第24話 森の中の戦乙女

 ホランドによりビクターの策は受け入れられた。

 早速、義勇軍はガランの街を出発すると、森の中へと散会して反乱軍の斥候を待ち構えることになった。


 嬉しい誤算があった。

 義勇軍に参加した兵の多くが近隣村落――その中でも木々の深く生い茂った森の中で暮らしている亜人の部族であったことだ。


「エルフの私は物見ができます。斥候の探知はお任せください」


「俺たちコボルトは、森の中を移動させれば右に出るものは居ない」


「トラップの作成なら任せろ。俺たちオークはそういう大がかりな仕事は得意だ」


 頼もしいばかりの仲間たちの言葉に、セリスが少しだけ目を潤ませる。

 ビクターの立てた作戦は、きっとうまく行くだろう。そして、なにより彼らがやる気を出してくれているのがうれしい。


 森の中、最後のブリーフィングにと、開けた場所に集まったのは百余人の雑兵。

 得物はばらばら。種族も違えばその年齢も様々だ。


 ただ一つ。

 ガランと、そして南の国のために立ち上がったということだけは確かである。


 そんな彼らの前で。


「みなさん!!」


 意を決してセリスは軍を預かる者として、この戦いの初端を飾る言葉を紡いだ。


「今回の反乱軍との戦いにおいて、彼らを追い返しガランを守ることができるかは、この戦いにかかっていると言っていいでしょう」


 乙女の顔つきは、ただ状況に翻弄される、力なきものののそれではなかった。

 その言葉は助けをすがる哀れな少女のか細い声ではなかった。


「横やりを入れられ、統率を乱した反乱軍は、兵を乱してガランに背を向けることになるでしょう。そうなれば、ガランに戦火が及ぶことはありません。そして、この地に無用な争いがはびこることもないでしょう」


 私たちで、この地の平和を守るのです。


 そう言って手を挙げた彼女の姿に――多くの兵たちが賛同してその手を天に向かって突き上げた。続いて、おう、おうと、場に歓声が満ちていく。


 乙女は今ここに、運命に翻弄されるだけだった自分を脱ぎ捨てて、彼ら――義勇軍の御旗となることを決意した。

 そして、それに兵たちは応えた。


 ビクターとヨシヲが顔を合わせる。

 ようやく、セリスが覚悟を決めたことを喜ぶような、そんな表情だった。


「行きましょう!! 私たちの国を守るために!! 戦うのです!! この戦いこそ聖戦――この国の自由と私たちの命を守るための、一戦です!!」


 乙女の手に握りしめられたショートソードが天を突いた。

 ヨシヲの粋な計らい。彼女が掲げたショートソードは、まさしく天がこちらに味方しているとばかりに、青白い光を放って輝いたのだった。


◇ ◇ ◇ ◇


 夜半。

 月が雲によって隠れたその瞬間を狙って、反乱軍の本隊より離れる影があった。

 数は七つ。


 夜目が効くコボルトの彼らは、姿勢を低くし、また、闇によくその姿が隠れるようにとフードをかぶってガラン西手の森へと突入した。


 入ってすぐ、捕まえるのでは反乱軍の本隊側にこちらの狙いを悟られる。

 ある程度、森の中へと侵入させてからその身柄は確保するべきだ。


 まずは、森の入り口付近で待機していたエルフたちが、彼らの侵入経路を確認する。すぐにそれは、追跡部隊のコボルトに伝えられた。

 彼らはフードを被った敵の斥候に、気づかれないよう慎重にその背中を尾行する。


 やがて森の中央へと差し掛かったところで、彼らは唐突に後ろから雄叫びを上げた。一斉に、尾行者に気が付いた斥候たちがざわめきたつ。


 嵌められたのだ、そう気が付いた彼らはすぐさま尾行者を避けて離脱を図ろうとした――しかし、その離脱経路には既にオークたちの手で拵えられた、落とし穴が待ち受けていた。


 一人残らず、穴の中へと落とし込まれたコボルトの斥候たち。

 泥まみれになり、自力で這い上がることのできない、暗い穴の中から再び顔を出した月を睨み上げている。


 その月を背景に、落とし穴の前に立ったのはヨシヲとビクターであった。


「……やれるのか、ヨシヲ」


「任せてくれ」


 落とし穴の周りに集まったオークやコボルト、そしてエルフたち。

 彼らの視線を受けながら、一人、ヨシヲは暗い穴の中へとその体を投じた。


 落とし穴に不意に落ちたショックこそあれ、彼らは野生児であるコボルト。すぐに起き上がると、穴の中に落ちて来た青い男に向かって敵意の視線を向けた。斥候のため軽装ではあるが、各々、手にはナイフを持ち、青い男を睨んでいる。


 ふっ、と、ヨシヲがコボルトたちにいつものニヒルな笑いを向ける。


「安心しろ、大人しくするなら命まではとらないさ――だが、暴れるというのなら、躾けるのはやぶさかではない」


 彼の手に電撃が走る。

 まるでその青白い光に条件反射するように、コボルトたちがすくみ上った。


 野生の強い彼らは、稲光の怖さというのをよく知っている。

 さぁ、どうする、と問いかけるヨシヲ。


 律儀というか、愚直というか、一人のコボルトがナイフを振り上げてヨシヲへと躍りかかった。それを紙一重でかわして、彼は雷撃を放つ。

 例によってそれは、彼の得意技である【電マ】。


 股間直撃。

 悶絶してその場に前のめりに倒れこんだコボルトは、白目を剥いて気絶した。と、その後頭部に向かって、ヨシヲは更に電撃を加える――。


 アオウアオウ、という、遠吠えと変わらない悲鳴の代わりに響いたのは、「西手の森には敵の姿はみられませんでした」という、どこか心の感じられない無機質な響きであった。


 これぞ、ヨシヲが得意とする雷魔法、その中でも最難易度に属する秘法――【パブロフの犬強制応答】であった。


【魔法 パブロフの犬強制応答: 脳幹に電撃を通すことにより、相手に一定時間『同じ返答』を強要させる魔法である。例えばこのように、捕虜にした斥候に魔法をかけて虚偽の報告を相手の陣に持ち帰らせたり、意中の女性にかけて好き好き愛していると言わせたり――と、あまり人道的な魔法ではない】


「さて、昇天してからこいつを喰らうか。それとも、おとなしくこれだけ喰らって、陣に戻るか――どっちにする?」


 俺はどっちでも構わないがな、と、ヨシヲは余裕の表情で斥候たちに言った。

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