第15話 俺を誰だと思っている
小屋の中に集まっていたのは三人の将兵だった。
一番若い――といっても四十代くらいだろう――のは黒髪の将兵。
軽いレザーメイルに身を包み、緑のスカーフを首元に巻いていた糸目の彼は、ビクターを見るなり驚いた感じに眼の代わりに口を開いた。
ビクターはといえば、眼を見開いてそれに応える。
思いがけない再会という感じは、わざわざ台詞にしなくとも伝わって来るだろう。
すぐに糸目の彼はビクターに近寄ると、その肩を両手で掴んだ。
「ビクターじゃないか、おまえ、どうしてこんなところに?」
「それはこっちの台詞です、ロメール兄。貴方こそどうしてこんな所に!?」
「お知合いですか?」
「……バルトロメオ師匠の高弟の一人さ。門下三傑とも言われていて、俺も何度か師の代わりに軍略を教授いただいた」
とすると、父の兄弟子でもある訳か、と、セリスが急にかしこまる。
そんな様子を見て糸目の将は、ほぅと何やら得心した感じで頷いた。
「すると、彼女がもしかして、バーザンの?」
「初めまして。私は、カサルの太守バーザンが娘、セリスと申します」
「ほぉう。彼とは何度か王府で会うことがあったが、このような立派な娘さんが居たとは知らなかった。はじめまして、私はロメール。今回、ガラン防衛に当たって、王府から派遣されてきたのだ」
そういう事情だったのか、と、ビクターが納得する。
いやしかし、立派な娘さんだと、緊迫した状況にも関わらず、ロメールはセリスの手を取りその成長ぶりを喜んだ。
ごほん、と、それを窘めるような咳払いが奥から聞こえる。
「軍師どの。私語はほどほどにしておいていただきたい」
「我々は今、ガランを陥落されるや否やという、困難の只中に居るのですぞ。それをお忘れになってもらっては困る」
「いや、これはこれは。失敬、私としたことが、つい、公私の混同を」
失礼、と、咳ばらいをしてその場を離れたロメール。
再び元居た位置――入ってすぐ、部屋の右手側へと移動した彼に代わって、今度は正面の男が凄みの聞いた視線を向けて来た。
つるりと禿げ上がった頭に麦色の太い眉毛。
着こむのも大変そうなフルプレートメイルを身に着けた老人である。
いかにも歴戦の将という出で立ちの彼は、じろりと値踏みするような視線を、セリスに向かって投げかけた。
また、彼女の額に汗が滲み出る。
「ワシはこのガランの全軍を預かっている、ホランド将軍である。隣が、補佐官のアルケインだ」
「アルケインです。どうぞお見知りおきを」
土色の顔をして黙っていたのっぽの男が突然に挨拶をする。
首を九十度くらいあるかという感じに大きく曲げて、そして、無表情かつ無感情、抑揚もなく彼はそう言った。
不気味さに、ぞくり、と、セリスが肩をすくめた。
ヨシヲもまた同様だ。
どこか生気が感じられないのは、いったいどうしてか。
鎧も着ておらず、士気もあまり高くなさそうだが、補佐官として登用されるからには、それなりの実績を持っているのだろう。
あるいは高位の魔法使いなのかもしれない。
挨拶だけを終えると、すぐにまた、視線を正面に戻すアルケイン。
なんだかとんでもない所に来てしまったようだなと、兄弟子との再会に喜んだのも束の間、ビクターは奥歯を噛みしめた。
さて、と、話を切り出したのはホランドである。
「単刀直入に聞こう。貴殿は、ここにいったい何を求めてやって来た」
武骨な将に相応しいまさしく直截な問いだった。
もちろん、それを言うために、セリスたちはここにやって来た訳だが。
まるで鬣を剃り上げられた獅子のように、こちらを睨むホランド将軍に、うっと、セリスは気を飲まれてしまった。
この話は、バーザンの娘にして、今のカサルの太守代行である、彼女から告げなければいけないことである。あえて口を挟みたくなるのを、ビクターはぐっと堪えた。
それが分かっているのか、セリスもまた、呼吸を整える。
そうして――。
「今、我が故郷カサルは、反乱軍の手により包囲されております。しかし、ガランに反乱軍が兵を裂くということになれば、あちらの包囲も緩くなりましょう」
「うむ。で、それが如何に?」
視線を緩めずにホランドは続ける。
それになんとか耐えきると、また、セリスは次の言葉を紡ぎ始めた。
「更に、ガランが反乱軍に勝利すれば、その余勢を持ってして、カサルは反撃に出ることができるやもしれません。ガランには勝ってもらわねばならぬと思い、ここに参上した次第です」
「片腹痛いわ、お主のような小娘にいったい何ができるというのか!!」
一喝。
それと共に、眼の前のテーブルを叩いて見せたホランド。
机上に広げられていた地図と一緒に駒が飛び交う。
その光景に、完全にセリスは心を折られてしまったようだった。
「早々にカサルに戻られるがよい。我らガランは、誰の手助けも借りずに、反乱軍に立ち向かうだけの力を持っている」
「……お言葉ですがホランド将軍。将兵の数はただでさえ不足しています。この際は、彼女を登用されるのが賢明かと」
「要らぬ!! 戦場に女子供など不要!!」
まったくもってホランドの理屈の通りであった。
こんな小娘――しかも、ガランの都に関係のない、隣の州の太守の娘――に上に立たれても、兵の士気は上がるばかりか下がるだけだろう。
物事の本質を、ホランドはしっかりと見抜いてた。
しかし、と、そこをロメールが食い下がる。
「彼女はともかくとして、彼――ビクターは私と同じく今コウメイことバルトロメオの門人です。彼が駒として動いてくれるとなると、心強い」
「ふん、そのバルトロメオからしてワシは好かんのだ。たかが一度の戦を寡兵で勝ったというだけで英雄扱い。ワシのように一兵卒から叩き上げでこの地位に上り詰めたものには、鬱陶しい以外のなにものでもないわ」
それはすなわち、王府から派遣されたロメールを、ホランドが疎ましく思っている。その証左でもあった。
思った以上に、人間関係は複雑なようだ。
この様子では反乱軍に立ち向かうどころの話ではない。
早々に、内ゲバを起こして、自壊しかねない危うさがある。
ロメールが現れたことで状況が変わったと考えたビクターは、すぐに、消極的だった思考を改めた。どうにかして、この軍に入り込まなくてはいけない。
しかし、どうやって――。
思いあぐねいたその時。
「ふっ、確かに、たった一度の勝利だけで、英雄扱いなら、安い話というものだ。爺さんの言うことには一理あるというもの」
「ヨシヲ」
「誰だ貴様は。というか、なんだその青々しい格好は。なんの冗談だ」
「ふっ、老人にはこのセンスが分からないようだな」
誰なんです、と、ビクターにそれとなく耳打ちする、ロメール。
さぁ、誰なんだろうか、と、そらとぼけたビクターをよそに、セリスの前に出たヨシヲは、堂々と胸を張るとホランドに上から目線を向けた。
彼からすればまだまだ尻の青い餓鬼であるヨシヲ。
しかし、その溢れんばかりの自信に、思わず気おくれしてしまう。
「俺を誰だと思っている」
そう言って、彼は握りしめた拳に、青い稲光を走らせてみせた。
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