第3話 運命の酒場

 はてさて、筋という言葉に異常反応するロリコンこと、キャラバン隊長ビクターと、電撃的な出会いを果たしたヨシヲ。

 しかし、だからと言って、何がどうでもなるものでもない。


「んじゃまぁ、怪我もないみたいだし。俺はこれで失礼するぞ。あんま往来で妄想にひたってんじゃないぞ」


「ふっ、妄想だと。これは俺の人生において近い将来起こりうる事実であり」


「じゃぁな、青茄子。酒場で会ったらそんときゃ酒くらいおごるぜ」


 また妄想に浸り始めたヨシヲを置いてビクターが馬車を出す。

 自分の横をまるで何事もなかったかのように通っていくそれを、恨めしそうに眺めながらヨシヲは下唇を噛んだのだった。


「世の中には、俺の【電マ】の通じぬ男も居るのか。ふむ、俺もまだまだだな」


◇ ◇ ◇ ◇


 さて、夜も更けて、港に入る船もなくなった頃。

 ヨシヲは安宿に一晩の居場所を求めると、そこにマントと装備を外して夜の街へと繰り出していた。


 流石は港町である。

 海から吹きつける夜風は冷たいが、酒場や娼館のある繁華街は、まるで不夜城かそれともイカ漁かという具合に、まばゆい光で満ちている。


 別にヨシヲはやましい気持ちで、そんな場所に繰り出した訳ではない。


「運命との出会いはいつだって酒場にある。待っているのは俺の性ではない。向こうから来ない運命なら、こちらから会いに行くまで」


 ちなみに彼のいう運命とは――美少女あるいは美女との出会いである。

 異世界転生チーレムを夢見る、このアホな現地人(28歳、本名ブルック)は、いつだってこういう回りくどいことを好む。

 女性と出会いたいなら、さっさと娼館にでも入ればいいのに。


 と、そんな彼を目ざとく眼の端に止めた、娼婦の一人が声をかける。


「あらお兄さん見ない顔ね。遊んでくならここにしなよ。サービスするわよぉ」


「ふっ、サービスするのは、はたしてどっちかな」


「あら、テクニックに自信ありって感じ?」


「なんだったら、今ここで、見せてやっても構わないぞ!!」


 ばちりばちりと指先に光を走らせた。

 彼の【電マ】はいつだって発動可能なのだ。


 それはそうだ。

 彼の得意魔法【電マ】は、魔法技能の中でも中の下くらいに習得の簡単な魔法である。本来であれば、ヒーラーの居ないパーティで、魔法使いが回復代わり、しかも気休め程度に使うものなのだが――。


「俺の【電マ】を喰らって天国を見たいなら、いくらでも喰らわしてやるぞ」


 どうしたことか、ヨシヲはこれを極めに極め、攻撃魔法――足腰が立たなくなる麻痺系の魔法として使えるようにしていたのだ。

 ちなみに、指先を電撃が走るのは、彼の小粋な演出で【電マ】とは関係ない。


 流石に、ちょっとおかしな言動をする男を前にして、誘った娼婦の顔が歪む。

 これはヤバイ客ではないか。自分から声をかけておいてなんだが、彼女はそそくさと店の中へと引っ込んでいった。


 同じく、そのやり取りを見ていた娼婦たちの多くが、ひそりひそりと声をたてる。


「なに、あれ」


「遊びなれてる自慢? やだ、あんな青臭い顔で、よく言えるわね」


「顔はいいけど頭は残念そうね」


「あぁいうのに限って、独りよがりなプレイをするのよね」


「分かる分かる。俺のビックマグナムがー、とかいって、ウィンナーサイズの」


 ひどい言われようである。

 ふっ、と、そこでニヒルな笑いを浮かべるヨシヲ。

 しかしその眼の端には涙が浮かんでいた。


「もとより商売女になど興味はない。俺が求めているのは、極上の運命スィートハニー!!」


 またなんか言ってる、痛い、と、ヨシヲの胸を娼婦たちの言葉が射た。

 実際、言っていることは痛いことに間違いないので、彼に同情の余地はない。


 というか、極上の運命スィートハートって、なんだ。

 語彙力が壊滅的ではないか。厨二病患者なんだから、そこはもっとこう、いい感じの言葉を用意しとけよ。


 いよいよ、周囲の人たちまで巻き込んで、白い視線を向けられるヨシヲ。


 ダメだ、ここに居ては精神的に参ってしまう。

 ヨシヲは少し足早に繁華街を歩くと、一番最初に眼についた酒場へと、半ば逃げ込むように入り込んだ。


「らっしゃい!!」


 男らしい店主の言葉にほっと胸を撫で下ろしたヨシヲ。

 その時だ――。


「おん? なんだぁ、お前、あの時の青茄子じゃないか」


 ふと、酒場の入り口近くのカウンターから声がヨシヲにかけられた。

 眉をひそめてそちらを向けば、そこには一人、エールを手にしてピスタチオをつまんでいる、隻眼の男がいた。


 ビクターである。


「なんだよなんだよ、俺の尻をおっかけてきたのか。酒場であったら酒をおごるとは言ったが、みみっちい奴だな」


「誰がお前のような汚い男の尻など追い回すか。俺は運命を酒場に求めて――」


「まぁまぁ、せっかくあったんだ、そういう堅い話は後にしようぜ。こっちこいや」


 一人飲みしていたはずのビクターだが、どうして、ヨシヲを自分のテーブルに招く。正直、コミュ障――そのせいで白百合王国でのレジスタンス活動でも、リーダーでありながら十分な統率力を発揮できなかった――気味なところのあるヨシヲ。

 遠慮願いたいという感じに顎に皺を作ってひいた顔をした。


 だが、酔っ払いにそんな顔など通じるわけがない。


「まぁまぁ。俺もようやく仕事が一段落してよ、今夜はパァっと景気づけしたいところだったんだよ。つってもほら、商隊の隊員たちの手前、はしゃぐのもどうかと思ってさ、一人でこうして飲んでたんだ」


「わっ、馬鹿、やめろ――というか、酒臭い!!」


「おねーちゃん、エール一つ追加ね!! そんでもって、肉料理!! なんでもいいから二人前おねがーい!!」


 すっかりとヨシヲと飲む気満々のビクター。

 方や、戦士技能レベル1(初心者)の青茄子。

 方や、冒険者は引退したとはいえ戦士技能レベル6(達人級)の隻眼男。


 力でかなうはずもない。

 かくして、ヨシヲはビクターのテーブルへと強制連行されたのだった。

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