第6話 美女を助けるのは勇者の嗜み
裏路地には、先ほど駆け込んだ黒いマントの男たちが五人、列を成していた。
その先は突き当たりになっていて、高い塀が行く手を阻んでいる。
分かりやすい袋小路という奴である。
登って越えようにも、手をかける場所もないそこに、背中を預けているのは赤い髪をした美女。肩先まで伸びた髪を風になびかせて、ふくよかな胸を二の腕ではさみながら、短剣を構えている。
どこか凛々しさを感じさせる顔つきをした彼女。
助けて、と、叫んだのは状況から見て彼女に間違いなさそうだが、武人のような雰囲気をかもし出すその姿には、どうにもその言葉が不釣合いに思えた。
「まったく、手間をかけさせてくれるじゃじゃ馬だ」
「貴方の捜索に、我々がどれだけ手を尽くしたか、知っておられるのか。こんな大陸の西の果てまで逃げるとは」
「流石はかのお父上の血を引いてらっしゃる。鬱陶しいこと限りないな」
「このように荒んだ娘を持って、お父上も天上で嘆いておられることだろう」
「黙れ!! 貴様らが父の名を語るか、汚らわしい!!」
抜き差しならない感じの会話のやり取り。
助けに来たのはいいが、ヨシヲとビクターが入っていくのを思わず躊躇する。
当然、二人とも、すぐに路地裏に入ることはせず、物陰からその成り行きを見守っている。
ヨシヲ曰く、美女を助けるにも、順序というものがあるのだという。
今はまだそのタイミングではないと、冷静にビクターを止めたのだ。
そんな彼らの視線にまったく気付かないという感じに黒衣の男と、赤髪の女の会話は続く。
「貴方の身柄を押さえれば――カサルの都も無駄な抵抗はやめるでしょう」
「偉大なる太守さまを失い、我等が新国王軍に囲まれて、逃げることもできない。それでも強情に、抗戦を続けるのは流石はというところ」
「鬱陶しきかな太守の薫陶。太守亡き後も、その娘の帰還と援軍を信じ、抵抗を続けるとはな」
どうやら、赤い髪の娘の素性は見えた。
彼女は今動乱に揺れている南の国。そのどこかの都の太守の娘であるらしい。
しかもどうやらその太守および都の民たちは、反乱を起こしている先代の王弟側ではなく、現王側についているらしかった。
仕事柄、ビクターが聞いた話によれば、先代王弟側の軍勢は日増しにその勢力を拡大しており、ほぼほぼ国を覆す勢いなのだという。
南国の西側に位置している都市や街、村々は、ほぼ彼らに帰順を示し、先代王弟を新国王と呼んでいるのだとか。
国を二分するような大変な事態になりつつある。
そんな状況下にありながら、なんとか船で南国に渡る手はずをビクターは整えたばかりであった。やれやれ、と、彼が頭を抱えたのは仕方のないことだった。
「しかし、その希望もここで潰える」
「貴方の身柄を押さえれば、都の民も無駄な抵抗はやめるでしょう」
「そうなれば、南の国のほぼ半州は、我等新国王軍の手に落ちたことになる」
「させないわ!! 絶対に貴方たちの思い通りになんて、させない!!」
「ふふっ、ただの小娘の貴様に何ができるというのか」
「仲間を見つけることもできず、今こうして我等に追い詰められているお前に」
今だ、と、ヨシヲの目が光る。
「仲間ならここに居るぞ」
背後から聞こえてきた突然の声に、はっと黒衣の男たちが振り返る。
しかし、気付いたとことで時既に遅し。
雷魔法は瞬間的に展開されると――彼らの股間を襲ったのだった。
「【電マ】!!」
「はぅん!?」
「ほぁっ!?」
「ひぐっ!!」
「あはん!!」
「ぬふぅ……」
ヨシヲの魔法により股間を射抜かれた黒衣の男たちが、その場に崩れ落ちる。
前のめりに。大事なところを守るように。
小刻みに震える男たち。
その後頭部にさらに電撃魔法を打ってスタンさせていくと、ヨシヲとビクターは女性の前に歩み出た。
突然の仲間――しかも見知らぬ男たちの登場に、赤髪の乙女が顔を引きつらせる。
そんな彼女を怖がらせないように、ゆっくりと二人は彼女に近づいた。
「あ、貴方たちは?」
「ふっ、なに、名乗るほどの者じゃない」
「いや名前を尋ねられてるんだろうがよ」
格好をつけるヨシヲをよそに、ビクターが話を切り出した。怯える乙女の前に出ると、その無頼漢な格好に似合わず、彼は流暢な感じに話しはじめた。
「俺たちはたまたま通りがかった酔っ払いだ。できればあんたの事情に係わり合いたくないとは思っている」
「ビクター!? 助けておいてそれはないだろう!!」
「しかしまぁ、このアホがどうしてもお前を助けたいというのでな。助太刀したという訳だ」
そうなんですか、と、乙女はようやく落ち着いた感じに、手にしていた短剣をおろす。彼女は腰に佩いている鞘にそれを収めると、空いた手を――ビクターに向けて差し出した。
「私の名前はセリス。南の国の都が西郡太守バーザンの娘です」
バーザン。その名前に、はっと、ビクターの顔が引きつった。
どうやら彼もまたヨシヲの青い運命ほどではないが、何かしらの運命に導かれているらしかった。
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