運命に導かれ、この世を救い、千人の美女に囲まれたチーレムを造る予定の男だ」
「……ブルー、ディス? チーレム?」
「ようはアホという奴だ、気にしないでやってくれ」
アホとはなんだアホとは、と、ビクターに食ってかかるヨシヲ。
しかし、実際問題、この男の名乗りに付き合ったところで、益がある訳もなし。
「えっと、とりあえず、ありがとうございます、ヨシヲさん」
「ブルー・ディスティニーだ」
「はい?」
「気にしちゃいかん。それより、バーザンに何があったんだ、詳しく聞かせてくれないか?」
「おい!! 人の名前のことだぞ!! 大切な話じゃないか!!」
どうでもよい厨二病名にこだわるヨシヲ。そんな彼をとりあえず横においておくことにして、ビクターはセリスにここに来るに至った事情を尋ねた。
闇の中でもありありと、セリスの顔色が曇っていくのが分かった。
今にも泣き出しそうな赤髪の乙女に、流石にヨシヲも空気を読んで沈黙する。
「父は――西郡太守バーザンは、先代王弟率いる反乱軍を掃討するために、南の国の西郡の諸侯に号令をかけて軍を起こしたのです」
「なるほど、あの御仁なら、確かにそうするだろう。曲がったことが嫌いな方だ。それに南の国の先王、そして現王に対して、なみなみならぬ忠誠心を持っておられた」
「よくご存知なのですね」
「あぁ」
どこか懐かしむような目をして、ビクターがぶっきらぼうに答えた。
その目の真意を測りかねるようにヨシヲがふんと鼻を鳴らす。
元冒険者だ、色々な事情があるのは仕方ない。
しかし、もったいつけるのはどうなのだろうか、とでも言いたそうな感じに、ヨシヲはビクターに冷ややかな視線を送った。
「しかし、反乱軍の勢いは予想以上に激しく。数の上で有利だったはずの西部諸侯連合は、見るも無残な敗北を喫しました」
「バーザン殿はその戦で?」
「はい。味方の裏切りに敵の奇襲、更に敵方が雇った暗黒大陸から来た援軍によって、西軍諸侯連合は総崩れ。父上が居る本陣にも、暗黒大陸から来たと思われる魔将が深く切り込んできて――」
うっ、と、悔し涙を浮かべて、その場で顔を俯けるセリス。
それ以上語る必要はないとばかりに、そっとビクターはその肩に手をかけた。
まだ成人もしていない、うら若い乙女にはいささか重過ぎる事情だ。
流石にこれには、ヨシヲも噛み付く気にはなれなかった。
しかし、太守が討ち取られたとなれば、西郡の諸侯たちはまとまりを失う。
南の国の西側が、先代王弟に対して恭順を示したとは聞いていたが、かかる事情があったとは思ってもみなかったのだろう。
ビクターはその顎鬚を摩りながら小さく唸った。
「そんなことになっていたとは。バーザン殿が寝返ることは万に一つもないとは思っていたが、残念だ……」
「ビクターさん。そうして父を偲んでくれるというのなら、どうか、私に力を貸していただけませんか」
そう言うや、自らの方に載せられたビクターの手を取るセリス。
赤髪の乙女――その涙に塗れた目元には、いつのまにか力強い生気が取り戻されていた。
「私は、父の仇を取るために。また、父が守っていたカサルの都と、父を慕う民を守るために、こうして西の王国に援軍を求めてやって来たのです」
きっぱりと、今、ここに彼女がいる目的を告げるセリス。
彼女の決意は固い。その表情の中に、おそらく、ビクターは彼の知っている男の面影を見たのだろう。
かなわないという感じに眉をひそめると、彼は深いため息を吐き出した。
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