第9話 物語の主人公じゃない
「とにかく、俺一人居れば一騎当千、それは間違いない事実だ」
「……信用できません!!」
「君の窮地を救って見せたではないか!!」
それはそうですけど、と、セリスが黙り込む。
なまじ本当にヨシヲに窮地を救われているだけに、その実力については認めない訳にはいかない。
それこそ、ヨシヲが指名手配犯――それも、女王のパンツを被って指名手配されるなどというふざけた事実さえなければ、彼女もその言葉に乗っていただろう。
「いいか、雷魔法はこの世界で、最も万能で最強の魔法なんだ!! それを極めし俺がついているとなれば――君たちの勝利は間違いない!!」
「……けど、パンツを顔に被ったんですよね?」
「だからそれはかかる事情があったのだと言っているじゃないか!!」
「女性のパンツを被るような変態を、信用しろっていうのが無理だと思うんです」
「まったくセリスの言うとおりだと俺も思う」
ヨシヲの抗議をあえて擁護せず、突き放すように言うビクター。
お前までなんだよ、と、ヨシヲは人目もはばからずに涙を流した。
魔女ペペロペの魔性のパンツである。
見たものを虜にし、
だが、世の人はそのかかる事情を知らない。
ただ彼がパンツを被ったことにより白百合女王国から指名手配を受けている。その情報だけが、この世において真実であり、唯一皆が知りえることなのである。
「くそっ!! いったいどうしたら、信用して貰えるというんだ!!」
「いやもう無理だろこれ。諦めろって、ヨシヲもセリスも。国を救うとか、そういうのは英雄に任せておけばいいんだ……俺たちみたいな凡人の出る幕じゃないんだよ」
「だから、俺がその英雄なんだと、言っているではないか、ビクター!!」
「……そんな簡単に英雄なんてなれるもんじゃねえ。寝言はいい加減にしろって」
とにかく、セリスの話について乗り気ではないビクターは、強引に話を打ち切ろうとした。キャラバンの隊長なんてものを任されているだけあって、実に現実的な彼らしい判断であった。
だいたい、ビクターはヨシヲと違って冒険者を引退した身だ。
いくら知己のある太守の娘の頼みだからと言って、それに付き合う義理は本来ない。命を助けると言ってみせたのも、それは純粋な親切からだ。
「ヨシヲ、それにセリス。俺たちは現実に生きているんだ、英雄譚の中じゃない。よく周りを見ろ、たった三人でいったい何ができるって言うんだ」
「違うぞビクター。たった三人ではない、三人も居るだ。英雄が三人居れば、物語の成功は約束されたも同然じゃないか」
「……馬鹿に何を言っても仕方ねえみたいだな」
勝手にしろよとばかりに、お手上げのポーズをとるビクター。
そして、彼はセリスに、そしてヨシヲに背中を向けた。
どこへ行くんですか、と、問うたセリスに彼は――。
「悪いが、俺にもキャラバンの隊長という仕事があるんだ。お前らの絵空事に、付き合ってる時間も惜しい。セリス、悪いがあくまで徹底抗戦するというのなら、他をあたってくれ」
「そんな、ビクターさん!!」
「ビクター!! 臆したのか!! 貴様それでも男か!!」
「そうだよ、臆したんだよ、男じゃないんだよ。だから俺は冒険者から足を洗って、こうしてキャラバンの隊長をしている」
物語の主人公なんかじゃないのさ。
そう冷たく言い放って、ビクターはさっさとヨシヲの部屋から姿を消した。
ビクターさん、と、居なくなった彼を惜しむように、セリスが切ない声を上げる。
そんな横でヨシヲは腹立たしげに、部屋のベッドを蹴り上げるのだった。
物語の主人公ではない。
酒の席で、ヨシヲはビクターが、どうして冒険者から足を洗ったのか、その理由を聞かされていた。
彼は冒険により、大切な仲間を失っている。
おそらくその時の恐怖が、そして、喪失感が彼をここまで冷徹な、現実主義者たらしめているのだろう。
それがどうにもヨシヲには、歯がゆく感じられて仕方なかった。
男であれば、一度でも冒険者であったことがあるのならば、もっと、熱い心を持っていてもいいのではないだろうか。
青臭い男はどこまでも――考えることまで青臭い。
けれどもその青さは、純粋で真っ直ぐな青さでもあった。
さて、それはさておき。
「……えっと」
「……うん」
部屋に残された、いや、残った二人。
男と女。
ヨシヲとセリス。
パンツを被った指名手配犯と、新国王軍に身柄を追われる太守の娘。
どうしたらいいのだろうか、と、二人はとりあえず視線を重ねる。ここは大人の余裕を見せるところだ、と、ばかりにヨシヲが意気込む。
「とりあえず、行く場所はないんだよな?」
「あ、はい。今日泊まった宿を襲われたので、それについては」
「……どうする?」
「……どうしましょう」
このパンツ泥棒と一緒の部屋で寝るのだけは、ちょっと勘弁したい。そう、彼女の顔にはありありと浮かんでいた。
そして、それに気がつき、傷つきながらも、ヨシヲはため息と共に決意した。
「分かった、今日は俺は部屋の外で寝よう。君はこの部屋の中で休みなさい」
「えぇっ!? けど……」
「大丈夫だ、それくらいでどうこうなる、柔な男じゃない、俺は」
「いえ、寝込んだところを狙って、パンツを盗まれるんじゃないかと、不安で」
「どこまで信用されてないんだ!! するか、そんなこと!!」
パンツ被りは、どこまで行ってもパンツ被り。
変態扱いの汚名を注ぐには、まだ、時間がかかりそうであった。
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