第10話 ヨシヲ知恵を絞るの巻き

 翌朝。

 昨日の深酒のせいか、それとも暴漢騒ぎのせいか。

 チェックアウト間近になっても、うとりうとりと扉の前で胡坐をかいて船を漕いでいたヨシヲは、清掃にやってきた宿の従業員に叩き起こされる形で目を覚ました。


「……いかん、俺としたことが、つい油断した」


 そう言って部屋の中を覗きこむ。

 まさか、自分が寝ている隙に、こっそりとセリスは逃げてしまったのではないか。

 そんな心配をしたのだが。


「……寝ている。よっぽど疲れていたのだな」


 太守の娘セリスは、陽光の差し込むベッドの上で、すよりすよりと穏やかな寝息を立てて眠っていた。


 勝手に女性なんて連れ込んでと、従業員の白い視線がヨシヲの背中に突き刺さる。

 不可抗力だ、仕方なかったんだと、いいわけがましい視線を向けながらも、ヨシヲは部屋の中へと逃げるように入った。


 微かに開いている窓からそよいでくる風が、セリスの赤い髪を揺らしている。

 太守の娘といったが、いったい何歳くらいだろうか、と、ヨシヲは考えた。おそらく、自分よりは若いだろうなと、勝手にそんなことを判断する。


 もしかすると、まだ二十歳も越えていないかもしれない。


 そんないたいけな少女が、母国を追われ、助けを求めている。


「これに応えずして、いったい誰が英雄だろうか。俺は絶対にやるぞ……」


 彼女の寝顔に決意を新たにするヨシヲ。

 あくまで彼はまだ、南の国の内乱への介入を――セリスに力を貸すことを諦めていないようだった。


 と、その時、セリスの顔がうぅん、と、いう声と共に歪む。

 ヨシヲが声をかけるまでもなく、彼女は気配でどうやら目を覚ましたらしかった。


「あれ、ここは――そういえば、私、昨日は追われてて」


「お目覚めかなセリス嬢。ふむ、どうやら、寝起きはあまり強くないみた」


「あぁっ、変態!! やっぱり寝込みを襲って、私のパンツを奪いに来たのね!! やっぱり、指名手配されるだけの変態だわ!!」


「なんでそこだけピンポイントで思い出すんだ!! おかしいだろう!!」


 こっちに来ないでとばかり、ベッドのシーツに身を隠しながら怯えるセリス。

 そんな風に怯えられたら強く出れない。

 ヨシヲは、とほほと肩を落とすと、とりあえず、外で待っているからと、部屋を出て行ったのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


「とりあえず。パンツが無事にあったので、貴方のことを少しだけ信用します、ヨシヲさん」


「ブルー・ディスティニー・ヨシヲ、だ。そこのところ間違えないで」


「それでヨシヲさん。なんとかしてビクターさんを、私たちの仲間に引き込むことはできないでしょうか」


「……まぁ、ヒロインくらい、特別に俺のことをヨシヲと呼ぶのはいいとするか」


 ヨシヲとセリスは、バケットに干し肉とチーズを挟んだものを露店で購入すると、それを食べ歩きつつ港でビクターを探し回っていた。


 酒場での話と出会った時のことを思い起こす。

 確かビクターは、ようやく見つけた南の国へと向かう船に荷を積み込み、仕事に一段落がついたと話していた。


「おそらく、ビクターはその船の出港に立ち会うはずだ」


「そうなんですか?」


「でなければ、わざわざこの港町にとどまったりしないだろう。おそらく、その荷を積んだ船は、今日出港の予定なんだろう。それを見届けて、お仕事完了、次の仕事に着手しようとするはずだ」


 豪快・豪胆とみせかけて、手堅い仕事をするビクター。

 そのことを少ない酒場でのやり取りと、昨日の一連での出来事から、ヨシヲは見事に読み取っていた。これでも、一応はレジスタンスのリーダーなんていうものをやっていた人間だ、相応の鑑識眼のようなものは持ち合わせている。


「と、言っている傍から……」


「あっ、ビクターさん!!」


 港町の一角、最も大きいキャラベル船の前に、確かにビクターの姿はあった。

 キャラバンの代表として、後ろに多くの隊員たちをはべらせて、彼は商船の持ち主と思われる男となにやら楽しげに談笑していた。


 すぐに割り込みに行きましょう、と、逸るセリスをヨシヲが止めた。


「どうしたんですかヨシヲさん。今がチャンスじゃないですか」


「まぁ待て。チャンスが巡ってくるならもう少し後だ」


 こそり、こそりと、物陰に隠れる二人。

 そうこうしているうちに、話がまとまってしまったのか。ビクターと商船の持ち主が握手を交わすと、商船側の人間は船へと乗り込んでいってしまった。


 碇が巻き上げられ、帆が風をはらみ、出航を告げるラッパの音が当たりに響く。


「よし、今だ!!」


「えっ!?」


「走るぞ、セリス!!」


 説明もなく、いきなり走れといわれたセリス。しかし、迷っている内にヨシヲは随分と前へと走っていく。遅れてはならない。生真面目な彼女はそう結論付けると、青いマントの後ろを追った。


 はたして、彼が向かったのは、一直線にビクターの元である。

 今まさに出航しようとして、桟橋に降ろしていた板に、船員が手をかけようとしたとき。


「ちょーっと、待ったァッ!!」


 そんな言葉と共に、ヨシヲはビクターを後ろから羽交い絞めにした。

 突然のタックルに身体を揺らしたビクター。しかし、戦士技能のレベル差はそう簡単には埋められない。


 ぐらりと身体を揺らした程度の彼は、あん、とヨシヲの方になんでもないような視線を向けた。


「んだよ、ヨシヲか。仕事中なんだよ、邪魔するなよな。せっかくいい感じに終わりそうなところだったのに」


「そうか、それはすまなかった」


「お前ね、キャラバンの仕事ってのは心象が第一なんだよ。こういう所でちゃんとした儀礼をするからこそ、次の仕事に繋がるんだ……」


「安心しろ。お前の次の仕事はもう決まっている」


 へ、と、マヌケな顔をして言葉を発するビクター。

 そんな彼の腹にヨシヲは自分の手を合わせると、すぅ、と、深い息を一度吸い込んで――そして、吐き出したのだった。


「いくぞ!! 【電磁投射砲ぶっとびビリビリ作戦】!!」


「……はっ、えっ? うっうぉぉおおおおおっ!?」


 一瞬のことであった、ビクターの身体が、宙に浮いたかと思えば、そのまま海の向こう――今まさに出航しようとしている船の中へと飛び込んだのだ。

 これには彼の部下、そして、ヨシヲの姿を追ってきたセリスまでが、ぽかんとした顔をした。


【魔法 電磁投射砲ぶっとびビリビリ作戦: 古来より伝わる戦車術パトリオットアーツニシ・ズミィに伝われる、電磁力を砲の発射力に変えて射出する必殺技である。効果はこの通り、抜群だ!!】


 うまい塩梅に商船の中に落下したビクター。

 何事だ、と、慌てふためく商船の乗組員たちをよそに、ヨシヲとセリスは合流すると、そのままビクターが吹き飛んだ船へと向かってかけた。


「チャンスって、こんな……やっていいことと悪いことがありますよ!!」


「ふっ、昔から、勝てば官軍というだろう。過程や手段など、どうでもいいのだ」


「やっぱり最低ですね、おパンツさん」


「おい、やめろ、変なあだ名を勝手につけるのは。俺はブルー・ディスティニー・ヨシオだ!!」


 そんなやり取りを繰り広げながらもヨシヲとセリスの二人もまた、ビクターが吹っ飛んだ船の中へと乗り込んだのだった。

 多少荒っぽいやり方だが、ビクターの奴を巻き込むにはこの手しかない。

 それはヨシヲが思いついた苦肉の策であった。


「ほんと、ブルーパンツさんって、魔法の実力はあるのに、どうしてこうも身勝手なんですか」


「ブルーパンツさんじゃない!! ブルー・ディスティニー・ヨシヲだ!!」


 この日、ヨシヲの罪状に、三十二歳キャラバン隊長の誘拐という、さらにどうしようもない罪が追加された。

 だが、どうにかして、三人、南の国へと向かう手筈は整ったのだった。

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