第4話 絡み酒
「俺は、俺はな!! 異世界から転生してきた、この世界を救う宿命を負った、勇者なんだよ!! けど、みんな、そういうと俺のことを白い眼で見て!!」
「まぁ、そうだわな。そんな勇者だ異世界転生者だなんて言われて、簡単に信じる奴はいないわな」
「どうして信じてくれないんだ!! 俺は、青い運命に導かれし者だというのに――なんでなんだ!! この
「どうどう落ち着け、ほれ、もう一杯どうだ」
貰う、と、ヨシヲはビクターから差し出された、ジョッキを手に取ると、その中のエールをぐびぐびと飲み干した。
いい飲みっぷりである。
きっちりと分解はできていないようだが。
青い運命という枕詞が台無しというくらいに、顔を紅潮させて言うヨシヲ。
完全に絡み酒という奴である。しかも、醜態が酷い。
先ほどから、酒場の周りの人間たちも、彼の意味不明でこっけいな言動を肴にして、笑い話をしているくらいである。
いつもなら、問答無用で【電マ】を喰らわすヨシヲだが。
すでにすっかり出来上がっていて、周りのことなど意識がいかない。
こればっかりは仕方がない。
酔わすと面白いのが厨二病。
これはいい酒のつまみを手に入れたと、ビクターがひそかにほくそ笑んでいた。
身体を鍛えていると、アルコールの分解能まで強くなるのか。はたまた、元から強いのか。ビクターは、ヨシヲと同じ量を飲んでいるはずなのに、まったく動じた感じがない。むしろ、まだまだいけるという感じにエールを次々に頼んでいる。
「俺はな、俺は――ヒューマンだって、エルフだって、ドワーフだって良いんだ。美少女ないし美女と出会って、そして、チーレムを造りたい、それだけなんだよ!!」
「分かるぜ。俺も合法ロリなお嬢ちゃんと、ちゅっちゅしていちゃこらしたいわ」
「分かってくれるか、あんた!!」
「おうさ。ささっ、もう一杯」
悪魔の微笑でヨシヲに杯を差し出すビクター。
この男、流石はキャラバンの隊長を任されるだけあって老獪だ。
そして先ほどいった合法ロリに、心あたりがあるのに、あえて口に出さない辺りも意地が悪いところである。
杯の中を半分ほど飲み干すと、円卓に突っ伏してうっうっと嗚咽するヨシヲ。
そんな彼の肩を優しく叩いたビクターは、なぁに、そのうちきっといい出会いがあるさと、根拠もない慰めを彼にかけるのであった。
「あるだろうか。二十八年、こうして生きてきたが、運命の出会いなぞついに見つからなかった」
「まだ二十八じゃないか。こちとら、三十二年生きてるが、未だに独り身よ」
「そうなのか!?」
「まぁ、流石に女性経験がない訳じゃないがな」
ぐっ、と、ヨシヲの顔が苦悶に歪む。
そうこの青い男は童貞であった。その青さに負けじと劣らず童貞であった。
というかこのロリコン隊長が童貞でないことの方が問題である。
大丈夫なのだろうか……と、酒場に妙な沈黙が流れた。
「なぁに、つっても、成り行きだったがな。商隊の連中が、風俗に連れていけ連れて行けと五月蝿いから、しかたなく俺も行ってって流れだ」
「なんだ、そういう付き合いか」
「下のもんってのは、ちゃんと面倒見てやらないと、いざって時に保身に走っちまうからな。こういうのも大切なんだよ。つっても、若い目のネーちゃんで頼むといったのに、ボインボインの三十路女が出てきた時にはたまげたが」
「商隊の隊長というのも大変なんだな」
「おうさ。しかしまぁ、やり甲斐はある仕事だぜ。昔やってた冒険者仕事も楽しかったが……まぁ、こっちの仕事も悪くはないと思っている」
そう言うと、どこか懐かしい眼で、ビクターは空の杯の淵についている、エールの泡を舐めとった。
グロッキーに酔っていたヨシヲだが、ふと、彼の眼に光が戻る。
どこか寂しい顔をして、自分の過去を語るキャラバンの隊長の姿に、彼は興味を抱いたのだ。
「ビクター、お前さん、元冒険者なんだよな」
「あぁ、そう言ったぜ」
「どうして冒険者を引退したんだ?」
「……それを聞くかねぇ。お前、言いたくないオーラを出してただろ。ったく、これだから厨二病って奴は始末が悪いや」
いや、言いたくないならいいんだ、と、慌ててヨシヲが取り繕う。
そんな彼を、何いまさらなかったことにしようとしてんだと、ビクターは笑い飛ばした。ついでに、女給を呼んで、更にもう二つ、エールを頼む。
こんがりと焼けた、骨付き肉にかぶりつき、もぐりもぐりと咀嚼する。
そうさなぁ、と、一つしかない瞳で遠くを見ながら、ビクターはぽつりと語った。
「俺には長いこと、一緒に冒険をしていたパーティが居たんだ。十五の頃から組んでいてな。同郷の奴らで、ほぼほぼ同年齢そんなのさ」
「へぇ」
「あり体に言えば、血気盛んな村の若い衆が、村仕事に嫌気がさして集団で村を飛び出したって感じだな。まぁ、そんなのはそう長く続かないと思ってたんだが、これが思いのほか長く続いた――けど、長く続けば続くほど、見えてくるものがある」
なんとなく、それはヨシヲにも分かるものだった。
才能という奴である。
人間には、どうしても覆すことのできない、先天的に備わった部分がある。努力も含めて、それは確かに人と人との関係性の中に存在しており、その差を埋めるのは容易なものではない。
「パーティがそのうちギスギスしだしてさ。そんな折、ちょっとした大き目のクエストを受けたんだが――そこで仲間の一人の我慢の限界値が超えたらしい。錯乱したそいつを発端に、パーティは連携を乱した」
「……俺にもそれは経験があるな」
「そうか。辛いもんだな。仲間が揉めるってのはさ。んでまぁ、気がついたら、俺を除いて全員死んでたって訳よ。その時、俺の中で冒険者としての心が、ぽっきりと折れちまったのを感じたね」
「……その眼も、その時にか?」
ヨシヲの視線が、ビクターの眼帯を射抜いていた。
それにこたえるように、ちらり、と、その皮布に覆われた素顔を見せるビクター。
四本の爪あとにより、ざっくりと切られた傷跡の残るそれは痛ましい。
頬の肉まで抉られたそれは、よほどの混戦であったことを想像させた。
「まぁ。生き残るために支払った対価としては、高くないとは思っているよ」
こうして普通に生活できているわけだしな、と、言ったビクター。
だが、その心が泣いていることを、ヨシヲは酔いどれながらも感じ取っていた。
誰だって裏切られるのは辛いものだ。
ヨシヲもまた、白百合王国のクーデターでは、信じていた仲間たち――ホモホモヘブンに裏切られた過去を持つ男だ。
その気持ちはよく分かった。
「今日はとことん付き合おう、ビクター」
「なんだぁ、急に息を吹き返しやがって。さてはお前、酔った振りしてやがったな」
「ふっ、この青い運命を舐めてもらっては困る。酒と女に溺れるほど軟弱ではない」
そう言いながらも、ヨシヲ。
彼はさっきからすかりすかりと、ピスタチオを掴もうとしては取り逃がしていた。
無理はすんなよ、と、笑うビクター。
しかし、そんなヨシヲの心意気が嬉しかったのだろうか、彼はがははとここに来て初めて、声を出して笑った。
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