第14話 港湾都市ガラン

 船旅は夜になっても続き、また、次の日も、太陽が天頂より傾くまで続いた。

 ようやく港湾都市ガランに到着したのは、日の光が落ち着いて、そろそろ朱色を帯びてこようかという頃合いのことだった。


「ありがとう船長。急な話なのに、協力してくれて助かったよ」


「なに、ビクターさんの頼みとあっちゃしょうがねえ。それより、何をするつもりか知らないが、気をつけるこった」


「なぁに大丈夫さ。その辺りの経験は、まだ鈍っちゃいねえよ」


 そう言って、キャラベル船を後にするビクター、ヨシヲ、そしてセリス。

 近海に入って揺れが収まると、すっかりとヨシヲは体調を取り戻していた。セリスも、敵に狙われることのない船の中ということで、久しぶりにゆっくりと寝られたのか、幾分と顔色がよくなっていた。


 さて、これから何をどうすればいいのか。

 真っ先に口を開いたのは、仕切りたがりのヨシヲである。


「どうだろうか。ここは一つ、都市の出入り口に行ってみるというのは」


「なるほど。新国王軍が迫ってきているのなら、出入り口は慌ただしくなっているはずだ。門の外に軍を展開しているということもあり得る」


「港の様子を見た限り、慌ただしさは感じませんでしたけれど。そうですね、それをまずは確認した方がいいかもしれません」


 という訳で、さっそく、彼らはセリスの案内の下、都市の出入り口で城壁の門を目指して歩き出したのだった。


 入港時は感じなかった慌ただしさだが、徐々に、城壁へと近づくにしたがって、ひりついた空気が辺りに増えて来たのを感じた。それはビクターも同じだったらしく、どうやらこれは当たりかもしれないと、二人は視線を交わした。

 唯一、そのような戦場の空気をよく知らないセリスだけが、我が物顔で彼らの先頭を切って歩いて行く。


 と、その時だ。


「おい!! 止まれ!! 今、城壁は反乱軍との戦に備えて修繕中だ!! 勝手に近づくことはならん!!」


 止めたのは、いかにも見回りをしている雑兵という感じの男だった。

 親切丁寧なその説明に、ヨシヲもビクターも溜飲を下げる。


 いよいよ、セリスが船で語った予想が的中したことが濃厚になってきた。

 兵士の制止の声など無視して、ビクターが低く唸った。


「先にガランの街を落としちまおうってか。なかなか、反乱軍って奴らは、貪欲な奴らだな」


「国の西部を掌握しただけでは飽き足らず、更に領土を拡大しようとするとは。このま、現政権を打倒するつもりなのかもしれない」


「実際、それだけの勢いを反乱軍は持っています。なにせ、商業ギルドによる金銭的なバックアップがありますからね。それに、暗黒大陸からの傭兵も数多くいます」


「むぅ……。そうと分かったら、もう城壁に向かう必要もなくなったな」


「だな」


 おい聞いているのか、と、がなる兵士。

 あぁ、はいすいませんとセリスが謝ると、三人は一斉に踵を返して、元来た道を戻り始めた。


 さて、そうなるといよいよ、行きがけにセリスが言っていた、都市の防衛軍へ脚を運ぶ必要が出て来たことになる。

 まだ城壁の修繕中ということは、臨戦態勢とまでは事は及んでいないのだろう。


「防衛拠点に直談判に行くとするか。どこにあるか分かるか、セリス?」


「城壁の北端にある物見櫓の下が、常備軍の作戦本部だと聞いています。そこに行けば、おそらくこの状況ですから、将兵が集まっているのではないかと」


「よし、では、とりあえずそこを目指してみることにしよう」


◇ ◇ ◇ ◇


 セリスが予見した通り、城壁北端の物見櫓の下には、多くの兵が参集していた。石造りの物見櫓下の小屋には、せわしなく斥候と思われる兵たちが出入りしている。

 おそらく反乱軍の動向について、逐一報告しているのだろう。


 当然、ここでも兵たちに見咎められたヨシヲたちは、物見櫓に近づくより前に、止まるようにと声をかけられた。

 しかし今度は先ほどのようにすごすごと帰る訳ではない――。


「私は、カサルの太守バーザンが娘セリスである。反乱軍に立ち向かう同胞として、ガランの将たちと話がしたく参上した」


 そう堂々と口上を上げれば、制止をかけた兵士がひるんだ。

 兵と言っても彼らは徴兵されただけのただの市民たちだ。堂々とした態度を見せ、かつそのやんごとない血筋を前に出せば、彼らは途端に狼狽えた。


 小屋の中の将兵に確認を取って来ると、兵士がセリスたちに背中を向けた。

 やるじゃないか、と、口を出したのはビクターだ。


「流石は音に聞こえし名将バーザンの娘。その威風が漂ってくる、堂々とした名乗りだったぞ」


「……そう言っていただけると助かります」


 セリスの額から、ついと一筋汗が流れる。

 堂々とした名乗りだったが、どうやら彼女も緊張していたらしい。


 若いのに肝も据わっていると見える。

 どこかそのふるまいの中に、かつての兄弟子の姿を見たのだろう、ビクターの眼が夕日の中に優しく歪んだ。


 と、そんな所に、小屋の中から顔を出して、先ほどの兵が声を張り上げた。


「お会いになられるそうだ、参られよ!!」


 どうやら、ここまではセリスが思い描いた絵空事の通りにことは進んでいるようだ。だが、問題となるのはここからだろう。

 さて、どうしたものかねぇ、と、ビクターは顎の無精髭を軽く摩った。

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