第5話 酔狂なるディスティニー
結局、ヨシヲとビクターは意気投合、その日は店が閉店するまで飲み明かした。
顔は真っ赤になって、すぐグロッキーになったヨシヲであったが、そこは曲がっても革命家である。ザルのごときビクターにからかわれながらも、なんとか最後まで意識は保っていた。
「おーれはー、てんせいしたーゆーしゃー!! このせかいをすくーう、しんのひーろぉ!! よのおんなのこたちはー、みんな、おれのでぃすてぃにー!!」
「よっ、いいぞヨシヲ!!」
「でんせつのけんよぉー、まっていろぉー!! ドラゴンヨぉ、にげるならぁ、いまのうちだぁ!! おじょうさん、ほれちまったらいけないよぉ!!」
「大陸一!! お前はホント、大陸一の大バカ野郎だぜ、はははっ!!」
肩を組みながら、ぐてんぐてんと身体を揺らして歩く、キャラバンの隊長と青い魔法使い。流石に夜も更けて、人通りも少なくなり、どこかうら寂しくなった深夜の繁華街に、音を外したヨシヲの歌が木霊する。
客が取れなかったのだろうか。
五月蝿いねえと、窓から娼婦が林檎をヨシヲに投げつける。
それを魔法でひょいと砕くと、ヨシヲとビクターははげたげたと笑った。
「お前、本当に魔法だけは一級品なんだな!!」
「かみなりぃ、まほうだけは、しゅぎょうしたからなぁ。にじゅうごねんかん」
「なんでそんなに雷魔法にこだわるんだよ」
「かみなりぃまほぅわぁ、ゆうしゃのまほうだぁ。つかえてとうぜん」
「そのために二十五年も修行してたのか!? あはははっ、ホンマもんのアホだなお前って奴は……はははっ、こいつは
なんだ、お前まで馬鹿にするのか、ビクター、と、据わった眼をするヨシヲ。
かくいうヨシヲは、実のところ努力の人である。
普通の農家の三男坊として生まれた彼は、幼い頃よりのたゆまぬ努力で、その雷魔法の技能を高めた。
たいした魔法の素質を持っていない。
また、師にも恵まれない。
そんな環境でありながら、山に篭りひたすらに雷魔法に磨きをかけ、そして己を強く律することで、凡人ながらも雷魔法限定で、魔法技能レベル8という技術力を手に入れたのだ。適正があったと人々は口にするが、とんでもない。本来、余人でもってして到達できないことを、彼はやってみせたのである。
チーレムチーレムと叫んでいるが、実際、雷魔法だけに限っては、彼の能力と実績は本当にチートだった。
なお、それ以外はお察しの能力だが。
「おれはぁ、このきたえにきたえた、かみなりまほぅをぉ、つかうばしょをぉ――もとぉめてるんだよぉ!!」
「だったら冒険者だな。大変だろうが、まぁ、頑張れよ――って、うん?」
ビクターが、視線の端に何かを捕らえた。
繁華街の裏路地、そこに駆け込んでいくいくつかの影。
夜陰に紛れやすい、黒いフードを被ったそいつらは、周りを気にするように路地裏へと走っていく。
厄介事に巻き込まれるのは勘弁だ、と、すぐ、ビクターの頭に浮かんだのは打算的な考えだった。
なにせ、ようやく南の国に届ける予定だった、キャラバンの荷物が方がついたばかりである。明日、出航する船を見届けて、仕事が完了というめでたい日に、どうして厄介事に首を突っ込まなければならないのか。
隣に輪をかけてやっかいな男を抱えてこそいるが、そこはそこ。
ビクターは、驚くくらいにあっけなく、その集団を無視しようとした。
しかし――。
「いやぁっ!! 誰か、助けてっ!!」
「美女の悲鳴!? 助けねば!!」
「はぁん!? おまっ、ちょっと!!」
隣の青い運命を求める男には、そんな事情はどうでもよい。
先ほどまで、酔いつぶれていたのが嘘のように、ヨシヲはビクターの肩から離れると、すぐさまその悲鳴の方向を探し始めた。
しかし、やはり深酒をしている。
勢いで出て行ったはいい――すぐに彼はふらりと身体を夜風に揺らした。
やめとけ、と、止めようとしたビクターの前で、ヨシヲが自分の瞳を覆う。
「――【ギガシャキ】!!」
【魔法 ギガシャキ: なんか眠いなぁ、昨日のお酒が残ってるな、ちょっと集中力が続かないなぁ、そんなときにかけると、聞く眼球活性化の雷魔法。なお、乱用すると目がギンギンになるので、用法容量を守って楽しく使おうね】
ふぅと息を吐き出すと、ヨシヲは完全にそこに起立していた。
その眼には青い意思が揺らめいている。
「いくぞビクター!!」
「いや、いくぞってお前!!」
「女性が俺たちに助けを求めているんだ!! ここで助けに入らないで、何が勇者か!! 違うか!!」
「そうかも知らんが、俺はただのキャラバンの隊長で、厄介ごとは――」
「お前の酒に付き合ったのだ、俺の厄介ごとにも付き合えよ」
と、男らしくヨシヲが言う。
その真剣な表情にビクターが思わず震えた。
それは日和って、冒険者から足を洗ったビクターが久しく見ることのなかった、危険な世界に生きている男の、本気の表情だった。
「ったく、しゃあねえな!!」
ちゃっちゃと終わらせてしまうかという感じにビクターが肩をしゃくった。
ほれたぶんこっちだ、と、彼は酔いなどまるでないように、ヨシヲの手を引く。
もちろん、向かうは先ほど怪しい集団が駆け込んでいった路地裏だった。
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