第8話 イッツ・ブルー・ディスティニー

「力を貸せといわれても、俺はただのキャラバンの隊長だ。何ができる訳でもない」


「いいえ、貴方はきっと名のある戦士に違いありません。その剣の腕を、わが国のために貸してくれはいただけないでしょうか?」


「三千四千の軍を相手に、たった一人の戦士で何ができるって言うんだ。無茶を言うなよ、お嬢ちゃん」


 それに、話を通すなら、自分のような男ではないだろう。

 ビクターは突き放すようにセリスの要請を突っぱねた。


 窓から差し込む月明かりに、セリスの赤い髪が揺れる。

 その様子から――その本来の目的はおそらく、不首尾に終わってしまったのだろうことが伺えた。


 ここ、西の王国は、長大な砂漠と深い森、そして、大洋と山脈に守られていることにより、かろうじて独立を勝ち取っている小国である。

 正規軍を抱えてこそいるが、隣の国に援軍を送るほどの軍事力を持ちえていない。

 その代わりに、エルフの森が近いおかげか、勇者アレックスのような強い力を持った人間が時たま現れることもあるが――。


 なんにせよ、動乱に揺れる南の国まで出向く気はない。

 そう断られたのだろう。


「次の手は考えてあります」


「どんなだ」


「義勇兵を募るのです。この西の王国は、南の国と交易が盛んな土地。その縁者や、移住した者も多く居ると聞きます。その人たちをまとめれば」


「五十人も集まらんだろうよ。やめとけ、そりゃどう考えても期待するだけ無駄だ」


「けれど」


「お嬢さん。もう、南の国のことはあきらめろ。バーザン殿のことは残念だが、時代の流ればかりはどうしようもない。早々に、カレスに戻って降伏することだ」


 そんな、と、セリスが叫ぶ。

 自分の父のことを良く知る人。そして、命を救ってくれた恩人が、そんな言葉を口にすることがよほどショックだったと見える。


 うなだれた彼女の肩からは、先ほどの力強い勢いは無くなっていた。


「降伏の後、アンタの命が危険に晒されないよう、守るくらいのことならできる。だが……この状況で、この戦力差で、戦況を覆すのは無理だ」


「それでも!! 私は、なんとしても、父の意志を継ぎたいのです!! 暗黒大陸から援軍を呼び寄せ、商業ギルドの者たちと結託し、浅ましい独立を起こし南の国を荒らした王弟派たちに屈したくないのです!!」


「屈するんじゃない、一時、逃げるだけだ。人生にはそういう瞬間があるものさ」


「……しかし」


 納得できない、と、うな垂れるセリス。

 また、その瞳の端から涙がこぼれる。

 今度はそれを慰める手は、ビクターから伸びることはなかった。


 そんな時だ。


「なんだビクター。お前、怖いのか?」


「……あん?」


 いきなり場の空気を読まない挑発めいた台詞が飛び出した。

 発したのはこの部屋の借主――今まで黙って彼らのやり取りを聞いていたヨシヲである。


 そう、彼は待っていたのだ。

 この物語の主人公として、まったく存在感のない感じになりながらも、それでも、口を挟んでなんとか話題に食い込んでいく、そのタイミングを。

 そしてここしかないという場面で、ついにその口を開いたのだ。


 ヨシヲへ返した言葉こそ攻撃的ではある。

 だが、そこは人間のできているビクター。ヨシヲの言葉に対して疑問を抱いた感じにその顔を見ている。

 同じく、意図が分からないという感じのセリスの表情が自分に向けられたのを確認して、ようやく自信満々に、ヨシヲは語り始めた。


「ようは、一騎当千の英雄が、一人居れば戦況は覆る。そういうことだろう」


「お前なぁ。そんなバケモノがいったい何処に居るっていうんだよ」


「……ふふっ、気がつかないのか?」


「なんだその笑顔は」


 ダブルサムズアップ&ドヤ顔。

 これまでのシリアスなやりとりを全て、これでもかとぶち壊し、なかったことにするように、満面の笑顔を見せたブルー・ディスティニー・ヨシヲ。


 彼のその腹立たしいを通り越した意味不明な態度に、ビクターもそしてセリスも思わず顎が外れんばかりに口を開けた。


「ここに居るだろう、一騎当千の勇者が一人、なっ!!」


「一騎当千って、お前」


「さっき見ただろう。俺は雷魔法についてはは当世一の使い手――魔法技能レベル8だ。千人だろとうと二千人だろうと【電マ】を食らわして、地に足をつけさせてみせるさ」


「いやしかし」


「ブルー・ディスティニー・ヨシヲ――もしかして、今まで気がつきませんでしたが、貴方は!!」


 ふっ、どうやら、風の噂に広がっているらしいな、と、ヨシヲが意味深にその瞳を瞑った。白百合王国ではまさしく、彼はたった一人で、反乱軍と正規軍を相手に、無双をかました一騎当千の戦士である。


 何も伊達や酔狂、格好付けでやっている訳ではない。

 彼にはそれをやるだけの自身と実力、そして実績が確かにあったのだ。


 厨二病だけれども。


「そう、俺こそかの白百合女王国の動乱において、反乱軍と正規軍を相手に戦った、男――」


「そして、女王(86)のパンツを被って興奮したという、おそろしいど変態!! 国家予算に近い懸賞金がかけられているお尋ね者!!」


 うぇ、そうなの、と、ビクターがドン引きした顔をする。

 若めの女の子が好きな彼からすると、婆さんのパンツを被って興奮し、無双したなんて話を聞けば、そういう反応になるのかもしれない。


 すぐに、そうじゃない、と、ヨシヲは訂正した。

 だが、彼を見る目は二人とも冷たくなっていた。


「とんでもないど変態だぜこいつは」


「白百合女王国に突き出して、その資金で軍を整えるというのはどうでしょう」


「お前らぁっ!! 人がせっかく助けてやろうって、そう言ってるのに、どうして――というか、その件については誤解なんだよ!!」


 誤解ではあるが事実ではある。

 女王(86)のパンツを被って興奮して暴走したのは事実である。

 知らなかっただけで、そして、そのパンツが呪われていただけで。


「そんな性犯罪者の言葉なんて信用できません!!」


「なぜだぁっ!! 今、本当ですか、貴方が居てくれれば百人力ですって、俺サーガチーレムファンタジーがはじまる感じだったじゃないか!!」


「パンツを被って暴れるような変態に国を救われても迷惑です!!」


「だからそれは誤解だと――あぁもう!! とにかく、俺を使え!! 俺一人居れば、南国の騒乱なんて、一週間も経たずに終わらせてやるよ!!」


 いやです、と、きっぱりと断るセリス。

 助けて欲しいのか、欲しくないのか。

 呆れた感じにビクターがため息を吐き出した。


 いやまぁ、常識的に考えて、パンツ被って指名手配されている人間に、救ってもらわなくちゃいけない国ってのは、そりゃないわな。


「何故だ、ガッデム!!」

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