第13話 同門

「くっ、まさか沖に出ると船があんなに揺れるとは……オロロロ」


「ブルーパンツさん、どれだけ胃の中にモノを詰め込んでるんですか」


「そんだけ吐いてまだ出るとか。まぁ、確かに昨日は飲ませ過ぎた気はするが」


「船酔いだけは雷魔法でもどうにもならんからな。くそっ、陸は、陸はまだなのか――オロロロ」


「しっかりしてください、ブルーパンツさん!!」


「ブルー・ディスティニー・オロロ……ヨシヲ!! オロロロ、オロ……!!」


 いいから横になっていろと、船室の中で蓆を引くとビクターはヨシヲを転がした。

 まったく世話の焼ける奴だなと言いつつも、なんだかんだ、面倒見がいいのか、嫌そうな感じではない。


 流石はキャラバンの隊長をやっているだけあって、人徳はあるようだ。

 いや、それ以上に――深い人間的な魅力をセリスはビクターに感じていた。

 ヨシヲをないがしろに、ビクターにばかりあれこれと頼るのも、そういう、頼りがいのある雰囲気みたいなものがあるのだろう。


 対してヨシヲは、自分のことにいっぱいいっぱい。

 これに頼ろうと思うのが、まぁ、どうかしているというものだ。


 あの、と、控えめな声でセリスがビクターに尋ねる。


 なんだと振り返ったその表情には、三十代男性の余裕みたいなものが満ちていた。


「ビクターさんは、私の父とは知り合いなんですよね」


「……まぁな」


 だがその余裕も、セリスの質問によってすぐに霧散した。

 彼にとって、彼女の父であるバーザンの話題は、あまり触れられたくないことのように思われた。


 それでも、知的好奇心は止められないものだ。

 特にセリスくらいの年若い娘となると、相手の態度など考慮の外だ。ついついと、自分の聞きたい質問だけを相手に訪ねてしまう。

 それはある意味で仕方のないことだった。


「よければ教えてくださりませんか。父との関係について」


「……あぁ、そうだな。まぁ、平たく言っちまえば、雇い主と雇われの身って奴だ」


「雇われの身?」


「冒険者をしていたころ。俺は――というより俺たちのパーティは、バーザン殿によく仕事を頼まれていたのさ。言っちまえば、仕事の取引先って奴だ。この上なく分かりやすい関係性だろう」


 違います。と、セリスはビクターの説明をすぐに否定した。

 少しだけ彼の顔に戻っていた大人の余裕が消え去る。


「仕事だけの関係なら、ここまで私のことを気にかけてくださるはずがありません。もっと他に、個人的な関わりがあるから、ビクターさんはこうして私に力を貸してくれるんではないのですか?」


「……まったく参るね。そういう妙に感が鋭いところは本当にバーザンそっくりだ」


 やれやれ、と、手を上げるビクター。

 えろえろとまた汚い音を立てているヨシヲの背中を摩りに行くふりをして、セリスの視線から逃れた彼。


 だが、追跡の視線を緩めない彼女に、ついに観念したようにわかったよと呟いた。

 背中を向けたまま、彼は語る。


「バーザンと個人的な関係があるのでは、と、言ったなセリス」


「はい」


「その推理は正しい。俺とバーザンは同門の師に教えを請うた――要は兄弟弟子の間柄にあたる。いやそれだけじゃない、俺とあの人は師の下で共に多くの時間を過ごし、義兄弟の契りまで交わしていた」


「兄弟弟子? 同門? すみません、よく理解が――」


「その軍略は今コウメイ。南の国の大軍師バルトロメオ。お前も名前くらいは聞いたことがはあるだろう」


【人物 バルトロメオ: 南の国でその名を知られた大軍師である。今より五十年前、大陸中央連邦共和国の地方都市が南の国への帰順を表明した。それに対して、大陸中央連邦共和国は三千の兵を送り、都市の南の国への帰順を翻意させようとした。大軍に囲まれ、物流の一切が断たれ、孤立した地方都市。そこに、南の国より単騎援軍としてやってきたのが、このバルトロメオである。彼は、その智謀知略を活かし見事に共和国の軍団を寡兵にて翻弄すると、逆に相手の兵站を断ち、地方都市の南の国への帰順を成功へと導いた。その功績・知略を持って、彼は今コウメイの名で呼ばれて久しく、ゆえ合って野に下ったのちも、私塾を開いて多くの門弟を育て上げた】


 どこか懐かしい目をして、ヨシヲの背中を撫でるビクター。

 オロロオロロ、と、すっぱい胃液が、桶の中に落ちる中、彼はふっと目を閉じた。


「俺とバーザンはバルトロメオ老の最後の弟子なんだ。老には可愛がってもらったし、その最後も一緒に見送った」


「そうだったんですか」


「師が死んだあと、バーザンはそのまま国に仕官し、そのままとんとん拍子に出世して太守になった。もともと、家柄も良かったしな、順当な話だろう」


「ビクターさんは?」


「俺はその後は生まれ故郷の村に戻って、師匠から学んだ軍略を使いたくなってな。同郷の友人たちと冒険者パーティを組んで――って、ところよ」


 そして、その冒険者パーティは、些細ないざこざにより壊滅してしまった。

 涙目になって胃の中のものを吐き出しながらも、ヨシヲはしっかりとビクターの話に耳を傾けていた。


 どうして、バーザンについて彼が語りたがらないのか。

 その理由がようやくこの青い男にも理解できた気がした。


 それは、自分が犯してしまった過ちの原点だったからだ。

 もし彼が、その師であるバルトロメオの下で修業をしなければ、彼は故郷の村で冒険者パーティを立ち上げるようなことはしなかっただろう。

 彼以外のパーティがどうなったかは知らないが、おそらく無事ではなかったのだろう。その眼を失うこととなった過去に、彼は触れるのを恐れていた。


 馬鹿らしい、と、笑うことができるのが真の厨二病だろう。

 しかしヨシヲには、ビクターのそんな素性を笑うことはできないのだった。その悲しみが、痛いほどに伝わって来るから。


 自分が世界を救う勇者であると、心に強く言い聞かせている彼だからこそ分かる。

 それは傷ついた心を救うための一つの方法だったのだ。


 若いセリスには、どうしてそんな辛い背中でビクターが過去を語るのか。やはり、理解はできていないようだった。

 だが、どうやら彼と彼女の父の関係について、一応の納得はしたみたいだった。


 壁を打つ波の音が聞こえる。

 ヨシヲは、それをかき消すように、また、激しい嗚咽をあげた。どこか悲しいその空気を、少しでも和らげようとばかりに。

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