第33話 西へと続くディスティニー
かくしてガランの戦は終結した。
要因は三つ。
一つは、戦乙女セリスの部隊による奇襲。
二つは、自称大英雄ブルー・ディスティニー・ヨシヲによる快進撃。
そして三つめは、反乱軍の指揮を執っていた、先王の弟が長子――ベルベッドの突然の死亡であった。
特に、三番目の要素は大きく軍を動揺させた。
指揮系統が完全に麻痺した反乱軍は、まともな撤退命令を行うこともできず、また、開き直って迎撃することもできない。
元来た道を戻ろうとする部隊もあれば東側――王都の方へと逃げ出す部隊まであった。また、わざわざ罠の張り巡らされている西手の森に突き進むものまで現れたのだから、もう始末におえない。
気がつけば、カレスに帰還した兵の数は、当初の半分以下――どころではない。
三千の兵が僅か八百の兵となっていたのだった。
その幾らかは討ち取られ、幾らかは戦線から離脱し、幾らかは敵に投降した。それにしても、大敗と言っていい酷い戦であった。
これを機に、反乱軍の士気が下がるのは間違いないことだろう。
「よくやってくれた!! セリス殿、流石は太守バーザンの娘である!! 女ながらに見事な采配であった!!」
「いえ、私は何も。ビクターさんと、ヨシヲさん――それに義勇軍の皆さんが、力を貸してくれたからです」
「謙遜をするな。このような大勝利は、長年私も軍人をしているが初めて経験する。貴殿は女ながらも、父上の血を色濃く受け継いでおられるようだ」
快勝という結果を前に、ホランドの口ぶりまでもが変わっている。それがなんともむず痒くって、セリスはどうしていいかわからずヨシヲたちに助けを求めた。
視線を受けて、ヨシヲが彼女とホランドの間に割って入る。
「ならばホランドどの。セリスの将器を見込んで、ひとつ提案がある」
「おぉ、大英雄ヨシヲ」
「ブルー・ディスティニー・ヨシヲだ」
「大英雄ブルー・ディスティニー・ヨシヲ!! なんだ、どのような提案か?」
一騎当千。
実際に千人の兵を倒したかどうかは分からないが、多くの反乱軍の将を【電マ】により打ち払い、なぎ倒し、戦況を切り開いたのはこの男に違いない。
当然、セリスと同じように、ホランドからの扱いが変わって来るのは仕方ない。
それでなくても、彼の春を回復させただけの、恩人でもあった。
かねてよりの話の通りだ。
取り立てての武勇のないビクターに代わって、ヨシヲはホランドに義勇軍の件を切り出した。
「今回集まった義勇軍をそのままお借り受けしたい。カレス解放のために、セリスと俺たちはこのまま西州へと向かう」
「おう、そんなことならば――望む者はいくらでも連れて行くがいい」
すっかりと勝利の美酒に酔いしれているらしい。ホランドは、あっさりとその許可を出した。もう少し、しぶられるのではないだろうかと警戒していたのだが、歴史に残る大勝利の後とあっては、気前が良くなってしまうのはしかたない。
ほっ、と、思惑通りに事が進んだのを喜んだヨシヲとセリス。
そしてビクターへと視線を向けると、彼は兄弟子のロメールと相対していた。
「今回の作戦は見事でしたビクター」
「いい条件が揃っていたそれだけのことです。戦の巧拙は、負け戦でこそ問われる。そうではありませんか、ロメール兄」
「いいえ、間違いなくこの戦は負け戦でしたよ。籠城して、やり過ごすだけしか出る目のなかったそれに、新たな側面を創り出したのは、間違いなく貴方の知啓です」
「さっきも言ったように、恵まれていただけです」
仲間にですか、と、兄弟子が問う。
その言葉に、ビクターは気恥ずかしそうに鼻頭を掻くと、ようやく、彼を見ているヨシヲ達へと視線を返した。
「――えぇ」
「ならば貴方はその仲間を――友を大切にするべきだ。勝利よりも何よりも、得がたきものは友なのですから」
そう兄弟子に言われて、ヨシヲを見るビクター。
彼の瞳の中にはもう、かつてのトラウマに囚われる、全てを諦めた男の面影は少しもなかった。
彼は再び得たのだ。
あるいは初めて得たのだ。
己の背中を預けるに足る、得がたきその存在を。
◇ ◇ ◇ ◇
ガラン義勇軍はそのまま、南の国の義勇軍と名を改めて立ち上がった。
ガランに縁故のある者たちが集まった軍である。ガランから危機が去ったとなれば、当然、解散するのが道理。
そうならないようにと、ヨシヲたちは策を巡らしてきた。
それが功を奏したということだろうか。
はたまた、これもまた、稀にみる大勝利による恩恵だろうか。
義勇軍を離脱すると言い出すものは、一割にも満たなかった。
「セリスさまについて行きます」
「私たちで、南の国の自由を取り戻しましょう!!」
「カレスの同胞たちを救うのです!!」
口々にそんなことを呟く彼ら。三百にもみたない、小規模な軍団ではあったが、実に心強い仲間たちであった。ロメールの言葉の受け売りではないが、セリスもまた、得がたき者を得たということなのだろう。
更に、慶事というものは続く。
セリスたち義勇軍の快勝を聞きつけて、ガラン以外の地方からも義勇軍への参加を希望する者たちが現れたのだ。
彼らは西への行軍の最中に、毎日のように現れて――気がつけば、セリスが率いる義勇軍は、倍の600を超え、800余の軍になっていた。
「ビクターさん、そしてヨシヲさん。ありがとうございます」
「なんだ、改まって」
「ふっ、ようやく俺の偉大さに気がついたか、セリス――」
「そういう所さえなければ、本当に心から尊敬できるんですけどね」
行軍の途中。
夜営の際にポツリとセリスが二人に漏らした。
最初の頃はただ、自分の力量さえも分からず、ただカレスを救う・父の仇を取るという使命に燃えるだけだったセリス。
おそらく、彼女一人の力では、このような偉業は成し得なかったことだろう。
それはセリスが一番分かっていた。
先の戦いで――ヨシヲが見せた無双。そしてビクターが見せた知略。
彼らの力を借りたからこそ、今の自分たちがある。
この南の国の義勇軍がある。
「本当に、本当にありがとうございます。お二人が居たからこそ、私はここまで来ることができました」
分かっているからこそ、彼女は涙を流した。
感謝してその頭を垂れた。
しかし――。
「なに、こうして人が集まったのは、セリスのおかげだ」
「戦乙女の役は大変だろう。戦は俺たちに任せて、セリスよ。お前はお前の成せることを成せ。それがお前の戦だ」
男二人。
いや、英雄二人は、そんな乙女に対して優しい言葉をかけるのだった。
「ビクターさん!! ヨシヲさん!!」
顔を上げた乙女が二人の男を一緒くたに抱きしめる。
おいおい暑苦しいだろうと言いながらも、ビクターもヨシヲも暗夜に笑い声を上げたのだった。
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