第11話 ここは海の果て流された隊長

「なんちゅうことしてくれるんだ!! お前は!!」


「はっはっはっ!! まぁ、過ぎてしまったことをとやかく言っても仕方ないじゃないか。これまもた、青い運命ブルー・ディスティニーの導きという奴だ」


「何がブルー・ディスティニーだよ!! いきなり人を魔法で吹っ飛ばして、気絶しているうちに出港って――ありえんだろ!!」


「旅立ちは波乱に満ちていた方が面白い」


「面白くねえよ!!」


 ビクターが気絶から目覚めるなり、罵声が船上に木霊した。

 その矛先が向かったのは当然ヨシヲである。


 昨日の酒場でのやり取りとは打って変わって、ヨシヲに翻弄されるビクター。

 打ち所が悪かったのか、それとも寄せてくる歳のせいか。彼は中腰になって背中をさすりながらも、そんな怒声を青い自称転生者に向けて発した。


 既に船はビクター達が居た西の王国から離れ、陸も見えない洋上を南に進んでいる。陸が見えれば、手漕ぎボートにでも乗って船から脱出するところだが、それすら見えぬからもうどうしようもない。


 はぁ、と、深いため息がビクターの口から零れ落ちた。


「あの、すみません、ビクターさん。ブルーパンツさんに、なんとかできないかとお願いしたのは私なんです」


「だから、ブルーパンツじゃないと言っているだろう!! セリス!!」


「セリス。まったく、俺も因果な運命に囚われちまったみたいだな」


 赤い髪を潮風に揺らしてビクターに近づいたのは、太守の娘セリスだ。

 彼女に出られると、どうしても弱いビクター。


 仕方ねえな、と、独りごとのように呟いて、彼はようやく背中を伸ばすと、彼女の肩に手をかけた。


「そこまで俺に手を貸して欲しいってのなら、仕方ない」


「じゃぁ、力を貸してくれるんですね!!」


「……だが、基本は亡命路線だ。カサルの街は諦めろ」


「だから俺一人いれば、それは大丈夫だと言っているだろう。なぜ信用しない」


 じとり、と、ビクターがヨシヲの方を見る。

 流石にキャラバンを率いている隊長だ、威圧感のあるその眼に、うっと、彼がたじろいた。


 そして次の瞬間――勢いよくビクターは腰に佩いていた剣を抜くと、湾曲したその剣の切っ先を、ヨシヲの顎先に突き立てた。


 つん、つん、と、まるでもてあそぶように、その先を押し付けるビクター。

 しかしその眼はまるで笑っていない。


「分かるだろうヨシヲ。戦場じゃ、俺程度の使い手なんで幾らでも居る。そいつら相手に、お前の雷魔法だけで本当に立ち向かえると?」


「……当然!!」


「魔力切れを起こしたらどうするんだ?」


「そこの所は抜かりない。魔力の貯蔵に関しては、俺も雷魔法とは別に、ちゃんと修練を積んだ。千人切りしたところで、俺の魔力はまだ半分も使い切っていないさ」


「ほんと、腹立つくらいに余裕な奴だな」


 つんと、また、ヨシヲの顎先に剣の先を押し付けるビクター。

 もし力加減を間違えれば、ざっくりと、ヨシヲの顎は切り裂かれることだろう。

 だというのに、彼は一貫してその主張を覆すことはない。


 ここまでして、逆に言葉を撤回しない、あるいは少しもびびった様子を見せないのは、なかなか余人をもってできるものではない。


 案外に大物なのかもしれない。

 ビクターの中でヨシヲに対する妙な評価が生まれた。それと同時に、彼は青い男の顎先を弄んでいた剣を引くと、腰の鞘の中へと戻したのだった。


「まったく、ようやく信じてくれたか」


「お前のバカさ加減に、白旗をあげただけだよ。ったく、しょうのない奴だ」


「バカはお前だろう。自分の可能性に見切りをつけるのが早すぎる」


「はっ、二十も後半過ぎれば、だいたい自分の限界なんて見えてくるだろう」


「そうか?」


 相変わらず、ビクターから視線をそらさずそう言ったヨシヲ。

 もう剣先はその顎先に当てられていない。だというのに、彼はまだ、キャラバン隊長にして元冒険者に、熱い視線を送っていた。


「人生に遅すぎることなんてないさ」


「どこかで聞いた名言だな。もうちょっと、自分の言葉で語れよ。せっかくの厨二病がだいなしじゃないか」


「男は行動で示すものだろう」


「……ちがいない」


 参った参った、と、ビクター。

 降参とばかりに両手を挙げると、彼は近くにあった帆の柱を背中に座り込んだ。


 ようやく話が落ち着いたと見るや勝手にヨシヲたちに乗り込まれた船長がやって来る。どういうことなのか説明してくれと、彼はなぜかビクターに状況を問うた。


 ヨシヲたちが、ビクターが気絶していたのをいいことに、詳しい話はこいつから聞いて欲しいと彼をダシに使ったのだ。もちろん、革命のために船に乗り込んだなどと言えば、追い出されるのが目に見えているからという理由である。


 あぁ、そうな、と、ビクターが言葉を濁す。

 ここで彼が本当のことを言って、船を降ろしてもらうように頼むというのも、一つの考えられる話ではあったが……。


「ちょっとな、南の国に野暮用があってさ。こいつらのおもりで着いて行かなくちゃならなくなったのよ」


 その返事に、セリスの表情が明るくなる。

 ビクターさんと、今にも飛びつきそうな彼女を、あぁもう、そういうのはいいからと、邪険そうに手で制してビクターはまたため息を吐いた。


 まぁ、いざこざはこうしてあったわけだが。

 ようやっと、ビクターはヨシヲたちに協力することを腹に括ったのであった。


 ふっ、と、ヨシヲが海を眺めてニヒルに笑う。


「そうだな、英雄にはヒロインも必要だが、相棒バディというのも必要だ」


「おぉい、勝手に俺を犯罪の相棒にしないでくれ」


「そうですブルーパンツさん!! ビクターさんはブルーパンツさんと違って、まっとうな仕事をされているかたなんですよ!!」


「だから、ブルーパンツじゃないと言っているだろう!! ブルー・ディスティニー・ヨシヲだ!!」


 はたして青いパンツとは、いったいどういうモノなのか。

 そしてどういう意味が込められているのか。


 言葉の意味はよくわからないが変態ろくでもないことは伝わる。

 そんな、不名誉な渾名がすっかりと板についたヨシヲは、船の上でも憤慨するのであった。

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