第23話 献策
反乱軍の侵攻が速まったという一報がガランに入ったのは、ヨシヲがセリスを説得した日の夜のことであった。
急遽、ヨシヲたちの下にガランの正規兵がやってきた。
軍議への招集である。
物見櫓の下にある部屋。
ホランドをはじめに、アルケイン、ロメール、といった正規軍の代表三名。
そして、ヨシヲ、ビクター、セリスの義勇軍の指揮官が三名。
彼らが一堂に会して、この非常事態にどう対処するのかという、緊急の軍議が開かれることとなった。
既に夜は更けに更けていた。
猛禽の鳥の鳴き声が、近くの森より響いてくる中、燭台の灯りに照らされて、その顔を苦渋に歪めているホランドの姿が目に付いた。
そんな彼のことなど気にしないという感じに、アルケインが無表情に口を開く。
「この様子では、明後日には本陣が前方の平野に展開することになるでしょう」
「城壁の修復はどうなっている、ロメール」
「七割といったところでしょうか。手薄なのは東手ですね。足場が悪く、あそこに兵を配するのは難しいでしょう」
「二日で直せるか?」
「急場しのぎで良いのであれば」
ビクターとヨシヲが読んだ通り、彼らは今回の戦を籠城戦でやり過ごすつもりだったらしい。仕方がないだろう、こうして城壁という防御施設があるというのに、そこに籠らない理由がない。
ここまでは、全然、ビクターとヨシヲの想定の範囲内のことだ。
さて――。
「では、義勇軍にはどう動いてもらう?」
「寄せ集めの兵ですからね、弓を使うことも難しいでしょう。後方支援ということで、物資の供給などに従事していただきたいと思います。あと、できれば斥候など」
「ロメール兄。長幼の礼を失するが、それを承知で進言させていただきたい」
ビクターは突然に立ち上がると、ロメール、そしてホランドへと視線を向けた。
発言の許可を求めるその視線。
兄弟子もまた、ガランの全軍を預かるホランドへとその視線を向けた。
いかがするか、それを決めるのはロメールではなく、彼だ。
ヨシヲのことはいろいろあって認めたが、バルトロメオの門弟であるロメールとビクターについては、どうにも煙たがっている節のあるホランド。
だったのだが。
「――聞こう。なんぞ策があるのか、英雄の弟子よ」
すんなりと彼はビクターの発言を認めた。
軽く礼をして、正面にホランドを見据えると、ビクターは卓上に身を乗り出す。
三日後の配置図が並べられたそこを指さす。彼はかねてより話題に上がった、ガランより西手にある森を人差し指でたたいた。
「おそらくですが、反乱軍はここを突破して、我々に強襲をしかけてくるでしょう」
「なるほど」
「つまり、この西手の森側の防御を厚くするのが得策、という訳か」
いいえ違います、と、ビクターがいつもの粗野な口ぶりとは打って変わって、冷静にホランドの言葉を否定した。
これには流石にホランドもいい顔をしない。
怒って立ち上がろうとしたところを、ロメールが機先を制して、どういう意味だ、と、ビクターに尋ねることで話しは途切れることなく繋がった。
兄弟子の計らいに感謝しつつ、ビクターは話を続ける。
「防備を厚くすれば、敵はこの森を突破するのを見破られたと思い、正面に力を集中させることでしょう」
「では、あくまで、備えが厚くならぬよう、誤魔化すということか。そんな器用な用兵などそうそうできるものではないぞ」
「いいえ、それも違います」
「先ほどから無礼ではないか。貴様、バルトロメオの下で学んだと聞いたが、軍略以外には何も学ばなかったと見えるな」
それはあなたも言えた風ではないでしょう。
つっかかろうとするセリスをヨシヲが止めた。
ここはビクターが頑張る場面だ。
大丈夫、彼を信じろ、そう小声でつぶやくと、セリスは、おとなしく席から浮いた尻を元の場所へと戻したのだった。
深呼吸をして、ここ一番とばかりにビクターが神妙な顔をする。
「ここに、敵を誘い込むのです」
「なに?」
「この森の中を突破する部隊――そこに強襲を仕掛けます。おそらく、彼らは戦闘の初端として、この奇襲部隊による砦の攻撃を想定しているはずです」
「その出鼻を挫くことで、相手は混乱する、と?」
「森にはこちらの方が土地勘がある、罠を張るにしてもやりやすい」
「だが斥候はどうする。彼らが帰ってきて、安全であると報告せぬ限りには、奴らも迂闊に森を突破しようだなどと言うことは考えないだろう」
「それについては、どうにかするアテがあります」
そのアテとはもちろん、ビクターの後ろでその交渉を見守っているヨシヲだ。
彼の雷魔法により、斥候兵を残らず改造して、森は安全だと偽証させる――。
そうすれば、反乱軍はなんの躊躇もなく、罠の張り巡らされた森の中へと、その兵力を投入してくるだろう。
戦など、出鼻をくじいてしまえば、ほぼ決着はついたようなものである。
だが、それでも、まだ、ガランの本隊を出動させるには弱い。
なのでビクターは献策を続ける。
「そこから、余勢をかって、私たちは反乱軍に奇襲を仕掛けます」
「……なんだと?」
「と言っても、深追いはしません。一撃離脱の奇襲です。それで、おそらく反乱軍は大いに陣容を乱すことになるでしょう」
あとはそう。
正規軍の切り取り次第である。
混乱している反乱軍に、矢を射かけるもよし、騎馬隊を突入させるもよし。城門から砲を浴びせるというのもありだろう。おそらく被害はほとんどない。一方的な、虐殺の形ができあがる。
どうだろうか。
ビクターがホランドに視線で問うた。
ホランドは静かにその顎をなぞりながら目を閉じると、一言。
「……上策である。流石はバルトロメオの弟子。見事な謀略だ」
かくして、軍議の方針はここに固まったのであった。
よくやったなと、ヨシヲがビクターの背中に熱い視線を送る。そんな視線に気が付いたのか、彼は、それを気にしていない様に、よりいっそう涼し気な顔をホランドやロメール達に向けたのであった。
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