第2話 西の王国の風は冷たいか

 さて、青い運命に導かれて――かどうかは知らないが、荒野を踏破したヨシヲ。


 彼がたどり着いたのは、中央大陸南西側。

 大砂漠を越えた場所にある、西の王国であった。


 彼がかつて一悶着を起こした、白百合女王国(詳しくはどエルフさん第二部を読もう!!)と同じく、ここも海洋貿易により生計を立てている、貿易国家である。

 多くの船が大陸西岸沿いに物資を運んでいるほか、北側には深い森を抱えている。ここにはエルフが多く住み着いており、彼らと比較的良好な関係を築いている西の王国は、中央大陸において独立した地位を確立していた。


「うずく、うずくぞ。俺の中に燻る青い運命ブルー・ディスティニーが、告げている……ここにまた、俺の運命が待ち受けていると」


「あいよごめんよー、ちょっとどいとくれー」


 道の往来で格好を付けていたヨシヲ。

 しかし、そんな彼は、人々の雑踏を掻き分けてやってきたキャラバンに弾き飛ばされてしまった。


 別にたいした速度で走っていたわけではない。

 普通に、法廷速度を守った正しい移動をしていただけだ。

 それでもはねられたのは、ヨシヲがブルー・ディスティニーに酔いしれていたからである。


 基本、魔法の才能はあるけれど、身体能力には難ありなヨシヲである。

 背後からの危険察知に失敗したのだ。


 どうわぁ、と、前のめりにふっとんだヨシヲ。その尻を踏むか踏まないか、というところで、馬車が止まる。


「危ねえな、お前、どこ見て歩いてるんだ」


「……それはこっちの台詞だ!! 人がせっかく、西の王国の異国情緒を楽しんでいるというのに、どういうつもりだ!!」


「異国情緒ねぇ。そんな言うほど変わりないだろ、中央大陸の他の港町と」


 そう言ったのは、隻眼の熊みたいな大男であった。

 自ら馬の手綱を引いていたそいつは、どうやらキャラバンのリーダー格らしい。後ろでつかえている馬車に向かって、止まれと合図を送ると、彼は御者台から降りて、そのままヨシヲの方にやって来た。


 なまっちょろいヨシヲと、筋骨逞しいキャラバンの隊長。

 一触即発かと思いきや――意外と、そこは人間の出来ているキャラバンの隊長。


「轢いちまって悪かったな、怪我はないか」


「……あっ、あぁ」


 ヨシヲに手を差し伸べると、男気溢れる笑顔を向ける彼。

 なんだか人間的に負けた気分になりながらも、ヨシヲはその手を握り返すと、引っ張られるようにしてその身を起こした。


 流石に、キャラバンの隊長をやっているだけあって、器も大きいということだろうか。いや、それならば、自分も革命軍レジスタンスのリーダーをしていたことがある。負けてはいない――なんてことを胸のうちで考えるヨシヲ。

 そんな彼をよそに、じろりじろりと、キャラバンの隊長は片方しかない目でヨシヲを嘗め回すように見た。


「へぇ、目立つ格好をしている割には、鍛え方が足りてねえな。お前、それじゃ戦士技能1(初心者レベル)もないだろう?」


「ぐっ、何故分かった!?」


「まぁ、俺くらいになると、それくらいのことは見りゃ分かるっていうか」


「貴様、さては元冒険者か?」


「まぁそういうところさね。ふむ、使える人材なら、人手不足だしスカウトしようかとも思ったんだが、こりゃ見込み違いかね」


 ふっ、と、ヨシヲが不適に笑う。


「冒険者とはなにも、腕力だけで戦う者ではないないはずだぞ」


「ほほう? なんだよ、その口ぶりは」


「俺の本領はこっちだ――【電マ】!!」


 彼はすかさず手をキャラバンの隊長へと向けると、その必殺技――電気マッサージの魔法を、彼の股間に向かって発した。

 悶絶するような絶妙な心地よさが隻眼の隊長の股間を襲う。

 襲った。襲っているはず。


 しかし、隊長は少しも顔色を変えず、ぼへぇとした顔を、ヨシヲに向けるばかりであった。


「何してんだ、お前?」


「何!? 俺の必殺魔法【電マ】が効かないだと!?」


「あー、そういやなんか、股間がちょっとむず痒いような、心地いいような、そんな感じがしないでもないようなするようなないような」


 けれども、前話で見せたような、盗賊達の絶頂声は聞こえてこない。

 これくらいなんでもないぜ、という、ヤリ○ンの風格が漂ってくる。


 この男、間違いない。

 かなりの主人公補正チーレムパワーの持ち主だ、と、ヨシヲは確信した。


 その額に汗が走る、と、同時に隻眼の隊長に向かってかけていた【電マ】を、ヨシヲは自ら解いた。


「ふっ、どうやら、この世には俺に匹敵する主人公補正チーレムパワーを持った男がいるようだな」


「はぁん、何言ってんだお前」


「今回はその主人公補正チーレムパワーに免じて許してやろう。しかし、もし今度会ったときは――この俺の全力全身全霊の魔技を持って、お前を打ち倒す」


「いやいや、穏便にやろうぜ、俺、そういう世界から足を洗いたくて、この商売を始めて――うん?」


 と、その時だ。

 隊長の目が突然細くなったかと思うと、慈愛に満ちた優しい顔つきになった。


 その視線の先にいるのは、中央広場の噴水で水遊びをする少女たち。


 そう、このスキルを!!

 そしてこの男を!!


 は既に知っている!!


【スキル 見守る眼: 若いパーティーメンバーのとんちんかんな行動や、今一手が足らない行動を、あたたかい心と慈しみのこころで見守るという一種の悟さとりの境地きょうち。YES! ロリ○ン! DON’T! タッチ! 見守り続けることこそ、少女若いパーティーメンバーたちに向けられるべき真実の愛。そしてそれこそ真の紳士ジェントルマンの道――】


 そう、このキャラバンの隊長こそは、かつて男戦士たちを南の森へと運んだ男にして、合法ロリ犬娘――ケティに恋慕するロリコン野郎。


「ビクターのお頭ぁ!! いつまで馬鹿やってるんですかぁ!!」


「早く荷を積み込まないと、せっかく手配ができた船が、おじゃんになっちゃいますよぉ!!」


「おぉ、そうだったそうだった。つい尊いモノを見たせいで、自分を見失ってしまっていた」


 そう、彼の名はビクター。

 この世界でも筋金入りのロリコンキャラバン隊長であった。


 そんな彼に、直接的な刺激など効くはずがないのだった。

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