第12話 船の行き先

「さて、勢いで出発したはいいが――この船は、南の国のどこに着くんだ?」


「お前ら本当に考えなしだなぁ」


「ブルーパンツさんが急げっていうから」


「だからブルーパンツじゃない」


「ブルーパンツ。尻も頭も青いのに、パンツまで青いってどうなんだよ」


「違うと言っているだろう!! だいたい、俺はパンツはトランクス派だ!!」


「ブルーの?」


「それは――時々まぁ、勝負パンツに穿いたりはするけれど」


「やっぱりブルーパンツなんじゃないですか!!」


「けど今は普通のストライプグレーパンツだ!! とりあえずやめてくれ、せっかくの二つ名が汚れた気分になる!!」


 女王のパンツ被って指名手配犯になっている時点で、既にその名は汚れまくっている気がするのだが、その辺りは気にしないのだろうか。なんてことを不思議に思うビクターとセリスであった。


 まぁ、ヨシヲのちょっと世間ずれした感覚はともかくとしてだ。


「ビクターさん、さっそく教えてもらってもいいですか?」


「なんだ?」


「この船が向かうのはいったいどちらなんでしょう」


「そうさな、南の国の王都よりさらに南――ガランの都だ。あそこは南の国の中でも、特に国王寄りの地域だろ。王都にも近いしまぁ安心だ」


 ガラン、と、その名を聞いたセリスが沈黙した。

 その反応が予想外だったのだろうか、背中にしていた帆の柱から立ち上がったビクター。何かあるのか、と、すかさず彼は不安な顔をする乙女に詰め寄った。


 いえ、と、これまた煮え切らない返事をするセリス。


「情報の出し惜しみはなしだぞセリス。俺たちはもう仲間なんだ。ビクターがこの船の行き先を教えてくれたのだから、そこに対する懸念情報があるというなら、君もそれを提示するのが筋というものだろう」


「……ヨシヲさん」


 ようやくまともな名前で呼んでくれたのは、彼がまっとうなことを口にしたからだろうか。確かに、仲間相手に情報の出し惜しみなんてのはよくないだろう。


 分かりましたと頷くセリス。

 ヨシヲとビクターは肩を並べると、セリスの言葉にしばし耳を傾けた。


「ガランの都は確かに、王都に最も近く、また現王に対して好意的な領主と領民が住んでいる都です」


「そうなのか?」


「あぁ、今回の荷の受け入れに際して、相当に南の国の港を当たってみたが、好意的な返事をしてくれたのはここだけだった」


 もっとも、西の王国から定期船が出ている港に限るが、と、ビクターはそこに情報を付け加えた。


「――ですが、それだけに、目下、新国王軍の次の侵略先として目されている場所でもあるのです」


 なんだそれは、と、初めて聞く話しだとばかりにビクターが声をあげた。


 実際、南の国の細かい情勢については彼よりもセリスの方が詳しい。

 というよりも、南の国の動乱が激しすぎて、正確な情報が中央大陸の方まで回ってこない――というのが正しいだろう。


 そういう反応が出てしまうのは仕方ない。

 しかし、それはビクターにとって、寝耳に水な情報に違いなかった。


 セリスは続ける。


「目下、逆族である王弟軍は、私の故郷であるカサルを正面に据えて、軍を展開しています。まずは南の国の西部を勢力下に組み込むというのが目的ですが――」


「難攻不落で知られたカサルの都だ。攻めあぐね居ている姿が目に浮かぶぜ」


「都に残っている皆が善戦してくれているならば、まだ、王弟軍はカサルを落とせていないはずです」


「となれば、先に南のガランを抑えようという話も、王弟軍の中で出てくるかもしれない――ということだな?」


 おそらく、と、セリスがヨシヲの言葉を肯定した。

 苦々しい顔をしている。彼女も、ここ数日は、故郷を離れているのだ。その辺りの詳しい戦況がどうなっているのかは、分からないというのが本音だろう。


 ふむ、と、ヨシヲが手を組んだ。

 陸こそ見えないが、まだ、沖に出ていないのだろうか、船の揺れは意外と小さい。

 静かにその波の揺れに身を任せていた彼は、ふと、目を見開くと、いきなりとんでもないことを言い出した。


「なるほど、これは逆にチャンスかもしれないぞ?」


「チャンス?」


「敵が勢力を二分して攻めてくるというのなら、それは願ってもないことだろう。相手にする数が半分になるのだ。それに、自分たちが襲われるとなれば、ガランの都の人間たちも今回の動乱に無関心ではいられない」


「――なるほど、戦争の準備くらいはしているだろうな」


「そこに俺たちが加われば――どうだろうか?」


 まるで英雄譚の始まりだとばかりのどや顔を見せるヨシヲ。

 ふむ、なかなか悪い考えではないなと、これにはビクターも、そして、どこか彼のことを小ばかにしている節のあるセリスも首肯した。


 さて、そうなると、次に問題となって来るのは――。


「どうやって、その軍に取り入るか、だな」


「それならば私の名前を出せば大丈夫かと。バーザンの娘と名乗れば、きっと信頼してくれるはずです」


 はたしてそんなに上手くいくだろうかね、と、ビクター。

 皮肉ではなく、それは純粋な危惧であった。


 西部の州の諸将をまとめて戦った英雄の娘。

 しかし、真の英雄であるバーザンと違って彼女には何の実績もない。

 強いて言うならば、西の王国から使えるのかどうかも怪しい、おっさん二人を連れて来ただけである。


 そんな娘にほいほいと、軍が兵を預けるだろうか。軍が彼女の参入を認めるだろうか。敵討ちという美談は確かに聞こえはいいかもしれないが、その敵討ちの人物が、使えるかどうかは別問題である。


 見たところ、将兵を率いることに秀でた感じには見えないセリス。

 どちらかといえば親しい人間に支えられて、その本領を発揮するタイプだ。そう、ビクターは直感的にではあるが判断した。


 だとしたら、正規軍の将兵というのは、彼女に荷が勝ちすぎる。


「そしてヨシヲはどれだけ使えるか未知数だしなぁ」


「おい、ビクター、おい、酷くないか。どこまでも果てしなく使える男だぞ、俺は」


「はいはい、言ってろ言ってろ」


 あれだけの目にあってまだ信じていないのか、と、息巻くヨシヲ。

 と、その時、船が大きく揺れた。


 どうやら沖合に出たらしい。

 船長が、アンタらは客人だから、船室の方へ行くようにと声をかけてくれた。

 その言葉に素直に甘えて、ヨシヲたちは一旦、甲板を後にしたのだった。

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